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スクールカースト苦しかった

 2018年5月5日の朝刊より、引用。
不登校寄り添い新聞20年
 不登校の子どもたちに寄り添おうと、1998年に創刊した「不登校新聞」が1日に20周年を迎えた。この間、不登校への偏見は改善されつつある一方で、不登校の子の数や、児童生徒に占める割合は増えている。編集長の石井志昂さん(36)は「大型連休明けは夏休み明けと並び、不登校になる子が増える」と指摘し、「子どもの視点から情報を発信し続けたい」と話している。
(清水祐樹)
 先月下旬、東京都内のビルに入る編集局は、最新号の校正作業に追われていた。「”楽しかった学校”が変わった4月」。前回の15日号では、一面で不登校になった少女(15)の体験談を取り上げた。タブロイド判8ページの紙面は、相談先の紹介などの情報が満載だ。
 不登校新聞は市民団体が母体となって創刊した。現在はNPO法人・全国不登校新聞社が月2回、紙版と電子版で発行。自らも不登校だった石井さんらスタッフ3人と若手ボランティア総勢130人が、月1回の会議で内容を話し合う。
 不登校は怠けや甘え、逃げ、社交的でないといった性格や、心の病が強調されがちだった。2001年には町村信孝文部科学相(当時)が「履き違えた自由が不登校を生む」と発言し、物議を醸した。こうした偏見の解消にも、紙面を通じて取り組んできた。

 近年、どの子も不登校になり得るとの認識が広まり、フリースクールなどの受け皿も増えている。文科省の調査では、児童・生徒の全体数は減る一方、不登校の子の数や割合は増加。1997年度の約10万5千人(0.85%)から、2016年度は約13万4千人(1.35%)となった。
 石井さんは「悩む人たちに、必要な情報を届けたい」と話している。新聞は月額820円。購入などの問い合わせは編集局=電03(5963)5526=へ。
*不登校
 文部科学省の定義では、何らかの心理的、情緒的、身体的、社会的要因・背景によって登校しない、したくてもできない状況にあり、病気や経済的な理由以外で、年間30日以上欠席した児童・生徒とされる。1966年度から実態調査を始めた。当初は「学校嫌い」としていたが、98年度に「不登校」を呼称を変更。欠席日数を「50日以上」から「30日以上」にした。

スクールカースト苦しかった 編集手伝う女性「同じ境遇の人たくさん」
 「不登校新聞」編集長の石井志昂さんは、不登校の子が増えている一つの背景として、生徒間の身分制度のような序列「スクールカースト」があるとみている。ボランティアで編集に参加している水口真衣さん(21)=埼玉県入間市=も苦しんだ。小学生の頃から「走るのが遅い」「足が太い」などとからかわれてきた。死にたいと思っていた時に不登校新聞と出合い、視野を広げた。今は「悩む子たちと一緒に歩いていける存在になりたい」と笑顔を見せる。
 「私には何をしてもいいという『いじられキャラ』が定着してしまった」。水口さんは、学校生活をこう振り返った。スクールカーストは多人数から一人へのいじめではなく、序列上位の子が下位の子に権力をふるい、いじめが生まれやすくなる。つらかったのは、高校で担任教師に訴えても「からかい」程度の認識で、いじめとは受け取ってくれなかったことという。
 高校3年の秋に不登校になった。別の理解ある教師の支えで何とか卒業したが、就職後にそれまでの我慢が限界を超えた。仕事に行けなくなり、引きこもり、インターネットで死に方を調べる日々。ある日、母が不登校新聞の存在を教えてくれた。
 「自分と同じような人がたくさんいるんだ」と興味を持ち、編集会議に参加。取材を通して視野を広げていった。不登校の時期は「自分が弱いだけ」と自らを責めたが、会議ではつらい経験も話すことができ、「殻を破れた」と思った。
 昨秋、通信制の大学に入り、心理学を学んでいる。中学生や高校生と話すと、自己評価の低さが気になる。「あの子たちを一人にさせたくない。そのために何をすべきかを探している最中」と話す。
 今は、無料通信アプリ「LINE(ライン)」やツイッターなど会員制交流サイト(SNS)で「死ね」「うざい」といった過激なやりとりが、気軽にされる。スクールカーストの背景について、水口さんは「相手が傷ついているのが分かりにくくなっているのかな」と心を痛めている。

