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書き方がわかれば、どの子も書けるようになる!

 2013/8/23 掲載の明治図書よりのメール。
 今回は井上一郎先生に、新刊『記述力がメキメキ伸びる!小学生の作文技術』について伺いました。
井上 一郎(いのうえ いちろう)
 奈良教育大学助教授、神戸大学教授、文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官、国立教育政策研究所教育課程研究センター研究開発部教育課程調査官・学力調査官を経て、現在京都女子大学発達教育学部・大学院発達教育学研究科表現文化専攻教授。国語教育学者。「全国国語教育カンファランス」「全国読書活動研究会」「国語教育公開講座」等を主宰。「小学校全国国語教育連絡会」会長。『子ども時代』『教師のプライド』等のエッセイ集を刊行。主な著書・編著書として、『読む力の基礎・基本』2003、『誰もがつけたい説明力』2005、『読解力を伸ばす読書活動』2005、『書く力の基本を定着させる授業』2007、『話す力・聞く力の基礎・基本』2008、『知識・技能を活用した言語活動の展開』2009、『言語活動例を生かした授業展開プラン低学年』、『同中学年』、『同高学年』2010、『学校図書館改造プロジェクト』2013他。いずれも明治図書。
―「記述力」とはどのようなものでしょうか? 「書く力」との違いを教えて頂けますか?
 「記述力」という表現を重視するのは、現在多くの学力調査で課題となっている記述力の不十分さに対応した指導法を提唱するという理論及び実践上の意図があるからです。記述力は、文章様式に対応して記述すること、一つの文章内において多様な表現法を駆使しして記述すること、読解及び表現のプロセスにおいて記述すること、各教科等で記述すること、条件に応じて記述すること、長文にも短文にも対応して記述することなど様々な力を含んでいます。多様な書く力を統合する表現として「記述力」を書名にしました。
―書くことが苦手な子どもに効果的な指導法がありましたら、ぜひ教えてください。
 書くことは、決して簡単なことではありません。しかし、書くことの方法を分析的にとらえ、手順を明確に筋道付けることによって必ず書けるようになります。本書でも「100字ワーク」を紹介しておりますが、まずは、100字程度の短文を多く書くように習慣付け、文章様式や各教科等の目的に応じて書くようにする手順やカリキュラムを構想してください。
―本書では、文章の様式別にモデル文が紹介され、文章の構造がビジュアルで明示されているのが特徴ですね。授業でどのように活用すればよいでしょうか。
 文章様式には、目的も、文章全体及び表現法の記述力も凝縮しています。それらを習得するためには、モデルとなるものを多く読み、かつ分析的に特徴に気付くようにする必要があります。本書でのモデル例を契機に、さらにモデル例を増やしながら児童と一緒に分析する授業を行ってください。
―各教科で記述力をつけていくためには、日常の授業でどのようなことを意識するとよいでしょうか。
 目的や課題、条件などを細かく分析した上で、それらに対応するように書く訓練が必要です。しかも、各教科等には、説明や回答に多くの注文、すなわち特質がありますので、それらのモデルを提示して分析して見せます。その後、先に児童が書いたものとの違いを比較しながら問題点や注意点をまとるようにします。さらに類題を説明したり、回答したりするとよいでしょう。
―最後に、読者の先生方へ向け、メッセージをお願いします。
 書くことは、決して国語科の表現領域の一つにとどまる課題とは違います。書くことによって、各教科等で必要な自らの考えをまとめ、他者にコミュニケートする重要な機会を得ることになるのです。また、表現しなければ、読解力は向上しません。フィンランドの視察においても、「読解力で世界一になったが、私たちは書くことを重視してきたのですよ」と多くの教師が回答しておられたことを忘れないようにしたいものです。
 面倒がらないで、とにかくねらいを明確にし、また、自己評価や他者評価を活用しながら、児童自身によって評価させることで負担を軽減しながら、記述する機会を多くしてください。本書が新しい記述力の向上につながる一助となることを願ってやみません。

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いい授業をする先生は、板書もいい

 明治図書のメルマガ(2013年6月第1週号)より、「図解によるビジュアル板書の作り方」の引用♪
 「いい授業をする先生は、板書もいい」。それは、板書には授業づくりのための能力、授業を進める時に必要な指導技術などが全て凝縮されているからである。板書力とは、単に黒板に正しく、きちんとチョークで書くことができるということではなく、目標や教材を分析する力、指導案や板書計画をつくる力、適切な発問・指示を行って学習を進める力、学習をまとめる力など、授業力そのものなのである。
1 わかる板書ができているか?
 私は次の三つを板書の『はたらき』と考えている。
理解をたすける(わかる板書)
学習の流れが見える(見える板書)
みんなで追究をつくる(つくる板書)
 わかるように板書するというのは、板書の基本である。プロの教師にあえて「板書の基本はできているか?」と問うのは失礼かと思われるが、田山流ということで確認も兼ねてお許しいただきたい。わかる板書のポイントをまとめてみた。チェックしていただきたい。
1. 正しい文字(字形・筆順)で、板書ができている。
2. 学年や内容に合わせて適切な文字の大きさを考えている。
<学年ごとの文字の大きさの目安>
・低学年…12cm×12cmの大きさの文字
・中学年…10cm×10cmの大きさの文字
・高学年… 8cm× 8cmの大きさの文字
3. チョークの色は、白と黄色を基調としている。
 チョークの色は、白・黄色が基本である。深緑の黒板には、白・黄色が最も見やすい色で、板書全体に占める文字の色は、田山流では白が約70%、黄色が約30%としている。赤・緑・青・茶などは線やイラストなどに限定して使うようにする。
4. 資料・ネームプレート・フリップ等黒板に貼るものを工夫している。
5. 子どもたちがノートをとることを考えて板書している。
 ノートの幅や文字数を考えて、黒板を分割して使っている。
2 学習の流れが見えるか?
 板書は学習内容によって違うが、45分(小学校)~50分(中学校)で消さないで1時間の流れがわかるようになっていることが大切である。1時間に黒板1枚というのは、板書量・学習量とも関係する。流れが見えるためには、単元(題材名)、学習問題、子どもの意見・考え(反応)、まとめなどが書かれていなければならない。次は、私が5年社会科で自給率について学習した板書である。
学習の流れが見える板書
3 追究をつくる板書になっているか?
 板書は、「追究のステージ」である。教師は、子どもたちが自分の意見を出し合い、黒板というステージに上がって練り合い、深め合うために適切にかかわらなくてはならない。教師が教えたいことをただメモのように黒板に書くだけなら板書術などいらない。授業のねらいをしっかりとらえて、子どもたちの意見をどのように練り合い・深めさせるのか、また、どのようにまとめるのかなど、明確な教材化が板書のポイントとなる。あらゆる意見を全て想定してどのように類型化していくのかという板書計画を準備しておく必要がある。板書は授業づくりの能力なくしてはできないのである。
子どもたちと一緒に追究をつくる板書
 また、授業をつくるためには、多様な子どもの意見を瞬時に判断、整理して、板書しなければならない。さらに、その意見をどのように板書し、次へ繋ぐのか、適切な発問・指示が求められる。追究を適切に進める力が教師に望まれる。
 これらのことから、「板書力は授業力だ!」、「いい授業をする教師はいい板書ができる!」と考えるのである。
 最後に、私がめざす板書は『図解』をベースとしているビジュアルで構造的な板書である。教材の研究、目標の分析、教材化、発言の選択・整理など全て『図解』の手法によるものである。
ビジュアルで構造的な板書をめざす
田山 修三(たやま しゅうぞう)
1949年 札幌市生まれ。
1972年4月 北海道教育大学岩見沢分校卒業。札幌市立小学校教諭(5校で勤務)
1999年4月 札幌市立平岡公園小学校教頭
2001年4月 札幌市立有明小学校校長
2005年4月 札幌市立山鼻南小学校長
2009年3月 平成20年度札幌市教育実践功績表彰受賞
現在(2013年)
札幌市観光文化局 文化部文化財課 文化財保護指導員
日本社会科教育学会評議員 全国社会科教育学会会員
おもしろ絵手紙講師、授業術の会代表
『若い教師を育てる 図解式 板書術』、『若い教師を育てる五円玉の授業』、『若い教師を育てる図解式授業術~学習の進め方の巻』、『若い教師を育てる図解式授業術 教材づくりの巻』『授業を成功させる図解式学級づくりのヒント』(小学館)など多数。

暗記って悪いことなの?

 iPS細胞で中山伸弥氏がノーベル医学生理学賞を受賞した。年齢は50歳ということだ。
 50歳というと、小中学校時代、詰め込み教育で勉強をした世代だと思う。
 ここしばらく、「詰め込み教育はいけない」「暗記させる教育はいけない」「知識の伝達ではだめだ」、それだと創造力がつかない。考えさせる教育をしないといけない、などといい、子どもたち暗記をさせてはいけないような教育が主流になっていたと思う。
 それなら、なぜ「詰め込み教育時代」の方々が創造力を発揮して、ノーベル賞を受賞しているのか?
 昭和の時代の「ウォークマン」も詰め込み教育時代の人たちが考えたものでしょう。これは当時、世界的にもとても画期的なものだったはずだ!
 江戸時代や明治時代など昔の教育はすべて暗誦が主流だったと思う。それが日本の礎を築いているのではないか!?
 誰が言いだしたのか知らないが、変な教育の流れで、子どもたちの学力が落としてしまっているのではないだろうか???
(というと、「真の学力とは何か?」「学力はテストで測れるのか?」「生きる力とは何か」などと、学力や創造力を付けていない学習を推進している人たちが反論するのでしょうね。)

できない子ができるようになった26の事実

 「教室ツーウェイ」2012年7月号よりの引用。詳しくは、本誌をお読みください。
トッププロが作った基本の指導(型)を学び、使いこなせるようにすることで、できない子もできるようになる
(1)
 子ども達が勉強ができるようになるには、教師の指導力が大切だ。志と知識と技能が必要だ。
 自動車の運転免許で例えてみる。運転免許をとるには「運転ができるようになりたい」という志が必要だ。そして、運転に必要な知識が必要だし、運転する方法も学ぶことが大切だ。
 しかし、それだけでは、運転はできない。「実際に運転してみて、指導をうける」ことが必要になる。「他人が運転しているをの見ている」だけでは、できるようにならない。「自分が運転してみて」「その場で指導者から学ぶ」ことが必要となる。
 文化、スポーツなどはすべてそうだ。ピアノでも、踊りでも、習字でも、サッカーでも、武道でも、「自分がやってみて」「その場で上級者の指導を受ける」ことが必要となる。
 教師で「すごい教師だ」と思わせる授業をする人は、みんなこの道を通っている。
 しかし、そんな人は教育界に1パーセントもいない。みんな「演習なし」で教師をやっているのだ。だから、教師の世界には、ひどいことがうまれてくる。実力のない人が、管理する立場になると、「どうでもいいこと」を、「さも大切なように」指導する。例えば「本時のめあて」を、黒板に書くことだ。私は32年間の教師生活で一度もしたことがない。研究集団調布大塚小は立派な教師がたくさんいたが、誰一人そんなことをした人はいない。模造紙のお化けのようなものを教室に貼り出す人がいる。実力のない教師が「模造紙お化け」で、ごまかしているのだ。もちろん、私はやってことがない。授業時間をのばすこと。これも、だらしなく未熟な教師の証明だ。熱心なわけじゃない。授業が下手なだけだ。私はもちろん、授業時間の延長など、ほとんどしたことがない。(子ども達が勝手にやっていることはあったが・・・)
 では「演習」で、何を学ぶのか。
 第一は「国語」「算数」などの「授業の基本的な型」を学ぶのである。「型」つまり「定石」は、その道の「トップ・プロ」、歴史に残るような先人が作ったものである。本も何十冊も出し、何千人もの授業参観者が訪れ、全国各地で何百回も何千回も実演、講演をしたような「トップ・プロ」だけが作り出したものである。「トップ・プロ」同士は、強い個性があるが「基本」は、共通している所が多い。それを、学ぶのだ。
 どれくらいの努力と真剣さが必要だろうか。
 野球、テニス、ピアノなどで、地区大会で優勝して県大会に出場した人の努力ぐらいが必要である。TOSSは、全国大会で優勝、入賞した人がたくさんいる。民謡全国一位、テニス日本チャンピオン、女子空手団体出場、剣道日本一、マウンテンバイク日本チャンピオン、甲子園出場、少林寺高段者、習字全国大会入賞、ギター県大会優勝等々、書き出せばきりがない。こういう人は「上達とは何か」「修業とは何か」「実力をつけるにはどうするのか」などを、身につけてきたのである。だから、教師の技量の上達への道も素直に受け入れる。
(2)
 北海道の馬場先生は、算数指導の上級者だ。向山型算数の指導法も学んできた。そんな先生でも、初めて見た私の算数指導の映像では、びっくりしたらしい。
□向山型算数と出会いは10年以上前、4年生小数の授業CDである。衝撃を受けた。
 一つは「こんなにリズム・テンポ良く進む授業があるのか!」という衝撃。
 一つは「ここまで教科書どおりなのか!」という衝撃。
 一つは「なにも教えていないのに子どもが出来るようになっている!」という衝撃。
 どれも大きな衝撃であった。しかし、最大の衝撃は他にあった。それは「こんなに授業中に褒めるのか!」という衝撃である。
「9.小数と書きなさい」
 お勉強の題名を書くだけで早い子は賢い」「頭がいい」「ハイ、よし、偉い!」
 「よーし」「えらい」「かしこい」「よし」・・・これだけの褒め言葉が連発されている。私はその時まで題を書くだけで褒めたこと等なかった。すさまじい衝撃だった。このCDを聞いてから、子ども達の行為にいくらでも褒める価値があることに気づいた。教科書を出しているだけでもすごいではないか。ノートを開いて待っていたなんて、もうすごすぎることだ。それを出来て当たり前と思っていた。いや出来ることすら気にとめていなかった。授業に対する思想、子どもに対する哲学からして、全く及びもしない境地がそこにあった。少しでも近づきたいと思った。
 「教育トークライン」の向山先生の巻頭を引用する。
 効果があるのは「漢字・計算の練習」ではなく、その時の教師の語りなのである。努力したこと、向上したこと、満点だったこと、このような結果に対する教師の語りは、明らかに効果がある。それは「セルフエスティーム」(自己肯定感)を高めるからである。
 私はこれを読んで再び衝撃を受けた。そうなのだ。これこそ現場の実感である。このように文章にされると改めて納得する。努力、向上したこと、満点だったことを褒める、語る。私が最初に衝撃をうけたこれこそ向山型算数ではないか!
 向山型算数はわかりやすい。向山型算数はリズム・テンポがいい。しかし向山型算数授業最大の効果は「結果を褒め語る」ことによってセルフエスティームが高まることなのである。褒めるための結果も当然付いてくるのが向山型算数である。
 「褒めて褒めて褒めまくっているか」私は今日、再びこの原点に帰った。手ごたえのある授業になった。□
(3)
 宿題で実力はつかない。宿題を出す教師の9割はひどい教師だと私は思う。実力は、授業でつくのである。静岡の手塚美和先生の報告である。
□たった1ヶ月で激変
 30点の子が、100点になった
 漢字スキル新出漢字10のテスト。2分間でテストした。びっくり!あんなにゆっくり書いていたKちゃんの手が動く、動く、動く。なんと1分10秒で書き終えた。本当に、びっくりした!
 ほんの1ヶ月前まで、1文字1文字を書くのがゆっくりで、なかなか新出漢字を覚えられなかったのだ。
 スキルテスト4 30点
 スキルテスト5 30点
 いつの日か、100点とれる日がくるといいなあと思いながら、○をつけた。でも、そのいつの日は、遠い日だと思っていた。
 Kちゃんは、真面目に指書きをする子だった。最初の頃は、覚えていなくてもなぞり書きをしてしまうので、ちゃんとスラスラ書けるようになるまでがんばろうねと声をかけた。そんな言葉だけで、真面目に指書きができる子だった。
 みんなより遅くなっても、覚えるまで、真面目に指書きをすることができた。でも、こんなに真面目に頑張っているのに・・・30点。
 彼女が激変しはじめた理由は、ハッキリわかっている。指書きのスピードだ。6月11日の教師力向上セミナーで、向山先生の漢字指導を受けた。空書きの時のスピードがすごく速かった。驚いた。最初は、大人だから、こんなに速いのかと思った。でも、向山先生は、何もおっしゃらない。この「速さ」で空書きをするのか・・・。
 2分間でテストをするという話もされた。2分間でテストをするということは、これまでのも聞いたことがあった。でも、目の前で、丁寧に思い出しながら書いている子を見ると、2分があまりにも短く感じた。だから、これまで、4分くらうは、やっていたと思う。
 指書きの速度を速くした。テスト時間を2分間にした。Kちゃんの点数は、ぐんぐん上昇しはじめた。
 スキルテスト8 70点
 スキルテスト9 90点
 「覚える」というのは、こういうことだったのだ。ようやく、向山先生の「覚えていれば2分で書ける」ということの意味がわかってきた。これまでにも、何度か、そのことを教えてくれていたのに。
 覚えて入れば、漢字の形は、高速スピードで、脳のネットワークを走るのだ。脳のネットワークがつながれば、漢字の形は、高速で脳から指先に伝わるのだ。それが、「覚えた」ということなんだ。「えっと、えっと」と考え考え書いている状態は、まだ、覚えているとは言えないのだ。スラスラ書けるとは、こういうことなのだ。このスピードで、スラスラ書けて「覚えた」というのだ。
 私の頭の中でも、「空書きの速さ」と、「2分間のテストの意味」がようやくつながった。
 新出漢字テストの日。
 Kちゃんは、テストを前にニコニコしていた。「100点とろうね」というと、「うん」と張り切って答えた。漢字テストが始まるとKちゃんは、すごい勢いで書き出した。その速さに驚いて、私は、自分の時計で、時間を計っていたのだ。Kちゃんは、すごい速さで鉛筆を動かした。そして100点をとった。
 たった1ヶ月で、Kちゃんは、激変した。この1ヶ月、Kちゃんは、漢字のお勉強を自主的にお家でたくさんやってくるようになった。きっと嬉しくてたまらないのだ。可能性が見えてくることで、意欲がむくむくと湧いてくるのだ。
 漢字ができるようになるのは、素晴らしい。でも、もっと素晴らしいのは、自分には可能性がある。そのことを子ども達に実感させることなのだと思った。□
(向山)自己流我流の指導は、よほどの天才でもない限り、無駄な指導なのだ。教師の工夫は必要だ。しかし、それは、ほんの一歩の前進でさえ、山ほどの努力をした後に、成果がもたらされるのだ。

