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北海道

 ちょっと前のことだが、テレビのクイズ番組で「『パピプペポ』の文字を含む外国を書きなさい」という出題があった。  解答者(芸能人)の一人が「北海道」と書いていた。「北海道」は外国ではない。「北海道」は「パピプペポ」の文字含まない。  教育現場から暗記することを悪のように考え、県名や国名を覚えることをさせなくなったツケではないだろうか。
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オーラの泉

 5月19日の「オーラの泉」という番組で、ゲストが「ノストラダムスの大予言で、将来、自分は死んでしまうと思った。だから、大きくなってからのことはあまり考えずに生活してきた。」というような自暴自棄の発言をしたらしい。(その番組は見ていないので細かいことは分かりません。)  そのようなことは,、現在の多くの小中学生にもいえることではないだろうか?将来の不透明さで「頑張っても報われない社会」を考え、目標もなく生活している子供たち・・・。  終戦後の高度成長期には、子どもたちは、頑張って将来は、大臣になるとか、社長になるとか夢や希望があったものだ。  ちょっと悲しくなってきた。

ニンジン作戦

 2007年5月2日の新聞記事より引用。 <色:#0000ff> 教育再生会議も中央教育審議会(中教審)も教師間の「競争」を求める。優秀な教員を表彰したり、人事考課で高評価の教員に昇給で待遇する”ニンジン作戦”が提言された。「ぬるま湯」と批判されがちな教員にも評価と昇給は必要だろう。だが、そのものさしにはズレがあるようだ。  ことし2月、「優秀教員」の文部科学大臣表彰があった。運動、音楽、美術などの部活を上位入賞に導いた人、独創的な「研究プロジェクト」の責任者など「特色ある教育」で成果を挙げた教員たちだ。  だが、受賞者の一人である東京都内の公立小教員は戸惑い顔。「実践には自信はあるが『ニンジンをぶら下げたら教員は走る』という発想は間違い。教育は一人で達成するものではない。私はたまたま責任者だっただけで、みんな頑張っている。間違ったものをもらってしまった苦しさがある」  別の受賞者も「小学校は特に教員同士が気軽に助け合える雰囲気が必要。団体賞のように皆が一丸となれるものを」と求める。  推薦者側の一人である都内の教育長は「研究開発校でプロジェクトに取り組み、実績を上げて表彰されれば教員の自信にもなる」と狙いを語るが、子どもたちが最も多く接する日ごろの授業など、教員の地道な努力は見えにくい。  ある公立中の副校長は「ある教員はいつ見ても綿密な授業計画に基づいて分かりやすい授業をしている。学活後は子どもと話し、職員室にもよく生徒が来る。本当に素晴らしい教員とはこんな人だが、本人は表彰に関心がない」と苦笑いする。  別の教員は「国の研究開発校に指定され、研究主任を務めた先生が、すばらしい人で尊敬していたが、指定を受けてからは会議や資料づくりに忙殺され、足元の子どもがまるで見えてなかった。基本が手薄になるような『実績』づくりは本末転倒」と言う。  東京都は2000年度から人事考課で昇給に差をつけている。こちらは日ごろの努力が評価の対象になるが、評価の難しさは管理職も認める。  都内の公立中副校長は「生徒の不登校率を下げるなど以外に、教育は数値化できない部分がある。評価基準に当てはまらない事例が多いのに、評定せねばならない。結果によっては年収に10万単位の差が出る。苦しい」と吐露する。  ベネッセの調査でも、全国の公立小中学校長の93.6%が「教育の成果は数値に表しにくい」、86.5%が「教員実績の公平な評価は難しい」と回答している。  教師はどう評価されたいのか。都公立小PTA協議会の「私たちの先生」表彰は、直接指導を受けた児童・保護者10人以上の推薦が必要で「会えて良かった」と思えることが最大の選考基準。教員の受けもいい。  「輝かしい研究実績よりも、日々の教育に地道に熱心に取り組み先生を応援したい。贈るのは感謝状」と新谷珠恵会長は話す。 給与や人事で優遇  教育再生会議は、競争原理導入の考えから、頑張っている教師には「徹底的に支援し、メリハリのある給与体系で差をつけ、昇給面でも優遇する。文科省や教委は優秀教員を表彰し、希望に応じて研修機会を与えるなどやる気をさらに高める」と優遇策の徹底を求めている。昨年度は全国46教委が優秀教員表彰を実施。文科省も昨年度初めて765人の「優秀教員」を大臣表彰した。  表評された人がいる職場のある人が言っていた。「あの人は研究の代表で表彰されたけど、みんなも頑張っていた。あの表彰の何%かは自分の努力である」  和田中の藤原先生も言っている。「教員は、必ずしも『昇進』や「昇給』では動かない。それどころか、いい教員は最後まで生徒ともにありたいと願い、主幹、教頭(副校長)、校長に昇進しようとは考えない。したがって、昇進、昇給、賞与をニンジンにして、働く部下を従えてきた会社出身の民間人は、大いに戸惑うことになる。『お前、これが欲しいんだろう』と言っても『いえ、それほど欲しくはありません』と返されてしまうからだ。」

スパイダーマン

 「スパイダーマン3」が大ヒット上映中である。  「スパイダーマン」の1作目をちょっと思い出した。主人公がスパイダーマンになる前は、いじめられっ子だった。とすると、いじめはどこの国でもあるのではないか?集団があるからには、「いじめ0」とはなりえないのかもしれない。大人社会でもいじめはある。  そうすると、「いじめ0」というスローガンはお題目にしかならないのではないだろうか。(別にいじめを肯定しているわけではありません。)  とすると、それに対応する力を育てる必要があるのではないだろうか。(当然、いじめはいけないと指導する必要もある。)  ここで、和田中学校の対応を思い出す。 (以下、藤原和博氏の著書より引用)  イジメ対策-特効薬はない、チームで地道に潰していくのみ  人が集まって組織や社会を形成すれば、必ず、嫌がらせやイジメは発生する。異質な集団のなかで個人の居場所を確保しようとする時や、同質集団の中に起こる不安を誤魔化そうとするときの人間のクセでもあるから、容易にはなくならない。  だから、「イジメのない学校がいい学校」という保護者の評価は間違っている。イジメは不断に発生するから、対処が適切な学校がいい学校なのである。  「イジメ」を一般的に論じることも不毛だ。私は、まず「レベル1」「レベル2」「レベル3」と話を分けるべきだと考える。「レベル1」は最も軽いケースで、よく1年生が入学したばかりの時に起こる。猿山のサルと一緒で、精神的、肉体的な勢力争いの一種である。これは、放っておいても子ども同士の自浄作用が働いて、そのなかからリーダーが生まれることもまる。  いっぽう「レベル3」は暴力や金銭が絡むケースで警察の介入が欠かせない。一昔前までは警察の介入は学校の恥、あるいは教員のプライドが許さないなどと言われたこともあるが、もう、そんな単純な時代ではなくなった。平仮名の「いじめ」と書くには手ぬるいケースでは、はっきりと「傷害」や「恐喝」として対処すべきだろう。  一番対処が難しいのが「レベル2」。タイミングの良い大人の介入が欠かせない。関わった生徒を個別に呼び、1人に1人の教員を振り分けて個室で事情を聞く。その後教員間で事実を共有し、個別指導に入る。保護者を呼ぶケースも。さらに、学校カウンセラーとの協力だけでは手に負えなければ、児童相談所や精神科の医師との連携も欠かせない。

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アーレンシンドローム

 昨夜のテレビ「ザ!世界仰天ニース」は「脳の不思議スペシャル」だった。 (以下、日本テレビのホームページより)  ジェマ・ウイリアム(現在18歳)は、とても珍しいある特殊な障害を抱えていた。ジェマが初めて自分の異変に気付いたのは、小学校に入学した5歳の時だった。クラスメイトがスラスラ読む教科書を、ジェマだけが全く理解出来なかった。  ジェマは母親に相談、医師の元へ連れて行ってもらうも原因は分からなかった。教科書が読めないのは、クラスでジェマだけだった。勉強ができないのではなく、文字だけが読めない・・・。それは誰にも理解されなかった。そんなある日の授業中、ジェマは教科書を床に落としてしまった。床に落ち、逆さまになった教科書を眺めたジェマは、今までぼやけて見えた文字が突然はっきりと見えるようになっていた。その後、文字が認識できるようになったジェマは懸命に勉強に励んだ。それまで全く理解できなかった単語も本を逆さまにして読むことで少しずつ理解していったのだ。その努力が報われ、2005年、ジェマは有名大学に進学した。  2007年1月、番組スタッフがジェマの通う大学を訪ねると、ジェマさんのパソコンの画面とキーボードは逆さま。ジェマさんの不思議な症状は治っていなかった。しかし、参考書を読もうとした時オレンジ色のフィルターを取り出し、参考書の上にのせた。すると参考書を逆さまにしないまま読み始めたのだ。実は2年前、心理学のベル教授を訪ね幼い頃から不思議な症状に悩まされている事を伝え、検査を受けると「アーレンシンドローム」という聞きなれない病名であることがわかった。アーレンシンドロームとは、目で見た情報が正しく伝達することが困難な病気であり、主に読み書きに影響を与える視知覚障害である。しかしジェマのように文字を逆さまにすれば認識できるという症状は大変珍しいものだった。そして驚く事にベル教授が取り出したオレンジ色のフィルターを使って文字を見ると、ジェマさんは文字を上下逆さまにしなくても正確に認識出来たのだ。さらにオレンジ色の紙を使えば逆さまにしか書けなかった文字も普通に書けることができたのだった。ベル教授によると、ジェマのようなアーレンシンドロームの患者はある特定の光が神経回路に与える刺激によって脳が判断を誤ってしまうので、色のついたフィルターを使い目に入ってくる光の一部を遮断することで脳が正しい判断ができるようになるとのことだった。さらにオレンジの紙を使えば読み書きに支障はない。ジェマはいう「最初は変な感じだったけど、これで普通に本が読めると思うと嬉しかったわ」と。 「日本テレビ」  http://www.ntv.co.jp/gyoten/oa/070523/01.html  番組の最初を見ていた時、この事例は、「ディスレクシア」だと思ったが、「アーレンシンドローム」という診断名が下りているようである。アーレンシンドロームというのはディスレクシアに含まれると考えていいのだろうか?

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事例研究

 ちょっと前、自主勉強会に参加した。その時の事例研究。  級友からはいじめられっ子(いじめられやすいと書いた方がいい?)、しかし、教師に対しては、気で暴言を吐く。どの教師にも態度は大きいようである。  これって、どんな現象?  いじめられっ子というのは、普通、世間一般では弱い立場と思われているでしょう。でも、この事例から判断すると、友達に対しては弱い存在でも教師に対しては強いということになるんです。  最近、教師の資質云々と言う人もいるようだが、それより、現在の社会のシステムの歪みだと思うんだけど・・・。

電子メディアを使ったコミュニケーション

 だいぶ前のことになるが、大学院へ勉強に行っていた先生の報告があった。「Mediated Communicationにおける心理的距離」についてである。  Mediated Communication(特に、電子メール、テレビ会議、チャット)において、相手がどの程度離れた距離にいて、会話をしていると感じるのかという心理的距離の調査報告である。(お互いに会ったことのない子どもたちのメディアを通しての会話の様子である。)  どのメディアを用いても、2回目以降は、心理的距離が近くなる。1回目は丁寧な内容だったのに対し、2回、3回と回数を重ねていくごとに、何年も知っている親しい友達のような内容に変化していく。電子掲示板でも見られるような、1語のみの返信も出てくる。(会ったこともない人なのに、もう何年も会っているかのような近親感が出てくるのである。)  対面の大切さを十分理解した上で、Mediated Communicationをさせていく必要がある、と締めくくっている。  アマチュア無線の世界でも「オフの会」がある。実際に対面して話す機会がないと、不都合な面が出てくるからだろう。  自分でも思う。本を読んでいる時、その著者は雲の上の存在だった。しかし、その著者が書いているblogを読んでいると、その人をずっと知っているかのような近親感を覚える。

戦後の日本

 日本の成長は都市化と工業化で達成された。これにより、驚くべき速さで戦後復旧を果たした。しかし、副作用としていろいろな歪みが出た。  若者は職を求めて田舎を去り、結果として過疎化、高齢化が進み、自然は放置され荒れ始めた。  工業化を重視して、農業、林業を省みなかったツケが美しい日本を蝕み始め、食料すら満足に供給できない国になってしまった。(先進国では「工業国」は、これまた「農業国」なのである。)また、外国からの誤った「自由」「平等」の導入により、日本のよき文化や伝統がなくなった。  こうして、日本の農業、林業、教育、文化がつぶれた。  核家族になり、おじいちゃんおばあちゃんから、いろいろな情報を受け継がれなくなったのもそのひとつだろう。昔は、子育ての仕方は、おじいちゃんとおばあちゃんが、父親と母親に教えた。(だいたい、幼児教育など誰かが教えてくれなければ、知らないだろう。)  教育再生会議は、教師を締め付けることで教育を再生しようとしている。しかし、教育現場で現れている現象だけを何とかしようとしてもダメである。その問題の本質(原因)を何とかしなければならない。  例えば、風邪で熱を出している人にその症状を抑える「薬」だけを与えていていいのだろうか。もし、その患者さんが着る物がなく、寒い思いをしていたらまず、体を温めることをするだろう。  小手先だけ(目に見えている部分だけ)を直そうとしてもだめで、根本を何とかしなければどうしようもないだろう。

子どもの「漢字力」 テレビっ子は「書き」苦手? 小3から差が拡大

 2007年5月8日の朝刊より引用。  テレビを長時間視聴する子どもの割合は小学3年生から大きくなり、それに伴い長時間見る子は漢字を「書く力」が低くなる傾向があることが、日本教育技術学会の全国調査で7日、分かった。  学会事務局長の明石要一・千葉大教授は「生活が広がり始める小学校中学年の時期に学習習慣が定着しないと、漢字の力が伸びなくなるようだ」と指摘している。  調査は全国の小学1年から中学1年までの約38,000人(331クラス)を対象に2004年4、5月に実施。各学年の前年度までに小学校で教わった漢字について読み書きの力と、生活環境との関係などを調べた。  テレビの視聴時間をクラス平均で調べたところ、「1日3時間以上」のクラスは小一4%、小二6%だったが、小三では26%と拡大。「1時間以上3時間未満」のクラスと「書き」の得点(200点満点)を比較すると、小三ではほとんど差がないものの、小四、小五では「3時間以上」が16点低くなった。  全体の成績を見ると、「読み」の正答率は全学年で92%以上だったが、「書き」の正答率は小一~小五にかけて徐々に低下。「読み」の正答率と比べると小一では5ポイント低かったのが、小五では差が27ポイントに拡大した。  中学年では同音の漢字との書き間違いが多く、高学年では日常生活で使用頻度の低い言葉や、抽象的な意味の言葉の漢字で正答率が低かった。  教育再生会議では「親学」について言及している。「親学」については賛否両論あるが、「親の読み聞かせ」は必要だと思う。「読み聞かせ」が読書につながるのではないだろうか。(もちろん、絵本などの買い与え、もしくは図書館で借りることは必要だ。)読み書き計算は基本だと思う。  最近はテレビにお守りをさせる親が増えているように思う。  杉並区和田中の藤原和博校長先生も、著書の中で次のように述べている。  だからこそ、1つだけ家庭にお願いしたいことがある。「テレビ」と「ケータイ」の使用を制限することだ。

出世意欲 最も低く 4カ国調査で日本の高校生

 2007年5月3日の朝刊より引用。  日本の高校生は「責任が重くなる」と出世を嫌い、そこそこの収入でのんびり暮らしたいと思いがち --。日本青少年研究所(東京)が、日、米、中、韓の4カ国で実施した高校生の意識調査でこんな傾向が明らかになった。  同研究所は「現状に満足していることの表れだろうが、将来を考えると悲観的な数字だ」としている。調査は昨年10~12月に4カ国全域の計65校、約5,700人を対象に実施。  「えらくなりたいか」の質問に「強くそう思う」と回答した割合は中国34%、韓国23%、米国22%だったのに対し日本はわずか8%。  日本の高校生で「えらくなること」について「責任が重くなる」と答えたのは79%、「人に頭を下げなければならない」は27%と、たの3国より圧倒的に多かった。逆に「能力が発揮できる」(42%)、「異性にもてる」(7%)などは少なく、出世にマイナスイメージを持つ傾向が見られた。  自分の将来の希望について聞いたところ、「とてもそう思う」と回答した割合は、「自分の会社・店を作りたい」で日本14%に対し中国37%、「金もうけをしたい」では日本37%に対して韓国が75%。「暮らしていける収入があればのんびり暮らしたい」は他の3国が14~22%だったのに対し日本が43%だった。  同研究所の千石保所長は「今の高校生は大事に育てられ、官僚、大企業の不祥事を多く目にして『出世は損』と思っているようだ」と話している。
 昔の子どもたちは、将来は「社長になる」とか「大臣になる」など希望と意欲に満ち溢れていた。なぜ、こうなってしまったのだろう。  ここで思い出すのが東京杉並区の和田中学校の藤原和博氏の著書である。  たいてい考えなくても選択するものが自動的に決定する「チョー便利社会」が実現するにつれ、たいていの大人たちも考えることをやめてしまった。自分でつくらなくても、好みのブランドの完成品を消費していれば物欲は満たされる。  しばらく前まで天才とか見なされていた人物が引き下ろされるショーを見るのが小気味良い。なんとなく自分が嫉妬を抱いていた対象をマスコミが嗅ぎ分け、持ち上げては頂点に立ったかというタイミングでバッシング。自分の手を汚すわけではないから、考えずに楽しめる。政治もそんなショーのひとつになった。白か黒か、敵か味方か、平和か戦争か。コントローラーのボタンを押すように、ショーは続く。「学力かゆとりか」も、そんなショーのひとつだった。  その時、勢力のある人を引き摺り下ろすのは見ていて面白いだろう。しかし、そんなニュースやワイドショーを見ていたら、自分が引き摺り下ろされるのは嫌だろう。「偉くなりたくない」という気持ちは、そんな所から発生したのかもしれない。

高校生のマナー

 今日のニュースでやっていた。昨日、北海道のJRで高校生のマナーが悪いと26人を駅に残したまま、電車が発車したという。ニュースを見ているとJRが悪者のように報道されていた。果たしてそうなのだろうか??  ニュースの中で高校生にインタビューしている。「昨日、マナーの悪い高校生はいたの?」全員が「いない」と答える。  JRは、運転手が「混んでいるので、中に詰めてください。」と放送したが、詰めてくれない。全員が乗れないが、発車時間が来たので発車したという。(その代わりに、タクシーを手配したらしいが・・・。)  それなら、ニュースでのインタビューは「詰めてください、の放送に乗客は詰めたの?」と聞くべきであろう。「マナーが悪い」と「中に詰める」とは別問題だろう。)  ニュースを聞いていると、発言権のない弱いものいじめのように聞こえた。  ニュースは報道内容を鵜呑みにするのではなく、自分でよく吟味する必要がある。

児童自立支援施設に勤めるには

 児童自立支援施設に勤めるにはどうしたらよいのでしょう。以下の3つが考えられると思います。 (1)国立武蔵野学院の附属児童自立支援専門員養成所で学び、児童自立支援専門員になる。そして、県の採用験受ける。 (2)県の「福祉課?」の採用試験を受ける。(何の資格が必要かは、よく知りません。保育士の資格を持っている人もいるようです。) (3)学校の先生になり、教員採用試験を受け、児童自立支援施設の学校に勤める。  本気で児童自立支援施設に勤めたいなら、(1)がよいでしょう。 「国立武蔵野学院」 http://www.musashino.go.jp/

疑似家族の中で育て直し

 2007年5月3日の新聞に小学生の少年院送致についての記事が載っていた。  家庭の崩壊、家庭教育力の低下を考えて、それを指導するシステムなのか、それとも小学生なので家庭の中で育てる必要性を考えたシステムなのかどちらだろう?  それにしても、昔の「教護院」のようなシステムですね。担当教官は24時間、365日面倒を見るのだろうか?それとも交代制??? (以下、引用)  小学生の少年院送致を可能とする改正少年法が今国会で成立する見通しなのを受け、法務省は小学生の受け入れ施設として全国8カ所の少年院を年内にも指定する方針を固めた。  男女2人の担当教官が親代わりになり、疑似的な家庭生活の中で少年の人格形成を図るなど新たな矯正教育プログラムに取り組む。  同省は「少年院送致になる小学生は凶悪事件を起こした少年で、年間で数人程度」と想定している。

自転車

 最近、右側通行の自転車が増えた気がする。右側通行の自転車は、子どもからお年寄りまでいる。  自動車中心の道路設計のため、自転車で右側を通行する方が楽な場合もあるだろう。しかし、左側通行がすぐにできる道でさえ、右側通行をしている自転車がいる。危険である。  自転車は、左側通行ということは、「いつ」「誰が」教えるのだろう?家庭?学校?  ちなみに、傘を差している自転車もいただけない。危ない!  交通事故が起こった場合、車の方が悪くなるという意識が歩行者や自転車のマナーを低下させているのかもしれない。(誰がそんなこと教えたのでしょうね?)
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ニャン太郎

Author:ニャン太郎
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