FC2ブログ

『世界的な脳神経外科の証言 発達障害を改善するメカニズムがわかった!』鈴木昭平、篠浦伸禎(コスモ21)1400円+税


最新の脳科学が子育ての常識を変える!
・発達障害は脳の扁桃体・報酬系の暴走、視床下部の弱化で起こる
・従来のストレス教育では改善できない
・家庭教育と脳科学の連携で子どもの未来がビックリするほど変わる
  ↓
家庭での発達障害の改善を加速する10のポイント-すぐ実践できる
・親子関係が劇的によくなる脳タイプの診断表
・チェックするだけで子どもがグングン伸びる「EES発達検査表」
*鈴木昭平
 エジソン・アイシュタインスクール協会代表
*篠浦伸禎
 医学博士・脳神経外科医

スポンサーサイト

「ディスレクシアと合理的配慮」第16回「評価」

 『内外教育』2018年12月28日の「ディスレクシアと合理的配慮」第16回「評価」の引用。
 「合理的な配慮」は、その配慮をすることによって、対象の児童生徒の困難が軽減され、本来の力を十分に発揮できるように実施するものであり、げたを履かせるということではない。その対応がその個人のディスレクシアの程度や表れ方にとって「合理的」であることが分かって、それを施すのなら、評価にも反映することが妥当である。文部科学省から出ている「対応指針」も、普段教室の中で実施している配慮の数々を実施した上で評価をするように明記してある。
 考えられる配慮は次の通りである。
 「日ごろの課題」 国語の音読はすらすらと抑揚を込めて読めるのが理想だろうが、そこのところができないのがディスレクシアである。このため、音で3回聞いてきたら「良し」とする。また、漢字の習得について、止め、はね、はらい、書き順などができなかったとしても減点しない、書けなくても選択できればよい。
 「宿題」 データで与え、PCで回答をしてきたとしても評価をする。量や質の調整をした場合も同様である。業者が用意するドリルなどではすでにデータで提供が始まっているものもあるので活用したい。
 「小テスト」 振り返りのテストをする場合も選択問題、口頭試問にして分かっていれば評価した上で次の単元に進めるようにしたい。
 「作文」 授業中に作文ができればいいが、ディスレクシアの場合、言いたいことの5分の1くらいしか手書きの文字では表現できない場合がある。ICT(情報通信技術)の使用はもちろんのこと、学校内でできるのなら少しの時間をとって聞き取り、付箋などに支援者が書き写し、その後で文章にしたものを書き写す方法なども評価する。
 「ノート提出」 試験の記述式で点が取れないディスレクシアに対して手書きノート提出で評価するという一県「合理的」に見える対応があるが、実は本人にとって「過度の負担」となっている場合を多く見る。プリントを貼る、写真で撮ってそれをまとめるなどの方法が考えられる。
 「期末の試験」 普段の授業や宿題、小テストで本人のできることと困難なことの間のギャップを埋めるために行っている「合理的な配慮」をそのまま当てはめる。読み上げ、読みやすい工夫(文字のフォントやサイズ、紙の色、文字の色、問題と回答欄が分かりやすいように変更する)、時間の延長などがある。
 多くの科目を1日でこなす場合、時間延長で1科目目は点数が上がるが、3科目目くらいになると延長した分疲労するので、半分くらいしか得点できなくなることも実証されている。また、課目や試験問題、回答方法によってそれほど時間をかけずに回答できる場合もある。
 ICTの使用もしかりである。日ごろ使用しているICTを期末試験などでどのように使うのかを事前に検討しておく必要が出てくる。問題と回答欄を答えやすいように工夫するとクラス全体の点数が上がることも分かっている。
 日ごろ教室内で行っている配慮をした上での評価を内申書にも反映することで、初めて高校や大学受験、また次の学校での変更や調整につながるのでぜひ実践してほしい。
(藤堂栄子=認定NPO法人エッジ会長)

ADHD(注意欠如・多動症)と学校生活―当事者の視点から③

(前回からのつづき)
支援者として当事者と関わって
 現在では支援者として、成人期のADHDの方と関わらせていただいています。ほとんどの方が私と同様に、成人になって初めてADHDと診断されています。そうした方々の多くは、学生時代は本人の努力で何とか乗り切ってきたものの、社会人になってから職場での業務や人間関係などで行き詰ったことがきっかけで受診されています。お話をうかがうと、やはり学生時代からADHDの症状に由来する学習上の困難や、学校生活でのストレスに晒された経験をお持ちの方が多くいらっしゃいます。そして、かつての私と同じように、症状に由来する問題を「本人の努力不足」と評価され、また自分でもそう思い込んで自分を責めた経験をお持ちです。そして自分で何とか状況を変えようと努力したものの上手くいかず、それがさらなる失敗体験となって自信を失い、必要以上に自分を悪く評価している方が少なくありません。
 もちろん親や先生は、「本人のため」と思って厳しく指導するのですが、それが「努力の問題」「しつけの問題」などという誤解に基づいていた場合、その「しつけ」が原因で自尊心を低下させ、孤独感や劣等感といった負の感情を育ててしまう結果になることもあるように思います。
教育現場の皆様へ
 教育現場、特に学校という集団世活の場において、ADHDの生徒は対応が難しいことも多いと思います。また、時には問題行動を正すよう、指導しなければならない場面もあると思います。しかし、ADHDの特性を理解しないまま、ただできていないことを非難するだけでは、問題行動はなかなか改善しないだけでなく、その厳しい指導が時として「自尊心の低下」という形で本人を苦しめてしまう、ということをご理解いただきたいと思います。なぜなら、最も症状に悩まされているのは本人であり、少しでも良くしようと人一倍努力しているのも本人だからです。
 先生方には、そんなADHDの子どもの頑張っている姿を、是非評価していただきたいと思います。そして、子どもが感じている学校生活でのつまずきに気づき、「どうしたらできるようになるか、一緒に考える」という視点で接していただくことがとても重要だと思います。
 ADHDは、周囲の正しい理解と支援によって、子どものつまずきを減らし、症状を改善していくことができます。そのためには、保護者や専門の医師だけでなく、先生方をはじめ学校関係者のサポートが不可欠です。ADHDの子ども本人を含め、クラス全員のよりよい学校生活のためにも、ADHDに関する一層の知識と理解を深めていただければ幸いです。
(おわり)