「板書見ながら“算数作文”」で算数と国語の学びが変わる

 明治図書より、2012年5月第4週号のメールマガジンの紹介♪
 今号(5月第4週号)は、著者インタビュー、書籍の新刊情報をお届けします!「板書見ながら“算数作文”」で算数と国語の学びが変わる!
 今回は田中博史先生・尾﨑正彦先生・小松信哉先生・熊谷純先生に、新刊『学びが定着!板書見ながら“算数作文”』低学年・中学年・高学年について伺いました。

田中 博史(たなか ひろし)
 筑波大学附属小学校教諭。基幹学力研究会算数側代表。主な著書に、『「板書見ながら」算数作文 話すだけの授業からの脱却』(明治図書)、『田中博史の算数授業のつくり方』(東洋館出版社)、『田中博史のおいしい算数授業レシピ』(文溪堂)など。
尾﨑 正彦(おざき まさひこ)
 関西大学初等部教諭。基幹学力研究会幹事。主な著書に、『“考える算数”のノート指導』(明治図書)、『「書くっておもしろい!」表現力を鍛える算数授業のススメ』(東洋館出版社)など。
小松 真哉(こまつ しんや)
 福島県教育庁義務教育課指導主事。基幹学力研究会幹事。主な著書に、『子どもが「やさしくなる」算数の「話す」「聞く」「書く」活動』(明治図書)、『算数の本質を貫く 話し合い活動を創るポイント』(東洋館出版社)など。
熊谷 純(くまがい じゅん)
 青森県七戸町立天間西小学校教諭。基幹学力研究会幹事。主な著書に、『算数指導にカウンセリング』『(明治図書)、『算数授業を変える教師の力』(東洋館出版社)など。