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不登校につながる「ネット依存症」

 2017年9月19日の朝刊に「不登校につながる「ネット依存症」」という記事が載っていた。引用します。
 夏休み明けは、子どもたちの不登校が増える時期。その原因の一つとして十年ほど前から注目されてきたのが、ネット依存症(インターネット使用障害)だ。中学生から大学生までの男子に多くみられ、オンラインゲームに没頭するケースが多い。課金制のゲームで浪費したり、親との関係がこじれて、暴力につながることも。八日に横浜市で開かれた日本アルコール関連問題学会のシンポから、二つの医療機関の取り組みを紹介する。
 「この時期の外来は、新しい予約がぎっしりです」。大阪市立大病院精神神経科の片上素久医師が説明した。大半はオンラインゲームに没頭して、生活が昼夜逆転し、夏休み明けから学校に通えなくなった子どもたちだ。
 こうしたネット依存症が広がる原因を、片上医師は「勉強で一番になることは難しくても、ゲームでは成果が出て、友達の称賛を浴びることができる。現実の社会で成果が上がらない場合は、依存しやすくなる」と分析する。親は治療に熱心でも、本人の治療意欲は著しく低いのが共通点だ。その状態で無理にネットを絶たせると、ますます治療から遠ざかってしまう。親の「過度な期待」に応えられず、自己否定感を抱いている場合が多く、家族の関係のゆがみを修正することが治療の基本だという。
 片上医師は、自己肯定感を高めるためには、家庭で親が接し方を改める必要があり▽少しでも本人ができたことをほめる▽新しいチャレンジにはお駄賃をあげる-などの対応が有効と指摘した。
 治療法として、集団精神療法も取り入れている。互いの体験を語り合うことで、ネットに依存している自分の状態を把握し、孤独感が薄まることで病気に立ち向かう力になるという。
      ◇
 依存症の治療で知られる国立久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)の臨床心理士・三原聡子さんは「ゲームの刺激に対する脳の前頭葉などの反応は、アルコールなどさまざまな依存症と似通っている」と指摘し、進行すれば治療が必要になることを強調した。
 同センターでは、認知(考え)のあり方を修正する認知行動療法、ネット以外の楽しみを見つけるためのデイケアなどのほか、必要に応じて二カ月程度の入院治療を取り入れている。
 スポーツ、作業療法、グループ療法などを組み入れつつ、睡眠や栄養の状態を改善し、今後の生活設計を医師らと話し合っていく治療で、ネットを使う回数が減ったり、学校へ通えるようになるなどの成果が出るケースが多い。二〇一四年からは、夏休みなどに治療キャンプを実施。渋々参加した子どもたちは、ボランティアの大学生と接したり、自然に触れたりする中で新しい楽しみを覚え、ネットを使う機会を減らせることが多いという。
 ネット依存症を扱う医療機関は徐々に増えてきたが、治療はまだ手探りの状態。三原さんは今後の課題として▽依存対象や治療段階に応じた効果的な認知行動療法のテキストの作成▽臨床データの蓄積▽予防教育への応用-などを挙げた。
 (編集委員・安藤明夫)
<ネット依存症>
 インターネットに過度に没入し、パソコンや携帯が使用できないといらだちを感じるなどして、実社会の人間関係や心身の健康に弊害が出ているのに、依存をやめられない状態のこと。中国や韓国でも大きな社会問題になっている。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201709/CK2017091902000171.html