『The English Teachers' Magazine』Janurary 2019

ADHD(注意欠如・多動症)と学校生活―当事者の視点から②

(前回からのつづき)
学生時代を振り返って
 当時を振り返ってみると、忘れ物や失くし物がとにかく多く、宿題などの提出物の期限を忘れる、渡された配布物などを紛失する、といったことを日常的に繰り返しているような子どもでした。私の意識の中では、決して不真面目にしているつもりではなかったのですが、周囲の大人、特に学校の先生には、「できること」と「できないこと」の差があまりにも大きいため、「なぜこんなことができないのだろう」と、不思議に思われていたように思います。
 一方で成績の方も、学習の内容は理解できているにもかかわらず、いざ試験となると、例えば英語であれば簡単な単語のスペリングミスや文法の間違い、数学であれば単純な四則計算のミスなどが多く、「もったいない」「もっと良くなるはずなのに」と毎回のように言われていました。
 これらの学習面の問題は間違いなくADHDの症状に由来するものだったと思うのですが、当時は発達障害についての認識は一般的ではなかったこともあり、周囲からADHDを疑われることもありませんでした。そのため、ケアレスミスで成績が伸びないのは「本当はできるはずなのに、努力が足りないから」、忘れ物や失くし物が多いのは「いい加減で不真面目だから」と評価されがちで、先生や両親に叱られてばかりいました。そして叱られるたびに私も「このままではダメだ」「何とかしよう」と、自分なりの対処法を色々と考えるのですが、結局上手くいかずに同じ失敗を繰り返してしまい、そのたびにまた叱られる、といったことを繰り返していました。いつしか私も自分自身のことを「叱られてばかりの悪い子」「何度言われてもできないダメな子」だと思い込むようになり、同時に頭ごなしに叱ってばかりの周囲の大人に対して反発や不信感を抱くようになっていました。
 中学校に進学する頃になると、クラスでのいじめがさらにエスカレートしたことで、学校生活のストレスと学校への不信感がピークに達し、学校に通えなくなりました。その頃には両親と家庭内で衝突することも多くなり、家庭での生活もかなり荒んでいました。当時の私は本当に扱いにくく、周囲を困らせる子どもだったと思いますが、今になって振り返ると、本心では「自分はこんなに頑張っているのに、なぜわかってくれないんだ!」と、必死に周囲の大人に訴えていたのではないかと思います。

(つづく)

ADHD(注意欠如・多動症)と学校生活―当事者の視点から①

 『英語教育』2019年1月号の「昭和大学発達障害医療研究所グループ・リレー連載」「医療の視点から発達障害のある学習者に寄り添う」第10回「ADHD(注意欠如・多動症)と学校生活―当事者の視点から」の引用。
米持匡純 Yonemochi Masazumi(昭和大学付属烏山病院社会福祉士)
 ADHD(Attention-Deficit Hyperavtivity Disorder)とは、日本語で「注意欠如・多動症(注意欠陥・多動性障害、注意欠如・多動性障害)」と言い、自分をコントロールする力が弱く、それが行動面の問題となってあらわれる障害で、代表的な発達障害の一種とされています。症状としては、大きく分けて「多動性」「衝動性」「不注意」に分類されます。
 これらの症状が原因となって、学校生活にも様々な支障がでてきます。それによって学業成績が下がったり、他の子どもとの人間関係が悪化したりします。
 幼児期・児童期の子どものADHDの有病率は8~12%※と言われており、30人のクラスに2~3人はいることになります。そして、これらの障害特性を部分的に持っている子どもを含めると、その数はさらに多くなるでしょう。実際に先生がのクラスにも、こういった問題を抱えている生徒が少なからずいるのではないでしょうか。
※樋口輝彦・齊藤万比古 監修(2013)『成人期ADHD診療ガイドブック』じぼう
当事者から福祉職へ
 私は現在、昭和大学付属烏山病院のデイケアで社会福祉士として働いていますが、現在に至るまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。小学生の頃から学校での集団生活に馴染めず、クラスメイトからのいじめやからかいの対象になり、中学校に進学してすぐに不登校を経験しました。全日制の高校には進学できず、通信制高校と予備校に通いながら大検(現在の高卒認定試験)を取得し、何とか大学に進学しました。しかし大学を卒業後、就職したものの、体調を崩したことをきっかけに精神科を受診し、そこで初めてADHDと診断されました。25歳の時でした。
 その後、治療薬の服用を開始し、同時に昭和大学烏山病院で実施しているADHD専門プログラムに参加することで、すこしずつADHDの症状にも対処できるようになり、自信を取り戻していきmした。そのような中で、かつての自分とおなじような境遇にある人たちに何か貢献したいという想いが徐々に強まり、思い切って福祉職への転職を決意し、現在に至っています。
 私がADHDの診断を受けたのは成人になってからですが、学生時代に感じた学校生活の様々な難しさの多くが、ADHDの症状と関係しているように思います。今回はそんな私の経験を振り返りながら、先生方にお伝えしたいことや、期待したいことをお話ししたいと思います。
(つづく)

プロフィール

ニャン太郎

Author:ニャン太郎
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
COUNTER
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR