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破壊的行動障害とEDM<備忘録12>

 ODDやCDに対してはこれまで精神療法、薬物療法、集団療法、認知行動療法、親訓練を含む家族療法、これらを組み合わせた統合的治療などさまざまな治療法が提唱されてきた。  Brestan & Eyberg(1998)は過去29年間の82の心理社会的治療研究をレビューし、実験的に確立された治療法を同定した。彼らが破壊的行動障害の子どもに対して「確立された」と認めた治療法は、2つの親訓練法(Patterson, 1968; Webster-Stratton, 1984)だけであり、2つ以上の追試によって、対照群よりも有効と認められた治療法は、親子相互作用療法、各種の認知行動治療、そしていくつかの治療法を組み合わせた統合的治療法であったと述べている。(表) 実験的に確立された治療法(Brestan と Eyberg (1998)による) <色:#0000ff> 実験的に確立された治療法  1. Parent Training based o living with children    Patterson and Gullion (1968)   親に標的となる偏った行動を監視させ、適切な行動に報酬を与え、偏った行動を無視したり罰することを教えるようデザインされている  2. Videotape Modeling Parent Training    Webster-Stratton (1984)    ビデオテープによる親訓練  実験的にほぼ確立された治療法(少なくとも2つの追試によって対照群よりも有効と認められた治療)  1. Parent-Child Interaction Therapy  2. Problem Solving Skills Training (Kazdin, 1987)  3. Anger coping therapy  4. Anger control Training with Stress Inoculation  5. Assertive training  6. Delinquency Prevention Program  7. Multisystemic Therapy  これに対して、Greens & Doyle (1999)は「実験的研究に参加する親子は、その時点で偏りがあり、全体を正しく反映していない」と実験的研究結果を批判している。  確かに、親訓練が有効なのか、親訓練に参加し、完遂するような親を持つ子どもだから治療効果が高いのかは議論のあるところであろう。  例えば、児童自立支援施設に入所している行為障害の大多数は、機能不全家族の中で育てられており、親訓練など望むべくもなかった。  彼ら自身も言語化能力をはじめとする能力的問題から認知行動療法も困難であると推測された。しかし、これこそがCDの実態なのである。Greeneらは、「異なった型の親子不適合は異なった型の介入を必要とするため、治療成績はいかに介入の問題が個々の親子の必要性にマッチしているかにかかっている」と主張している。
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行動・発達障害が行為障害にいたる経過(2)<備忘録11>

(2)学童期以降の経過  親子関係の障害の背景にはさまざまな家族機能の障害が存在することが多い。こうした場合、それらは親子関係を更に悪化させる方向に働くと同時に、子どもへの怒りを増幅させる。このような家族機能不全への怒りに基づく反社会的行動は、家族の崩壊を防ぐための方策の意味も持っているであろうが、それでも悪循環が止まらない場合には反社会的行動は次の段階に進む。  ODD児は、こうした経過全般において、通常の友人に受け入れてもらえず孤立しがちとなる。この時、彼らを受け入れてくれるのは同じような境遇の子どもたちである。このため彼らは思春期に入るころから反社会的な集団に属することが多くなる。一方、家族機能の障害はしばしば、同一化すべき適切な男性像が得られないことにつながる。これらの結果、実行機能や言語・認知機能の低い彼らは、容易に反社会的な男性像に同一化し、CDを呈すると考えられる。

