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バークレー博士(Dr. Barkley)の12の原則

 2002年6月、第44回日本小児神経学会公開シンポジウムで『ADHDのすべて』を書かれたバークレー博士の講演が行われ、12の原則を示されました。  指導・支援していく上で、大切な指針だと思います。すべての教育関係者に知ってほしいことです。 What Are The 12 Touchstone Ideas? ① Externalize the important information. 「重要な情報を明確に示す」 ② Eliminate or reduce time delays. 「時間の遅れをなくす・減らす」 ③ Externalize time periods. (timers) 「時間を明確に表す(タイマー)」 ④ Externalize the motivation. (win/win) 「動機付けを明確に表わす(お互いに勝者の関係)」 ⑤ Immediate, frequent, salient feedback. 「すぐその場で、頻繁に、的確なフィードバック」 ⑥ Plan ahead (bring the future into the now) 「計画を立てさせる(未来を、現在にひっぱる)」 ⑦ Positives before negatives. 「否定的な考え方ではなくて、肯定的な考え方を」 ⑧ More touch not talk (two-handed time in) 「説明するより、行動で示す(手を差し伸べる)」 ⑨ Keep a disability perspective. 「常に障害を見据える」 ⑩ Be mindful of moments. 「ひとときを大事にする(一期一会を大切に)」 ⑪ Practice forgiveness. 「許すことを覚える(自分を、周りを)」 ⑫ Achieve acceptance. 「(ありのまま)受容する」

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バークレー博士の「実行機能」

「ADHDのすべて」(ラッセル・バークレー著)の本に、ADHD/ADDに関係のある「実行機能」について書かれています。 バークレー博士は、 「ADHDはどうするべきかわからない障害ではなくて、しなければなことはわかっているのに、その通りにできないという障害だと・・・・。 <色:#0000ff>1、出来事の事態を評価するために、 (1)情報 / 出来事の客観的情報、出来事の個人的意味合い (2)情動・感情 / 自分の感情もしくは情動反応(情動とは、感情のうち、ふいにひき起こされた、一時的な怒り、恐れ、喜び、悲しみなど・・)  (1)情報と(2)情動・感情を、事態を評価するために、区別する・即座の反応を抑えて待ち、脳は情報を二つの部分に分ける時間を与えられる・・・そうです。人間にはこのような能力が備わっていて、この力を発揮すれば与えられた情況に、よりよく対応できるということです。感情的に反応すれば、必ずしもよい結果がでないことを人は経験でそれを知ってというだと・・ADHDの子は状況にたいする反応、(1)情報と(2)情動・感情というように区別し、分析しながら抑制するということが苦手・・・。事実から感情を切り離す時間が与えられない?(感情・情動のみ優先すぎる?)ようで・・・、衝動的な行動をしたり、やるべき事ができなかったりするのだそうです。  ただし、情報から情動を切り離す能力そのものが阻害されているわけではなく、ただあまりにも出来事に対しての反応が早いので、能力を充分に発揮できていないか?、よりよい行動ができないか?のどちらかだそうです。出来事に対しての衝動をコントロールしないで行動するので、感情と事実を分ける時間がないのだそうです。また、これが長所となり、ADHDの人は、情熱的で、感情豊かなため(感情・情動が優先なので・・)、その能力をうまく発揮して、職業に生かしたりする事もできます。 2、過去の概念をもち、そこから未来の概念をつくりあげる  出来事への反応を遅らせる能力により、出来事を短期記憶に送り、体験した出来事について考えたり、過去の記憶と照らし合わせて比べることもできます。過去の知識を現在の行動に役立てて、失敗から、成功を学んでいるということです。ADHDの人は、時間を知覚(感覚器官を通して外部の物事を判別し、意識するはたらき)する力が弱いので、反応が早すぎて過去の出来事を応用したり、近づきつつある出来事(未来)に対しての準備も足りなくなってしまうそうです。ここでいう反応が早いというのは、常に感情・情動が優先だから・・という意味での反応だと思います。でもそれが長所となれるのが、未来に対して恐れを抱かない事だそうです。 3、自分に話しかけ、それにより自分の行動をコントロールする  自分に話しかけることによって、自分をコントロールすることについてと、ADHDとの関係は充分な証拠はないそうですが 、ADHDの子供はなぜしゃべりすぎるのか?、つまり多くのことを口に出しすぎているのではないかと・・。自分の感情に対して自自身で言い聞かせたりが苦手なので、感情がすぐに表に出てしまうということにもつながる・・ということだそうです。また、しゃべりすぎる方もいると思いますが、逆に黙ってしまうということもありますよね。。これも、その人の感情・情動が優先してしまい、何を話したら良いかわからなくなってしまう・・。または、頭の中が混乱していて、うまく話しを引き出せずに、黙り過ぎてしまうこともあると思います・・。 4、取り込まれる情報やメッセージを分解・統合して新たなメッセージや応答として外部に発進する。  ADHDの子供に、1つの問題にたいする解決方法を短時間ででたくさん出すようにと実験したところ、他の子供ほどうまくできなかったという研究結果があるそうです。他の子供ほど対象になることについて、調べたり評価したりしないので、それだけ分析がされていないということであり、新たにその考えを統合することについても、問題解決の策やそれについての想像力も少なくなってしまうとゆう事だそうです。 行動を自分で抑制できないからこそ、外部の環境調整などで補う必要があると・・・。 http://park12.wakwak.com/~bluein/adhd/adhdj.html 1) ワーキングメモリーを活用して、課題を実行している間、最初の刺激を与えた情報を心の中に留めておく。事態を評価するために、情報と情動・感情を区別する。 2) 過去の概念をもち、そこから未来の概念をつくりあげる。 3) 自分に話しかけ、それにより自分の行動をコントロールする。 4) 取り込まれる情報やメッセージを分解・統合して新たなメッセージや応答として外部に発信する。 http://www.crn.or.jp/KODOMOGAKU/library/10.html 1 意志・・・目的の明確化、動機付け 例:宿題のやる気が出ない。 2 計画の立案・・・取捨選択ができない 例:時間配分が悪く、計画性がない。 3 目的ある行動・・・計画を実際に開始、維持、中止 例:途中までできたところで他の事をやってしまう。 4 効果的な行動・・・自己の行動の監視 例:途中で他の事に気を取られる。