―まずは、この「板書見ながら“算数作文”」とはどのような実践なのか教えてください。
田中先生:簡単に説明すると、盛り上がった算数の授業のあと、そのまま板書を残しておいて、それを見ながら国語の時間に算数授業追想記を書かせる試みです。算数の授業そのものを作文の題材とするわけです。授業の終わり5分程度の算数日記ではなく、しっかりと45分間使って書き浸らせます。その具体的なノウハウと子どもの変容の事実が、本シリーズにはたくさん詰まっています。

―尾﨑先生は、低学年編の中で、子どもたちが作文に再現したくなるような算数授業をつくることの重要性を指摘されています。授業づくりにおいて、具体的にどのような点を工夫すればよいのでしょうか。
尾﨑先生:子どもが問題を解きたくて解きたくてたまらなくなるしかけを授業のどこかにつくることが大切です。そのために意識していることは、“ズレが生まれる”展開づくりです。例えば、自分の考えとは違う考えに出会うと、子どもは急に不安になります。これは「友だちの考えとのズレ」です。このズレを、クラス全員に意識させます。ズレを意識した子どもは、本当の答えを知りたくなり、放っておいても動き出します。このように、ズレ(友だちの考えとのズレ、予想とのズレ、感覚とのズレ、既習とのズレ)が生まれるしかけをつくることで、子どもたちが作文に再現したくなるような授業が構成できます。

―中学年編で重点が置かれている、数学的な見方・考え方の定着という観点からみて、「板書見ながら“算数作文”」は、どのような点で優れているのでしょうか。
小松先生:算数の授業では、数学的な見方・考え方をはぐくむことが重視されています。子どもの数学的な見方・考え方は、問題を解決する過程で表出、表現されます。教師は授業の中で子どもの表現等を見とり、最大限に称賛することで、数学的な見方・考え方の定着を図ります。しかし、そういった教師の意図にもかかわらず、子どもたちにはまったく定着していないことも多くあります。“算数作文”では、このような数学的な見方・考え方を子どもたちが本当に自分の内面に落とし込んでいるかどうかを見とることができます。また、“算数作文”は授業のねらいとリンクしたものなので、教師自身の授業評価にもなります。

―熊谷先生は、高学年編の中で、作文の足がかりとなる板書自体にも工夫が必要と述べられています。「板書見ながら“算数作文”」を実践する際の板書のポイントを教えてください。
熊谷先生:“算数作文”を始めた初期の段階では、黒板全体を大きく3つに区切り、
①左の部分には「本時の問題」それにかかわる「めあて」や「見通し」
②中央部分には「子どもの考えた解き方の例」
③右の部分には「本時のまとめ」や「練習問題」
を配置すると、作文が書きやすくなります。しかし慣れてくると、一番左の「本時の問題」や「めあて」、一番右の「まとめ」を見るだけで、授業の大まかな構成がわかってしまうという弊害が出てきます。
 そこで、わざと大切な部分を板書に残さないという実践を行ってみます。すると、黒板に書かれないことも自主的にメモする必要感が生まれ、それと同時に友だちの発言を集中して聴くなど、新しい授業の雰囲気が醸成され始めます。

―最後に、本書を読んで、ご自身の教室でもこの「板書見ながら“算数作文”」を実践してみようとお考えの先生方にメッセージをお願いします。
田中先生:まずは、盛り上がる算数の授業を実現することが必要です。楽しくない算数授業では子どもも書くことが浮かびません。その上で、時間をしっかりとって書き浸らせるのですが、思考力を育成する“算数作文”では、考えた結果を書くことよりも、「書きながら考える」「書きながら考えが変わっていく」ことが大事であるということを子どもたちに教えてあげてください。また、段落構成などの形式に最初から入り込まないことです。話型指導の問題点と同じで、形式の約束が多いほど子どもは表現しにくくなります。
プロフィール

ニャン太郎

Author:ニャン太郎
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