浜松市天竜区にフリースクール開設準備

 2017年4月20日のニュースに「浜松市天竜区にフリースクール 「里山学校」温かいよ」というものがあった。
◆「里山題楽校」 活性化願い住民協力
 山あいの小集落を教室に見立てたフリースクールの開設準備が、浜松市天竜区横川の百古里(すがり)地区で進んでいる。児童減少で近くの鏡山小学校が三月末に閉校したばかりで、過疎化に拍車がかかると危機感を抱く住民が協力する。「里山題楽校」の名称で四月中の開設を目指す代表の鈴木浩之さん(36)=同市東区=は「学校が地域の活性化にもつながれば」と話す。
 さまざまな理由で学校に通えない児童生徒を支援するフリースクール。浜松市内に複数あるが、天竜区で民間の開設は初めて。二月まで同市中区の通信制高校に勤務していた鈴木さんは、二年前から地区住民とイベントを通じて交流があり、自然豊かな百古里に魅力を感じていた。
 市北部で通える距離にフリースクールがないとの保護者らの声を聞き、開校を決心。自己資金で準備し、インターネットで不特定多数から小口の資金を募る「クラウドファンディング」でも協力を呼びかけている。集めた資金は机など学習設備の費用に充てる計画。
 茶畑や家屋が点在する百古里には四十一世帯、百三十人余が暮らす。協力するひとりが地区でそば店を営む山本六二郎さん(66)。「いい環境で過ごせば気持ちも変わる。地区に出入りするきっかけになり、いずれ住みたい人が出てくれば」と期待する。訪問客の滞在のため山本さんが造った木造平屋のコテージ二棟を教室や事務所用に有償で貸す。住民の代わりに管理していた田んぼも、米づくりの学習に使ってもらう。
 鈴木さんがモデルとするのは、デンマーク発祥で自然の環境を教室に見立てる「森の幼稚園」。学習支援のほか、農家に学ぶブルーベリー農園での栽培・収穫体験、ハチの生態調査とハチミツの生産、地区に工房を構える陶芸家を講師に焼き物教室などを計画している。「雑音から離れ、集中できる場所だから複数の芸術家らが百古里に集まっている。ここで何かに集中し、達成感を味わってほしい」
 小学四年から中学三年の児童生徒、通信制高校の在籍者を対象に二十人を予定する。問い合わせは鈴木さん=電080(5674)1606=へ。
◆不登校 浜松も増加傾向
 不登校の児童生徒は全国的に増えており、浜松市も同様だ。市内で民間のフリースクールの開設も増加傾向にある。
 病気や経済的理由を除き、年間三十日以上の欠席で不登校とみなされる。市教委によると、二〇一五年度の同市の小中学校の不登校は千三十四人(児童三百二十八人、生徒七百六人)で過去最多。一一年度の九百十七人(児童二百二十七人、生徒六百九十人)と比べて百人以上増えている。
 市は、再登校を支援する適応指導教室を市内六カ所に開設。約百六十人が利用するが、担当者は「大人数が苦手な子どももいて、六教室では限界に近づいている」と話す。
(島将之、写真も)

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20170420/CK2017042002000069.html