実力を出し切れない子どもたち ~ADHDの理解と支援のために~

 もうご存知の方も多いと思いますが、「NPO法人 えじそんくらぶ」のホームページに、ADHDの理解と支援だけでなく、親子支援のための冊子も、コピーフリーで載っています。自由にダウンロードできますので、活用できます。  読みやすく、分かりやすい冊子です。 「実力を出しきれない子どもたち~AD/HDの理解と支援のために~」 「~大人のADHDストーリー~ADHDという名の贈り物」 「子育てママを応援します!~育児ストレスを減らす3つのヒント~」 http://www.e-club.jp/ の、左のウインドウの「冊子ダウンロード」をクリックすると、ダウンロードのページに飛びます。

神は底部に宿り給ふ

 教室ツーウェイ11月号より。  教育は、きれいごとやスローガンを言っているだけでは子どもたちを伸ばすことはできませんよね。研究発表会も子どもの事実で語ってほしいものです。  38年前、新卒教師の私は、1冊の本を保護者から渡された。「石の地蔵さん」、重度養護施設の近江学園の実践記録だった。  ベッドに寝たきりの重度の知恵遅れの障害児。言葉は全部で3つしかない。「アー」と「イー」と「ウー」だ。それぞれに「痛い」など意味がある。  教師たちは、そのような子にも教育を続け、1年かかって成果をあげる。1つの言葉「えー」を習得させたのだ。そう、1年かかってたた1つの言葉である。それが、誠実で有能な教師がやった仕事だ。  新卒の私は、腹の底までズシーンとくる感動をうけ、涙がとまらなかった。  「石の地蔵さん」は「石に咲く花」田村一二のことである。  20代のころ参加した研究会で、小文字のaが書けない子に対する指導の報告がされた。司会の校長先生は、その実践を全く扱わず「豊かな」「自ら」と言ったスローガンを掲げる県内の有名研究校の実践だけを扱おうとした。私は、この時に、勇気を出して「進行に疑問があります」と発言をした。研究校の研究主任から、「あなたは子どもの自ら伸びる力を信じていない」と否定された。  小さな小さな小さな子どもの事実を見逃さないこと、目の前の小さな事実に問題の本質がかくれていることが多いこと、そして、その小さな事実と向きあい前進の努力をするとき、しばしば、目もくらむような努力が必要となること、このことを、新卒の私は学んだのである。それを西洋では、次のように言っていた。  「神は底部に(細部に)宿り給ふ」  教育界は「きれいな言葉」「通俗的な言いまわし」で、ことの本質と対峙してこなかった。各学校の研究は、どう見てもガラクタが多かった。私は、学校でも「本物の研究」をしたかった。それが「大四小の児活」「調布大塚の理科」「分析批判」「社会科雪小モデル」「池雪小向山型算数」なのであった。