行動・発達障害が行為障害にいたる経過(1)<備忘録10>

 それでは、行動・発達障害と心理社会的要因はどのような影響を与え、どのような経過でCDに至るのであろうか。小学校入学前後に分けて考えてみたい。 (1)就学前までの経過  次の図は、行為障害に至る経過のリスクファクターの関連を示した仮説である。  遺伝や周産期障害、胎内でのアルコールや薬物への曝露は、未解明の脳内の神経伝達の異常をもたらし、多動・衝動性、不注意、認知障害、言語機能の障害などが生じると考えられる。これも未解明であるが、攻撃性を含む養育困難な気質も周産期までにある程度規定されるかもしれない。これらの脆弱性を持つ子どもは、親からのしつけや監督が不十分になったり、体罰を含む過度に厳しい養育、あるいは虐待を受ける可能性が高くなる。ありのままの自分が受け入れてもらえない彼らは、内面的には自己評価が下がって抑うつ的となり、外面的には他罰的となって周囲に対する怒りを抱く。衝動性ゆえにこの怒りはすぐに表出されることが考えられる。また、この怒りは受け入れられない甘えの裏返しであり、養育者の反応を求めて為され手いるとも考えられる。  さらに、言語機能が低ければ、うまく表出されない怒りは余計に反抗的態度や行動として現れるであろう。また、低い認知機能は、周囲の状況をうまく把握でいないがゆえに養育者の怒りを招いたり、言動を曲解するがゆえに自らの怒りを増加させる方向に働こう。これらの結果、子どもはさらに不適切な養育を受けることになり、さらに反抗的となる。また、親が暴言を浴びせたり、暴力を振るうことが多ければ、それに同一化した子どもは、より攻撃的・暴力的となる。このように、固体の要因と養育の問題は互いに刺激しあい、親子は怒りと反抗の悪循環に陥る。こうした状態がODDと呼ばれる状態であり、反社会的行動を取る準備段階であると考えられる。また、この段階で超自我形成が乏しければ、反社会的行動を開始し、行為障害を呈することもあり得よう。  現在のDSM-Ⅳ(American Psychiatric Association, 1994)では、CDは10歳以前に発症する小児期発症型とそれ以降に発症する青年期発症型に分けられる。DSM-Ⅳの解説では、「小児期発症型の行為障害は、通常男性にみられ、身体的攻撃性が伴い、仲間関係が破綻している。より早期にODDと診断されるかもしれない。成人後も問題が持続しやすく、後に反社会性人格障害に発展するリスクが高い。青年期発症型は比較的攻撃性が少なく、正常な仲間関係(ただしこの仲間とともに反社会的行動をとる)を保ちやすい。小児期発症型に比べて反社会性人格障害に発展することは少ない」とされる。  ちなみにLoeberら(2000)によれば、7歳児のCDの羅患率は5.6%、13歳児のCDのそれは8.3%であり、軽快するものを考慮すれば、小児期発症型と青年期発症型のCDはほぼ同数と考えられる。 行為障害の発現過程

杉山登志郎先生のPPT

 あいち小児保健医療総合センターのホームページに杉山登志郎先生が講演会で使用したpptがpdfでアップロードされています。  う~ん、勉強になる~!  平成17年 9月11日(日)の講演会だったようです。当日、行けなくても、講演会の内容が分かるっていいですよね。次の講演会は、是非行きたいという気になってしまいます。 「あいち小児保健医療総合センター」 http://www.achmc.pref.aichi.jp/ 「センターのご案内」→「小児医療懇話会の記録」(15回(杉山登志郎先生、渡邊芳夫先生))→「第15回 あいち小児センター「小児医療懇話会」記録」

通常学級に見られる書字困難児の特徴

 先日、「通常学級に見られる書字困難児の特徴」の講演会に行ってきた。  まず、「親の支援についての方向性」について、話があった。一番の基礎は『家族支援』である。『ペアレント・トレーニング』の大切さについてであった。  これはとても大切なことであると思う。『光とともに』(角川書店)という漫画を思い出す。今のところ10巻まで出ている。理解のある親で、現実をしっかりと受け止め、悪戦苦闘していく親子の様子が描かれている。  しかし、世の中には理解のない親も多く、その啓蒙が大切だと感じる。乳幼児健診でしっかりと親に伝えるという早期発見、早期対応の必要性を感じた。  また、『読んで学べる ADHDのペアレントトレーニング -むずかしい子にやさしい子育て-』(明石書店)という本を思い出した。  次の「通常学級に見られる書字困難児の特徴」はDyslexia(ディスレクシア)の調査報告であった。小学校の先生方は経験的に、発表で示されたぐらいの割合で出現するだろうと言っていた。それがデータとして明確になったという感じの内容だった。  実際に、そのような子を、どう指導したらいいか知りたいものだ。