不登校対策法案 漂う差別的なまなざし

 2016年11月18日の朝刊の社説欄より、「不登校対策法案 漂う差別的なまなざし」の引用。
 不登校の子どもの学びの保障はもちろん、大切だ。では、なぜ不登校に陥るのか。学校の側に問題はないのか。根源によくよく目を凝らしたい。子どもだけの責任に帰すかのような法律では危うい。
 文部科学省のまとめでは、昨年度に年間三十日以上休んだ不登校の小中学生は十二万六千人。うち七万二千人、全体の57%は九十日以上休んでいた。授業があるのは年間二百日ほどだから、事態の深刻さが分かる。
 不登校の小中学生はもう二十年近く前から、年間十万人を超え続けている。子には学校に通う義務はないけれど、学ぶ権利はある。大人はそれを守らねばならない。
 問題意識を共有する超党派の国会議員らは、不登校の子のための「教育機会確保法案」を国会に出している。だが、賛否が割れており、慎重な審議を望みたい。
 当初目指したのは、自宅や民間のフリースクールなどでの学びも、一定の条件つきで義務教育とみなすという法案だった。公教育を担う場が多様化し、不登校現象が解消する可能性があった。
 ところが、不登校が助長されるとの反対に遭い、骨抜きになった。不登校は逸脱行動であり、学校復帰という正常化に努めるべきだ。そんな旧来の発想に根差したような法案に変わってしまった。
 前者では、学校一本やりの制度に風穴が開き、自尊心も取り戻せただろう。後者では、これまでと同様に病人視され、社会の偏見や差別のまなざしも消えまい。
 法案によれば、文科相が不登校と認めた子について、学校外の学びの重要性や休養の必要性に配慮して、心身や学びの様子をみながら親子を支援するという。
 けれども、学校外の居場所や休養の機会は、不登校の子に限らず、すべての子にとって大事なはずだ。不登校か否かを問わず、悩みを抱えている親子には、等しく手を差し伸べるべきでもある。
 学校に通っている子と切り離して対策を練ることに、どれほどの意味があるのか。かえって、社会の分断や亀裂に通じないか心配だ。
 不登校の子を受け入れてきたフリースクールの中には、学校外の学びが公認され、公教育参入へ向けた一歩になると評価する声もある。もっとも、教育行政の単なる下請けになって、自由が失われては元も子もない。
 不登校やいじめ、暴力の現状をみれば、横並び圧力や競争主義を強める学校のあり方を省みる姿勢こそが、本当は求められている。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016111802000136.html

不登校対策法案 賛否の溝埋める努力を

 2016年5月9日の朝刊の社説欄より、「不登校対策法案 賛否の溝埋める努力を」の引用。
 不登校の子や親たちの賛否が割れたままで、法案を押し通せば禍根を残すだろう。学校外の学びの支えを前進と見るか、不登校を逸脱行動と捉える発想を危険と見るか。子のために、溝を埋めたい。
 不登校の小中学生は、すでに二十年近く、年間十万人を超え続けている。子どもには学校に通う義務はないけれど、放置しては、学ぶ権利を守れない。保護者も、子に学ばせる義務を果たせない。
 では、どうするか。議員立法での打開策を話し合ってきた超党派の議員連盟が当初まとめたのは、民間のフリースクールや家庭などでの学びを義務教育として公認するという法案だった。
 子どもの「個別学習計画」をつくり、教育委員会の認定を受けた保護者は、就学義務を履行したとみなす。計画をこなした子は、義務教育を修了したと認める。
 実現すれば、学校一本やりの義務教育は多様化し、不登校現象は解消する可能性があった。
 しかし、「不登校を助長しかねない」とか「個別学習計画に縛られ、フリースクールや家庭の自由が失われる」といった異論が相次いだ。法案は見直しを迫られた。
 結果、議連が今国会での成立をめざす法案は、かねて文部科学省が取り組んできた学校復帰の方策をなぞったような中身になった。大きな後退といえ、残念だ。
 確かに、学校以外での学びの大切さを認め、休養の必要性に配慮して、支援するというくだりも盛り込まれている。公教育として位置づけるための一歩になり得ると見て、評価する声もある。
 けれども、法案には、学校に通える子を正常とし、通えない子を問題視するという旧来の発想が貫かれているように読み取れる。
 不登校の子向けの教育課程に基づく特例学校や、教育支援センター(適応指導教室)の整備という既存施策も、併記されている。学校に連れ戻す圧力が強まらないかと心配する声も出ている。
 なにより、学校に通えず、蔑視されたり、自責の念にさいなまれたりして、自尊心に深手を負った子をどう救済するのか。社会の差別的な風潮を排し、不登校の子が自分らしく育つ権利を等しく保障するという視点は薄い。
 かつて病気や怠慢、非行とされた不登校は一九九〇年代に、どの子にも起こり得るという認識に変わったはずだ。現状を見れば、今度は制度を手直しする番だろう。
 子どものための法案である。議連は足並みをそろえてほしい。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016050902000142.html
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