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「体験」が子どもの成績を左右する

 『教室ツーウェイ』2008年11月号の明石要一先生(千葉大学教授)の記事より引用。  懐古主義ではないが、昔のように自然の中で遊びながら学ぶって大切なことだと思う。 <色:#0000ff>1 自然体験が多い子どもは道徳観が強い  子どもたちの体験が減ってきた。とりわけ自然体験が減ってきている。文部科学省の小学生を対象にした平成10年と平成17年の比較調査によると「ほとんどしたことがない」体験は次のようになっている。前者が17年、後者が10年の数値である。 ・大きな木に登った  (53.6%>43.3%) ・キャンプをした  (52.8%>38.2%) ・太陽が昇るところや沈むところを見た  (43.1%>33.6%) ・蝶やトンボを捕まえた  (34.9%>18.7%)  この他「海や川で遊ぶ」「輝く星空を見る」「高い山に登る」ことなども「したことがない」者が増えている。  これらは普段の体験であるが、夏休みという特定の時期の体験はどうであろうか。  小学校1年生で公的機関や民間が行う自然体験への参加者は39.3%から35.3%と減少している(平成14年と17年の比較)。そして家族や友達と一緒にした自然体験も66.5%から53.1%と減っている。  興味深いのはこうした自然体験の「量」が子どもの道徳観や正義感にどう影響するかも調べていることだ。結論を言うと、自然体験が多い子どもほど体験が少ない子どもに比べて道徳観・正義感が強いのである。 2 成績上位の子どもほど生活体験が豊か  子どもたちの自然体験は確実に少なくなっている。それでは日常の生活体験はどうであろうか。ベネッセが小中高生を対象にした子ども生活実態基本調査から引用する。  小学生に限定すると、漫画を読む、ニュースを見る、身体を使って遊ぶ、それから家手伝いをするなどは7割以上の子どもが体験している。  確かに、ボランティア活動をするは1割強にとどまり少ないが、意外に生活体験はしているようだ。  それでは、こうした生活体験は子どもの学業成績によって変るのであろうか。ここでも興味深い結果が読みとれる。  小学生にとどまらず、中高校生とも学業成績のよい者ほど生活体験が豊かである。例えば、小学校の「本を読む」は37.2%(上位)>25.4%(中位)>20.7%(下位)と成績により数値が少なくなる。  そして、「身体を使って遊ぶ」は52.3%>46.7%>39.8%。「家の手伝いをする」は34.4%>32.6%>27.9%となっている。  これらの生活体験を加算して「体験」のモノサシを作って、子どもの社会的な関心や職業イメージ、それから成績との結びつきを調べているが、どれも体験が多いほど肯定的な意見を持つ。  こうしてみると自然体験にとどまらず、生活体験も子ども達の生き方に影響を与えている。  今、この体験「格差」が大きくなっている。経済格差が体験格差を生み始めている。どの子どもにも豊かな体験を保障する施策が求められる。