生物学的要因と心理社会的要因(3)<備忘録9>

 Cloningerら(1982)は、養子研究において犯罪を犯していない親から生まれ、社会経済的に安定した親に養子に出された子どもが思春期に犯罪を犯す危険性は3%であるのに対し、犯罪を犯した親から生まれ、社会経済的に不安定な親に養子に出された子どもが思春期に犯罪を犯す危険性は40%にも上ることを示した。  Maziadeら(1990)は、7歳児の養育困難な気質(新しい刺激からの引きこもり、低い適応性、気性の激しさ、不機嫌)の子どもを思春期(12歳と16歳)まで前方視野的に追跡した。この結果、こうした子どもは、親が子どもの行動を適切に制御できない家庭においては、精神疾患、特に反抗性障害を発症したという。  Dodgeら(2003)は、乳児期の攻撃的気質と後年の仲間からの拒絶との関係を調べた。彼らによれば、乳児期の攻撃性が中央値以下の子どもは後年仲間からの拒絶にあっても反社会的行動を起こさないのに対し、中央値以上の子どもは高率に反社会的行動を起こしたという。  神庭ら(2002)によれば、気質の分散においては、遺伝の効果が33~65%、共有環境(双生児双方に共通している環境)の効果は0~11%、非共有環境のそれは44~55%であり、遺伝と環境は相互に影響し合って個々の精神病理を発現させるという。

生物学的要因と心理社会的要因(2)<備忘録8>

 下の表は、CDのリスクファクターである(American Academy of Child and Adolescent Psychiatry, 1997: Dodge, 2003: Spitz, 1998)。   行為障害児のリスクファクター A.生物学的に規定されると考えられる因子  ・遺伝  ・胎内での毒物(麻薬、アルコール、煙草、鉛など)への曝露  ・周産期障害  ・男性  ・多動・衝動性・不注意  ・認知機能の障害  ・低い言語機能 B.心理社会的因子  ・コミュニティの特徴(暴力への親和性、貧困、失業)  ・メディアによる暴力への過剰な曝露  ・貧困な親機能(拒絶、一貫性の無さ、厳しすぎる)  ・虐待  ・不適切な行動の教育  ・家庭の貧困  ・夫婦間の葛藤(含 DV)  ・離婚(片親)  ・家庭内の物質乱用や精神障害の存在  ・家族の犯罪  ・友人関係の障害 C.両者が関与すると考えられる因子  ・気質  ・低年齢での不適切な攻撃性  ・中枢神経系のセロトニン活性の低下 これらのリスクファクターは、生物学的要因と心理社会的要因、そしてその両者が関与している要因に分けることができよう。  このうち心理社会的要因は、かつて反社会的行動を生じる主要な原因と考えられてきた。子どもの反抗的行動の発現要因に関する研究(Gard, 1986: Patterson, 1989)は、過度に制限や要求の多い療育、不十分な親のしつけや監督、制限と自立を巡る適切に解決されない親子間の葛藤などを子どもの反抗の促進要因としてあげている。いわば、「氏よりも育ち」を原因として重視するのが、これまでの心理学的立場であった。  しかし、後方視野的研究は、統計学的な相関を示すことによって、養育と反抗的行動の関係を説明したに過ぎないし、よくデザインされた前方視野的研究であってもすべての生物学的・心理社会的要因をコントロールしているわけではない。  したがって、養育と反社会的行動の因果関係は科学的に証明されたわけではない(井口ら, 2002)。これに対して近年、生物学的要因と心理社会的要因の相互作用を破壊的行動障害の原因として重視する考えが協調されている。

生物学的要因と心理社会的要因(1)<備忘録7>

 無論、行動・発達障害がCDの単一の原因であるわけではない。これは、発達障害全体から観れば、CDを呈さない子どもの方が大多数であることからも明らかである。それではなぜ一部の行動・発達障害児が行為障害に至るのであろうか。  ここで注目すべきは心理社会的要因である。先述の調査(Harada, 2002)では、行為障害児36名中24名(67%)に何らかの心理社会的問題を認めた。この中で、実父母が離婚しているもの26名(72%)、虐待を受けていたもの18名(50%)、母親に統合失調症、精神遅滞などの精神障害を持つもの7名(19%)などが主なものであった。  図は、これらの心理社会的問題と行動・発達障害との関係を表したものである。丸は、何らかの重篤な心理社会的問題を持つ子どもを示している。1つの問題が有意に特定の行動・発達障害に偏って認められることはなかったが、行動発達障害を持つ児の多くが同時に心理社会的問題も抱えていることが理解できる。   行為障害児における行動・発達障害と心理社会的問題の関係 