「やっただけ」学習から「身につけさせる」学習へ

 「教室ツーウェイ」(明治図書)の11月号の特集は、「『やっただけ』(履修)学習から『身つけさせる』(習得)学習へ」である。  編集前記に次のように載っていた。  自動車学校に入って、二百時間も講義を受けて、免許はとれず、「右折、左折」もできなかったとしたら、生徒は怒るだろう。「学費を返せ」と言われるだろう。  ところが、公立小中学校では、一年間で千時間の授業時間がありながら「習得すべき漢字がほとんどできず」「身につけるべき簡単な計算」さえできなき子がいる。どの学級にも、一割近くいるだろう。クラスによっては、半分近くの子がそうだという所もある。  およそ、ほとんどの「教育の場」は「習得システム」によって運営される。あるステップが習得できれば進級できる。だから、教師は「習得させる」ための努力を必死でする。  ところが、公立小中学校では、「習得させる」ことに本気の学校は少ない。かつての東京都調布大塚小学校、熊本県海浦小学校他、十指に満たない。そこでは「到達させるべき学習内容」を明確にして、そのための研究を本気でやり、保護者にも公開してきた。本にもなった。  ところがほとんどの学校では「その学年で到達させるべき、ぎりぎりの教育内容」さえ、保障されていない。教師、担任の責任を明確にしていない。  そのため親から「子どもを六年間毎日学校に通わせて、なんで漢字がほとんど書けないのですか」というクレームが出るようになった。  「習得しなくても」「出席さえして履修していれば」進級させる。いわゆる「履修システム」のために、日本中の学校が「無責任体制」になっているのである。  新しい学習指導要領で「習得させる」ことが、強調されているのは、このような「無責任な教育システム」を、改善しようとする意志を示したものである。  教師も「学力形成」の責任を、それなりに問われるようになったのである。  我流、自己流の指導法では無理だ。不勉強のつけは、40才近くになるとはっきりしてくる。子どもが反乱するようになる。  授業が分かりにくく、つまらないからだ。楽しく、素敵な教師人生を歩むには教師の技量・授業力と統率力をみがくことだ。  10月18日の朝刊に、指導力不足教員の記事が出ていた。「指導力不足とされた371人では、40代が46%、50代が37%と大半を占めた」と書かれていた。  我流で授業をしてきて、自己研鑽をしなかったつけが出てきたのだろう。会社でも企業努力しないところは潰れていく。  雑誌と新聞の2つの記事を読んで、自分も謙虚に勉強を続けていこうと思った。

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SCT“文章完成法テスト(Sentence Completion Test)”

 SCT(文章完成法テスト):不完全な文章に自由に補わせて全文を作らせる。心の歪みを探る。  投影法。  文章完成法テスト(SCT)は、「子供の頃、私は」といった文章の書き出しだけを示して、思いつくことを自由に記述させるというものです。書き出しは全部で60項目あり、個人のトータルな人間像を把握できるように工夫されています。SCTは、昭和30年に世に出て以来、企業、病院、学校など、様々な領域で広く用いられてきました。このような実績が、このテストの有効性を物語っていると言えるでしょう。  世の中には心理テストと呼ばれるものがたくさんあります。知能検査をはじめ、クレペリン・テスト、ロールシャッハ・テスト、Y-Gテスト、職業興味検査など、様々な心理テストが様々な目的・場面で用いられています。SCTも広く言えば、このような心理テストの1つと言えます。しかし、SCTは他のテストにない特徴を持っています。  その1つは、個人の全体像、すなわち、トータル・パーソナリティの把握を目指している点です。他のテストは、個人のある1つの側面に焦点を当て、それをなるべく深く把握できるように作られています。例えば、知能検査は、知能的な側面に焦点を当てて作られており、知能を知能指数という形で正確に把握することが出来ます。しかし、これを用いて性格や興味を把握することは困難です。SCTは、知能、性格、意欲、興味・関心、生活史、人生観、心の安定性なども含めた、トータルな人間像を把握できるように工夫されています。個々の側面について必ずしも深く把握できるとは限りませんが、これらの情報から広く、全体的にその個人のパーソナリティを浮き彫りにすることが可能となります。  SCTのもう1つの特徴は、スコアリング(得点化)を行わない点です。多くの心理テストは独自のスコアリングの方法を持っています。中には、単にマニュアルに従って集計するだけで結果が得られるものもあります。このようなテストは、特別な訓練も必要とせず、使い易いものです。しかし、その結果は、あくまでも統計的な数値であり、生きたパーソナリティとは言えません。  スコアリングを行わずにどのようにしてパーソナリティを把握するのでしょうか。SCTは、実のところパーソナリティを把握するための情報を得る道具であり、それ自体がパーソナリティを評価したり、判断したりするものではありません。たとえて言えば、カメラが個人の姿をフィルムの上に固定するように、SCTは対象となった個人のパーソナリティを紙の上に固定するものと言えるかも知れません。個人の姿を立派だとか美しいとかを判断するのが、写真を見た個人であるのと同様に、パーソナリティを評価したり、判断するのは、あくまでもSCTを読む個々人ということになります。  従って、SCTを用いてパーソナリティを理解するためには、SCTに表された情報から、生きたパーソナリティを再現し、それを客観的に判断する能力を身につける必要があります。これは、単に集計方法をマニュアルに従って覚えるというわけにはいきません。熟練した講師の下で、SCT評価の経験を積むことによって初めて可能となります。さらに、このようにして身につけたパーソナリティ理解の能力は、SCTで得られた情報に限らず、あらゆる場面で他者を理解する上で役立つはずです。 http://www.sanken.keio.ac.jp/introduction/ja/activity/education/SCTseminar.html  被検査者が正直に反応してくれないと正確な判定はできないのでしょうね。

Cogmed ワーキングメモリートレーニング

 今日の「きょういくじん会議」に、ワーキングメモリを向上させるトレーニングプログラムが開発されたと出ていた。興味がある記事だ。 http://kaigi.edublog.jp/2C2E04EF/ 「RoboMemo」 http://www.cogmed.com/cogmed/articles/jp/14.aspx 「Cogmed ワーキングメモリートレーニング」 http://www.cogmed.com/cogmed/articles/jp/3.aspx 「Torkel Klingberg博士」 http://www.cogmed.com/cogmed/articles/jp/29.aspx

J-SOAP-Ⅱ

 J-SOAP-IIというものがある。インターネットで調べてみた。  日本語は見当たらない。日本語版もあるはずなんだけど・・・。日本でも児童相談所で行われているはずだ。  「The Juvenile Sex Offender Assessment Protocol-II (J-SOAP-II)」、少年の性犯罪者評価プロトコル」とでも訳すのだろうか。  The Juvenile Sex Offender Assessment Protocol-II (J-SOAP-II) is a checklist whose purpose is to aid in the systematic review of risk factors that have been identified in the professional literature as being associated with sexual and criminal offending. It is designed to be used with boys in the age range of 12 to 18 who have been adjudicated for sexual offenses, as well as nonadjudicated youths with a history of sexually coercive behavior. http://www.csom.org/pubs/JSOAP.pdf

研究方法10ヶ条

 「教室ツーウェイ」(明治図書)からの引用の4つ目。向山先生の記事。  興味のある方は、ぜひ雑誌を買ってお読みください。  学習指導要領は、法的拘束力を持つ。学習指導要領に示されていることを指導しなけらばならず、学習内容を習得させなければならない。  しかし、学習指導要領は「学問的、研究的側面」を持つ。「研究の進歩、時代の変化」によって、修正されていく。時に、修正を先取りすることもある。  学習指導要領の「原文」は、いうなれば「相対的真理」がほとんどである。  例えば、漢字は6年間で1000字ほどを教える。「6年間でどれだけの文字を」「どのような文字を」「どのような学年配列で」教えたらいいのかという絶対真理はない。ちなみに、中国は「読み学習」で「小学校1年生に3000字」を教える。国が違えば、これだけ違う。  「経験則」と「法則」に依拠しながら学習指導要領は作られる。「相対的」に「ベター」な内容になっているが、不十分な点もある。  こうした不十分さを、実践的に研究していくのが、学校現場における「研究」である。 《研究方法10ヶ条》  1条 学校における研究を重視する(教師なら当然のことだ。実践研究のほとんどは、学校の研究、学校での実践の中で作られてきた。大四小の児活、分析批判、社会科雪小モデル、向山型算数指導など、すべてが、そうである)  2条 学習指導案、研究報告は大作主義で臨む(1年に1回程度の研究授業では、10枚、20枚、時には80枚という研究報告をしてきた。それらはすべて本になった。他の本から盗んだ文章は書かなかったからだ)  3条 原典にこだわる(当然、指導要領のもとの文にこだわるべきだ)  4条 授業を通す(これが現場の研究だ)  5条 研究の仲間を作る(本気で、本物を追求する仲間が、校内に一人でもいれば百人力だ。私は校内の研究仲間に恵まれていた。いつでも、グループで仲間がいた。  6条 研究することを限定する(研究は狭く限定する方が効果、成果は大きい。大きいテーマは、時間の無駄である。1年すると、書いた本人も忘れてしまう)  7条 自分の考えを示す(当然のことだ。研究の主体は、自分である。学校の研究だから、みんなの考えに従えと強要する学校があると聞くが、最低、最悪の研究だ。そもそも、研究は自由のない所に存在することはできない)  8条 嘘をつかない(これも当然だ。前の時間にリハーサルやおけいこをするなどもってのほかだ。本人はかくしているつもりだが、まわりの人は分かっているのだ。但し「同じ授業を隣のクラスでやりました」と、きちんと報告するのは、立派な研究だ。オープンにすればそれは研究だし、嘘をつけば最低の見世物になるのである)  9条 楽しくやる(研究は、もともと楽しいものだ。小さいけれど大切な何かを発見していく共同の活動だからだ。見栄をはったり、嘘をつくからつまらなくなるのである。私は、学校の研究仲間と何度か海辺の民宿で船盛りを食べながら合宿をした)  10条 志を立てる(夢は大きく、願いも大きく。どの子にも分かる指導法の工夫などは永遠のテーマだ)  思えば、40年以上昔は、文部省が主催して、地域ごとに「教育課程研究」の実践報告会が持たれていた。この会の果たした役割は大きい。経験則が蓄積されていったからである。  法則には、ボイル・シャルルのような絶対的な法則と、ケインズ経済における法則のような経験法則の2種類がある。  そして、世の中で「法則」と呼ばれているほとんどの法則は「経験法則」なのである。経済学でも、医学でも、教育学でも・・・。

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少年ひったくり 悪質巧妙化 手口を情報交換

 未成年の「ひったくり」の手口が悪質化しているらしい。そして、うまくいった、その手口を少年間で情報交換しているようだ。  3人で行うらしい。  タオルで覆面をした二人が自転車に乗り、女性の後方から近づいてバッグを奪う。  そして、別の自転車に乗ったもう一人が現れる。「追いかけます」と声をかけ、被害者が追うのをやめさせるというものだ。  終戦直後の、空腹で食べるものを奪った時代とは違い、今では遊ぶ金欲しさの犯行だ。  「マズローの欲求段階説」は、完全に覆っている。

本を出すということ

 教室ツーウェイ10月号よりの引用、3回目。向山先生の記事。  私は、明治5年の学生発布以来、最も多くの本を出した教師である。単著、共著、監修、全集を合わせれば千冊を数えるだろう。編集長として世に出した雑誌も七種で2000点にはなる。  私の著作のほとんどは、「教室での実践記録」と「学校の研究への提言」である。私が教室で実践したことを、研究的に報告するのがほとんどだった。  秘かに、1冊の本を出したいと思っている教師はかなり多いだろう。多くの人は、誤解している。何か立派なこと、新しい理論を問うことが本を出せる条件と思っている。  そうではない。自分の教室で、地味にまじめに実践をする。そこに込められた「指導法の工夫」が本になるのである。  「できない子ができるようになった」という「指導法の工夫」は、それが「嘘のない本物」であれば、本になる。  多くの学校で見られる「研究授業前のおけいこ」「授業前のリハーサル」「子どもの発表の演出」「記録の嘘」、こういうことの中から、本になるものはない。  嘘が1つでもあれば、本にならない。授業研究は、すべて「事実」「本物」でなければならない。  「指導法の工夫」がないものも、本にはならない。教師の毎日の努力は「指導法の工夫」こそが中心だ。  「できない子をできるようにする」「全体のレベルを上げる」、そのために、教師は日々工夫をするのである。それが、研究授業で貫かれなければならないのだ。  私は、教師になったとき「レッテルで人やものを見ない」「事実こそ大切にする」ことを、教師人生の指針としてきた。私の実践で、人から盗んだものはない。すべて、私が教室の現実の中で「指導法を工夫」したものである。多くの後輩が、そうであることを願う。