行為障害に多いADHD(3)<備忘録6>

 第3型は、広汎性発達障害の併存である。  このタイプは数こそ36名中4名(11%)と少なめであったが、問題行動が広汎性発達障害症状の延長線上にあることが特徴的であった。  すなわち、ある例は、特定のものに対する独特のこだわりがあり、強盗、窃盗を繰り返していたし、別の例は、対人関係上のトラブルから、しばしば興奮して暴力を振るっていた。  杉山ら(2000)は、アスペルガー症候群と暴力行為の関連を報告している。彼らによれば、アスペルガー症候群の中のごく一部の子どもは、ファンタジーと現実の切り替えが困難であること、対人的過敏性やいじめ体験から暴力行為に至るとしている。  十一(2004)は、広汎性発達障害に観られる症候を医療的観点から分類するとともに、基本契機に基づいて触法行為をa. 従来型、b. 性衝動型、c. 理科実験型、d. 高次対人過負荷型に分類している。  このタイプは、数が少ないためこれまであまり注目されてこなかったが、その行動を予測しがたいこと、罪悪感が欠落し内省が難しいことから、適切な診断がなされていない場合、周囲から誤解されやすいことなどから看過できない一群であると考えられた。

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行為障害に多いADHD(2)<備忘録5>

 第2型は、言語性知能の低いものである。調査の結果では、IQ 70未満の精神遅滞(MR)と診断された症例は10名(27%)、IQ 70以上だが、言語性IQが動作性IQに比べて有意に低いものは8名(22%)であった。  古くから、反社会的行動を起こすものの中に、精神遅滞者が含まれることは注目されてきた。Zagarら(1989)は、約2000人の非行少年を対象に発達障害と破壊的行動障害を調査し、IQ 70以下は15%、70~79は26%に認められると報告した。  ちなみに、注意欠陥障害の子どもは55%に認めれられたという。また、精神遅滞や注意欠陥障害の子どもはそれらを併存しない子どもに比べ、読み、書き、算数の到達度が低いことも見出されている。  言語能力は、自己制御や感情調整に重要な役割を果たすと考えられている。すなわち、自分の思考や感情にラベルし分類すること、行動戦略を選ぶために他者とコミュニケートすること、論理的に物事を考えることなどは言語能力が大きく影響する。言語能力に制限のある子どもは、柔軟に、率直に、適応的な方法で他者と接することが難しい。  例えば、「むかついたから火をつけた」というように自分の感情や意志を的確に表現できないために、短絡的な行動に走ったり、「金を貸さないあいつが悪い」などと利己的な論理の元に反社会的行動を展開すると考えられる(Greene, 1999)。

行為障害に多いADHD(1)<備忘録4>

 なぜ行為障害児は、ADHDが多いのであろうか。  まず、ADHD児は、診断基準項目にもなっているように衝動統制が悪いことがあげられる。これは、感情面でいえば些細なきっかけから怒りの制御がきかなくなることにつながる。  また、ADHD児は多かれ少なかれ、社会的な認知障害を併せ持っている。すなわち、対人関係で相手の曖昧な表現や表情を誤って認知し、「自分ばかりがないがしろにされている」と被害的に解釈する可能性がある。  さらにBarleyはADHDの基本障害として実行機能の障害を想定している(Barley, 1992)が、ADHD児は未来を予測して計画を立てることが難しかったり、過去の行動を振り返り今後の行動を修正することが難しいといわれている。  このため新しい問題解決能力が低く、また、一旦身についた反社会的行動もなかなか変えられないと考える(Spitz, 1998)。

児童自立支援施設に赴任して「納豆」

 児童自立支援施設では、子どもたちは寮に入っている。その寮の朝食に、週に1回くらいのペースで納豆が出ていた。  しかし!!!!!メニュー表に「納豆」と書いてあるにもかかわらず「納豆」が出なかった。(かわりに「カツオフレーク」が出た。マグロは高いから???)  これは、どうやらテレビの健康番組で「納豆」を食べるだけで痩せられると放映されたことにより、納豆が品薄になったことが原因らしい。どこのスーパーに行っても納豆が売り切れ状態だとか。  大豆イソフラボンがいいということは前から言われていたが、納豆を食べるだけで痩せられるとは本当だろうか!?テレビでは、何人かで実験をしたが、その中の1人ぐらいの痩せた人の結果しか報告されていないようだ。そして、他の人も同様に減っているとしたようだ。  日本中で、今試している人全員の結果報告が欲しいものだ。

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教育再生会議矛盾してない?

 今朝の朝刊に「教育再生会議」の報告案が載っていた。新聞には要点しか載っていないので、的外れの意見かもしれないが、本当に教育の現場のことを知っているのだろうかという内容だ。  皆さんも、いろいろと疑問点は多いだろうと思うが、まず、「公立学校の授業時間を10%増」が目についた。「授業時間を増やすより『選択授業』と『総合』を、何とかした方がいいんじゃないの」というのが率直な意見だ。現在、選択授業と総合にたくさんの時数が裂かれている。これらを教科の授業にすれば、もっと力をつけることができるのでは?  次に、目に付いたのが「民間人の教員登用を今後5年間で2割以上に」一方で「教員免許状更新制を厳格化」というものである。民間人は教員免許状を持っていないと思うんだけど。免許を持っていなくても授業をするの???そうすると、免許更新制と矛盾すると思うんだけど。(免許を持たずに教員採用試験をうけたほうが得???)

行為障害に併存する行動・発達障害<備忘録3>

 児童自立支援施設でCDと診断される子どもの中には、かつて行動・発達障害と診断された子どもが少なくないことに気づき、CDに併存する行動・発達障害について調査を行った。(Harada et al., 2002)  その結果、対象児50名中、CDと診断された者は男児29名、女児7名、計36名(72%)であり、CDに併存する行動・発達障害は以下の3タイプに分けて考えることが臨床上有用であると思われた。  第1のタイプはADHD、とくにODDの特徴を持つADHDが基底に存在するものである。調査ではADHDと診断された症例22名(61%)、ODDの診断基準を満たすもの22名(61%)、両者を並存するものは17名(47%)であった。  複数のコミュニティサンプルを用いた疫学研究(Faraone, 1991; Pelham, 1992; Spitzer, 1990)によれば、ADHDの30~45%は、ODDと診断されるし、18~23%は、CDを呈すると言われている。  逆にODDの61~67%はADHDであり、CDのなかで、ADHDと診断されるものは55%とも85%とも言われている。

反抗挑戦性障害<備忘録2>

 次の表は、DSM-Ⅳにおける反抗挑戦性障害(Oppositional defiant disorder:ODD)の診断基準である。  【DSM-Ⅳによる反抗挑戦性障害の診断基準】  A.少なくとも6ヵ月持続する拒絶的、反抗的、挑戦的な行動様式で、以下のうち4つまたはそれ以上が存在する。  (1)しばしばかんしゃくを起こす  (2)しばしば大人と口論をする  (3)しばしば大人の要求、または規則に従うことを積極的に反抗または拒否する。  (4)しばしば故意に他人をいらだたせる  (5)しばしば自分の失敗、不作法は振る舞いを他人のせいにする  (6)しばしば神経過敏、または他人からイライラさせられやすい  (7)しばしば怒り、腹を立てる  (8)しばしば意地悪で執念深い    注:その問題行動がその対象年齢及び発達水準の人に通常認められるよりも頻繁に起こる場合にのみ、基準が満たされたとみなすこと。  B.その行為の障害は、社会的、学業的、または職業的機能において、臨床的に著しい障害を引き起こしている。  C.その行為の障害は精神病性または気分障害の経過中にのみ起こるのではない。  D.行為障害の基準を満たさず、また患者が18歳以上の場合であれば、反社会的人格障害の基準も満たさない。  ここにあげられているのは、「拒絶的、敵対的、挑戦的な行動様式」であり、「こうした行動が同年代あるいは同程度の発達を示す子どもと比較して頻繁に生じるとき」のみ診断されると規定している。  文献を見ると欧米で問題にされているODDは、いわゆる反抗期と呼ばれる思春期の子どもの反抗ではなく、小学校就学前後の子どもに観られる年齢不相応の著しい反抗を指すことが多いようである。