子どもの「やる気」が生まれる状況は何か

 明石要一先生(千葉大学教授)の記事より。 <色:#0000ff>1 「受験」が印籠の役割をしない社会  子どもの「やる気」が乏しいという。覇気がない、ともいう。また、メリハリがなくだらだらした行動が多い、ともいう。  なぜそうした子どもが出現したのだろうか。基本的には豊かな社会に共通に見られる特性である。がんばらなくても食べていける社会である。  これに加えて、少子化が進んでいる。大学全入時代が到来している。大学の名前とある場所さえ考慮しなければ、進学希望者が全員大学に入学できるのである。  受験勉強を必死でしなくても高校、大学と進むことが可能となっている。「勉強しないと良い高校、大学に行けないよ」という印籠が使えない。「受験」という言葉が縛りの役割をしなくなっている。  こうした状況下で子どもたちにやる気を起こさせるのは至難の業である。  確かに、今の社会はモチベーションを持ちにくい。しかし子どもたちの声はどうであろうか。 2 いつ「やる気」が生まれるか  手元、小学生700名を対象にどんなときやる気が生まれるか、調べた研究がある。それによれば、子どもたちがやる気を起こすのは次の通りである(数値は「とてもがんばる」)。  ・将来なりたい職業がある(75%)  ・宿題を出せば通知表がよくなる(70%)  ・授業がおもしろい(69%)  ・自分が好きな係になれたとき(66%)  ・テストで目標点を決めたとき(66%)  これらはともに6割を超える子どもが「がんばる」と答えている。子どもたちは自分の好きな係があり、テストで目標を定め、将来なりたい職業がはっきりすると「やる気」が起こる、という。  そして、自分が宿題という課題をこなしそれを教師が認めてくれたり、毎日の授業がおもしろければがんばるのである。 3 「達成感」はいつ生まれるか  やる気を起こさせるには達成感を持たせなければならない。子どもが「やって良かった」「がんばって良かった」という感情を抱くのはどういうときであろうか。  小学生が達成感を抱くのは次の通りである(数値は「とてもそう思う」)。  ・テストで100点を取る(82%)  ・リレーで1番になったとき(78%)  ・授業で難しい問題を解いたとき(71%)  ・テストで家の人にほめられたとき(70%)  ・テストで先生にほめられたとき(58%)  子どもは「できない」ことが「できる」ようになったとき、しかも満点や1位になるときがんばるようである。  そして、それを親や教師が評価をしてあげると達成感が実感できるのである。子どもたちはやる気がないのではない。家庭、学校で子どもたちが達成する場面を用意していないだけである。

逆効果俗流指導法

 今日、「教室ツーウェイ」の11月号が届いた。 「教室ツーウェイ2008年10月号」の記事を、まだ紹介していない。だいぶ遅くなりましたが、引用します。  教師は、始めから腕のある存在として子どもの前に立つのではない。どれほど勉強をつんでおり、教生の時にほめられようと、それは教師としての腕の高さを示すものではない。  いかなる職業であれ、仕事とはそうした面を含んでいるはずである。  青年教師は、純粋さ、ひたむきさ、熱気などの良さによって、腕の足りなさを補っているにすぎない。(それに、しばしばそうでない人もいる)腕とは、日々の子どもの教育をどうするかという絶え間ない追求によって、自分のものとして創り出していくものである。教室が一応おさめられたことをもって、腕が上がったと錯覚する人も多い。  自分の可能性を求め続けられる人は、常に自分の限界にぶつかっている人である。限界を意識するからこそ、必死になって教育の仕事にあたってける。  ぼくは、教育実習に来た人に、そういう心構えを実感として、持ちかえってほしかったのである。  私の学校に教育実習生が来た。教師になることを志している純粋でひたむきの努力できる実習生である。その実習生の研究授業があった。授業開始のチャイムがなる。挨拶をすると昨晩あったテレビドラマの話をしだした。子ども達の多くは、面白そうにその話を聞いている。話の途中で、主人公がどうだとか、あれは変だとかという実習生と子ども達のやりとりがある。最初の緊張した雰囲気はなくなり、教室がざわざわし出した。授業開始3分ほどして、テレビドラマの話をやめて、実習生はプリントを配布した。「今日の授業は、このプリントをまずやってもらいます」これが、実習生の授業の始まりであった。  放課後、授業の検討会があった。当然、私は指摘する。「授業の始まりで、テレビドラマの話をする必然性は、まったくありません。授業とは関係ないことです。ところで、テレビドラマの話をした意図でもあるの?」  実習生は、ちょっとためらった後に次のように言った。 「大学の先生が、授業の始まりは、いきなり始めるのではなく、世間話や雑談から入った方が子ども達もリラックスできるからよい、と言っていてので、テレビドラマの話題から入りました」  この言葉を聞いて私は唖然とした。自分の考えでしたというのではなく、なんと大学の先生の教えだというのである。  違う教育実習生の授業。私が授業の途中で参観に行くと実習生が見当たらない。よく探してみるとある子のそばによってしゃがみこんでいる。いわゆる個別指導をしているのである。一斉指導中、机間巡視をして出来ない子がいると、その子のそばにしゃがみこんで個別指導をする。他の子ども達は、その間どうしているか。早々と問題が出来た子は、手持ち無沙汰にしており、後ろを振り向いて私語をしたり、手いたずらをしている。その実習生は、周りの子がどのような状況になっていようとおかまいなしである。反省会で、その実習生は言った。 「大学の先生から、机間指導する時は、出来ない子を出来るようにさせる個別指導をきちんとしなさい、と教わりました。その際には、子どもの目の高さですることが大切だとも言われました」  教育実習生は、授業をするということについてほとんど白紙の状態で学校現場に来る。あるのは大学の先生から教わった「我流」に満ちた知識である。「リラックスさせてから授業に入りなさい」「子どもの目線で個別指導をしなさい」等、どれももっともな事のように大学生には思える。しかし、それが現場に来たとき、反対に自分の首を絞めることになるとは思っていないのである。大学で教職を志す学生にどのような教育をするのか、日本の将来を左右する大切な課題である。

DVは連鎖する!?