反抗挑戦性障害と行為障害<備忘録1>

 手元に、原田謙先生(信州大学医学部)の「反抗挑戦性障害と行為障害」という演題の講演内容(2004年11月3日 名古屋国際会議場にて開催された第45回日本児童青年精神医学会総会教育講演)のコピーがある。blogに載せていいものか分からないが、自分の覚えのために、要約を載せることにします。  次の表はDSM-Ⅳにおける行為障害(Conduct disorder:CD)の診断基準(American Psychiatric Association, 1994)である。  【DSM-Ⅳによる行為障害の診断基準】  A.他者の基本的人権または年齢相応の主要な社会的規範を侵害することが反復し持続する行動様式で、以下の基準、少なくとも3項目が過去12ヵ月の間に存在する。  人や物に対する攻撃性  (1)しばしば他人をいじめ、脅迫し、威嚇する  (2)しばしば取っ組み合いの喧嘩をはじめる  (3)他人に対して重大な身体的危害を加えるような武器を使用したことがある  (4)人に対して身体的に残酷だったことがある  (5)動物に対して身体的に残酷だったことがある  (6)被害者と面と向かって行う盗みをしたことがある  (7)性行為を強いたことがある  所有物の破壊  (8)故意に放火したことがある  (9)故意に他人の所有物を破壊したことがある  嘘・窃盗  (10)他人の住居、建造物または車に侵入したことがある  (11)ものや好意を得たり義務を逃れるためにしばしば嘘をつく  (12)被害者と面と向かうことのない盗みをしたことがある  重大な規則違反  (13)13歳未満で始まり、親の禁止にもかかわらずしばしば夜遅く外出する  (14)少なくとも2回以上の無断外泊・家出  (15)13歳未満で始まり、しばしば学校を怠ける  B.その行為の障害は、社会的、学業的、または職業的機能において、臨床的に著しい障害を引き起こしている。  C.患者が18歳以上の場合であれば、反社会的人格障害の基準も満たさない。  CDの定義は「他人の基本的人権または、社会的規範・規則を侵害することが反復して持続する行動様式」とされる。診断基準は”人や動物に対する攻撃性””所有物の破壊””うそをつくことや窃盗””重大な規則違反”の4つのカテゴリーに分けられ、その下位項目として15の行動が挙げられている。これらの行動が1年間に3項目以上認められるとCDと診断される規定になっている。  DSMにおけるCD概念の導入は、原因や対応を探求するために、あるいは、複数の研究を比較するために、一般的には非行と呼ばれる反社会的行動の基準を明確にする目的があったと推測される。簡単に言うと、非行の医学的名称がCDなのであって、そういう精神疾患があるわけではない。

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ガツンと一発

 「ガツンと一発シリーズ齋藤孝(PHP研究所)全12巻  1冊1,000円程度の本です。全国すべての小中学校の学級文庫に入れて欲しい本だ。この本から小中学生が学ぶことが多い。日本中のすべての小中学生に読ませたい。  現代の学校での問題解決のヒントに!道徳や学活の授業にも使えます。

自由?平等?

 戦後、日本は自由と平等をアメリカから輸入した。自由と平等という考えは大変素晴らしいと思う。歴史で考えると市民革命の時代に発達していると思う。しかし、そフランス革命やアメリカ独立戦争から、長年経つにつれて、間違えて伝えられているように思う。  日本でも昔は上下関係があったが、平等であったと思う。子供達は「将来○○になりたい」と頑張って、○○という職に就こうとした。  この点でインドのカースト制は平等とはいえないだろう。生まれながらに職や階級が決まっているのだから。しかし、日本は努力すればどんな職に就くことができるという機会が平等に与えられている。(これが本当の平等だろう。)  昔は自分のレベルを高めることに重きを置いていた。しかし、今はどうだろう。相手のレベルを下げることで、自分と同じレベルにしようとはしていないか。そしてそれが平等だとは思ってはいないだろうか。(形式的な平等)  今の日本には間違えた平等意識があり、本当の意味での平等(実質的な平等)が忘れ去られているのではないか?(生徒が教師が対等と考え、指導が入らないというのは典型的な例だろう。)  いい例の1つが衆議院の議員宿舎である。昔の人は「議員の皆さんは、日本のために働いてくれている。だから、仕事がしやすいように、安く東京に滞在できるのは当然。」と考えていたのだと思う。しかし、現代では「議員ばかり優遇されていてずるい」という風潮である。そのためマスコミにたたかれていて、入居する人がいないという。大金を使ってもったいない話だ。  ここで思い出すのが、何年か前、北朝鮮の拉致被害者の子どもたちが帰国した時のことである。総理大臣と合間見えて出されたジュース。親に「総理大臣と同じジュースを飲んでもいいのか?」と訪ねた。北朝鮮は社会主義国だから、皆「平等」となっていたはずだ。しかし、それでも目上の者を敬うということはきちんとしているようだ。

児童自立支援施設に赴任して「算数」

 中学校に入学してくる生徒に、数学(算数)の苦手な生徒が増えたような気がする。児童自立支援施設はもとより、一般の学校でもそうだ。かけ算九九が分からずに中学校に入学してくる子もいる。  しかし、小学校の学習指導要領を見て驚いた。小学校では、算数を年間、150時間やっているはずである。週に4~5時間と言うことになる。 「小学校学習指導要領」 http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301b.htm  かけ算九九が分からない生徒は、小学校2年生から四年間(小2を含めると5年間)も算数が分からずに授業に出ていたことになる。毎日、授業が分からず、退屈で苦痛だったに違いない。  聞くところによると、小学校の算数は1時間の授業の中で、1問しか解かないという指導をしている学校もあるらしい。求め方を考える授業らしいが、すぐできてしまった子は時間をもてあましていると聞く。できない子は分からないのでやることがなく、遊んでいると聞く。そして、計算練習は宿題にするとか・・・。それも、自主性とか主体性とかという名のもとにやらずに通してしまう児童もいるらしい。  これでは分からない子はどんどん分からなくなってしまう。できる子はできる、できない子はできないままの2極化である。  安倍内閣は教育再生のために「教育基本法」を改正し、教育問題を改善しようとしている。しかし、教育基本法というより「学習指導要領」の内容とその解釈の問題ではないかと思える。

シンジラレナ~イ!「女子高生を扱ったバラエティ」

 テレビで女子高校生に、学校で学習する常識問題を出して、変な解答を笑って喜んでいる番組を見たことがある。  答えられないのは特殊な例だろう。でも、そういう女子高校生ばかりを編集で集めて放送し、視聴者を笑わせる。あたかも女子高校生はそれが普通かのように。  女子高校生はそれでいいのだと、一般の人は誤解する。勉強ができなくても(勉強をやらなくても)高校に入れるのだと誤解する生徒もいる。 

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シンジラレナ~イ!「ひざ掛け」

 最近は、テレビを見ていてもスカートを短くしている女子生徒が目立つ。日本中の学校の多くは、短いスカートを許可しているのだろうか?(痴漢防止のためにも、スカートは膝がいいと思うが・・・。)  スカートを短くしたがる生徒に限って、足が寒いと、教室にひざ掛けを持ち込もうとする。(寒い地域はひざ掛けが、許可されているのかもしれないが。)  それなら、スカートを短くするなよ、と言いいたくなる、というか言ってしまう。  スカートは短くしたがるのに、ズボンを下げて、はきたがる生徒がいるのは、なぜだろう?(男女共だよ。)下着を見せるなよ!!!  わがままの表れの一つだろうか?自己アピール?

シンジラレナ~イ!「自分の呼び方」

 最近、自分のことを名前で呼ぶ子が増えた気がする。  例えば、山田花子という子がいたとする。すると「花子、昨日○○へ行ってきたんだよ。」とか「これ、花子の本だよ。」とか言ったりする。中学生でもそういう子がいるのだ。  なぜ「私」と言わないのだろう?最近の子は幼児化しているのであろうか?

シンジラレナ~イ!「他人のものを勝手に使う子」

 他人のものを断りもなく、勝手に使う子が増えた気がする。  例えば、他人のかばんの中に入っているグローブを勝手に持ち出し、昼休みに遊ぶ子。他人の机の中から、教科書を持って行って使ってしまう子。(「借りたよ」と事後承諾をする子もいる。勝手に使ったものをその辺に放置しておく子もいる。)  人のものを勝手に使っておいて罪悪感がまるでない。  雨の日の下校、他人の傘を勝手に持って行く子。傘の持ち主がぬれようが、お構いなしだ。傘の場合、ほとんどが出てこない。(家の人が見たら、傘が増えているんだから気がつきそうなものだが。)  かつて、こんなことがあった。目撃者により傘を勝手に持っていった子が分かった。親曰く「返せばいいんでしょ!」と逆切れ。

シンジラレナ~イ!「うそをつき通す子」

 最近の子どもの中には、うそをつき通す子が増えた。  例えばA君が何か悪いことをやったとする。目撃者も複数いる。でもA君は「知らない。」「やっていない。」と主張し通す。  自分のやったことを認めると、弁償(賠償?)しなければいけないからか???  最近は、まわりも、見て見ぬふりをしていて、目撃していてもそれを教師に伝えたがらない子も増えたが・・・。(お礼まわりを避け、自分を守るためか???)  ちょっと前までは、「悪いことは許さぬ」という雰囲気があり、目撃者は自主的に出てきたし、加害者もすぐにその罪を認めたものだが。 

シンジラレナ~イ!「謝れない子」

 平成18年12月26日の新聞に次のような記事が出ていた。  長崎市福田本町福田崎の岸壁で、ロッククライミングのまね事をしていた男子中学生5人が戻れなくなり、うち一人の男子生徒が25日午後5時45分ごろ、携帯電話で110番した。約1時間後に長崎県警などのレスキュー隊が5人を救出、目立ったけがはなかった。  稲佐署の調べでは、5人は長崎市立の2年生2人と、1年生3人。山道から海岸へ抜ける岸壁で、登山道具などを持たずに素手で下る遊びを始めたが、約30メートル下の船着き場に着いたところで登れなくなり、救助を待っていた。  少年らは近所に住む幼なじみ。同署によると、救助された際にも反省の様子はなかったという。  この記事に象徴されるように、最近の子供は素直に謝れない子が増えたと思う。悪いことをしても謝れない。  このようなことは「他人を見下す若者たち」(講談社新書)にも書かれている。著者は愛知県の大学にお勤めのようで、愛知県の先生方にアンケート調査を実施しているようである。でも、私の住んでいる県でもあてはまる話ばかりなので、これは全国的なことなのではないでしょうか? (以下引用)  謝らない子ども、親  先生たちの話によると、最近の子どもたちは先生から叱られても素直に謝ろうとしないという。  これは人間誰もが平等であるという考えが過剰に浸透したためかもしれない。その場その場での役割や地位というものが機能せず、あらゆる場面で誰もが同じ地平に並んでいると考えているのかもしれない。しかし、教育という場面で教育者と被教育者の間には一線が引かれなければ教育は成立しがたいだろう。

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宇宙皇子

 あけましておめでとうございます。  去年1年を振り返ってみると、いろいろな社会問題がありました。  だいぶ前に読んだ小説なのですが、「宇宙皇子」(角川書店)という本があります。(「宇宙皇子」の漢字は「うつのみこ」と読むと思いました。)  その中の「大宇宙が病めば、小宇宙が病む。小宇宙が病めば、大宇宙が病む。」という一節を思い出します。  「大人社会が病めば、子ども社会が病む。子ども社会が病めば、大人社会が病む。どちらが先か分からないが・・・。」と読み変えることができます。  小手先だけの改革だけでは、改めることができないような気がします。社会で起きる事柄は、全てが繋がっているのではないでしょうか。
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