 DVを受けた女性は、またDVの人と再婚する確率が高いそうだ。  DVを受けた子は、DV加害者になる、またはDVの人と結婚するという報告もあったような気がする。(「気がする」などという無責任な発言ですみません。)  DVの解決策ってあるのだろうか?

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教員免許更新制 予備講習で課題噴出

 2008年10月5日の新聞に教員免許更新制の問題点が載っていた。全国均一に同じ条件(同一歩調で)で実施、というのは難しいだろうなあ。  「先生たちも知識技能のリニューアルを」と来年度から導入される教員免許更新制。本年度は試行として、各地の大学や研究機関で予備講習が行われている。本講習開始まであと半年。同制度や講習の課題を探った。 (井上圭子)  「畳面と背中が平行になるように頭を下げて。首だけ下げず背を伸ばして」  八月、日本私学教育研究所が行った免許状更新予備講習「礼法」。家庭科の女性教員に交じり高校理科の男性教員(53)は「いやぁ、思いがけない内容で…。失効したら大変だからと、片っ端から申し込んで当たったのがここ」と苦笑い。希望する講習の抽選からもれ、低倍率の講習を受けた教員にはこんな事態になった人もいた。  文部科学省は同制度の目的を「定期的に最新の知識技能を身に付けることで、教員が自信と誇りを持って教壇に立ち、社会の尊敬と信頼を得ることを目指す」と位置付ける。「役立つ」との評価がある一方で、希望する講習を受けられた受講者にもある不満が「内容がニーズに合わない」ことだ。予備講習では十二月までに千三十一講習が用意された。  東京学芸大の講習では「高校レベルの『解析幾何学の基礎』は中学教員には難解すぎ」と話す教員がいた。愛知教育大の講習では「ネット社会の現状について『もう知ってる』三十代と『難しくてついていけない』五十代の双方が不満」との声もあり、何が最新技能や知識で、どの現場がそれを求めているのか、不明確な部分がある。講師からも「誰に向けて話せばいいのか。年齢層、教科、学校の種類を絞ってほしい」と指摘が出た。  既に各教委が実施する研修に類似のものがあるとの指摘もあり、あらためて講習を実施することを疑問視する人もいる。  試験方法にも受講者、講師双方から批判が出た。横浜市内の私立中学教員(53)は「試験勉強に没頭したが、感想を書くだけで合格する会場もあったと後で聞き、不公平感でいっぱい」と憤る。講師からは「断片的な知識を問う試験より、内容の消化度を測るリポートを課したい」(愛教大)との声もある。  講習時間の三十時間の確保も教員には負担だ。公立中学教員は「部活顧問をしていると夏休みは無理。平日夜間は希望者が多く狭き門」と言う。  地方の教員には交通費や宿泊費の負担も重い。東京都内の講習に参加した静岡県内の小学校教員(33)は「約十万円の出費。『個人資格だから』と自己負担を強いられるのはきつい」とこぼす。  同省教職員課教員免許企画室の宮内健二室長は「課題が出てきてこその実験。課題が出るのは良いこと」と話すが、ある大学関係者は「誰もやりたくないまま制度が走り出し、早くも問題が噴き出した。文科省は『不適格教員排除が目的ではない』というが、教育再生会議の本音は違った」と教員の技能向上が目的との主張には懐疑的。「来年度は受講対象者が十一万人に増え、さらに混乱するだろう」と危ぶむ。  教員免許更新制  免許の有効期限を10年間とし、更新には30時間の講習受講が来年度から義務づけられる。講習は教育政策などの最新事情を学ぶ「必修」を12時間以上、各教科の指導法などを学ぶ「選択」を18時間以上受講。開講者が行う試験に合格すれば、都道府県教育委員会に更新申請できる。受講対象者は、その年度か翌年度に35、45、55歳になる教員ら。 http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/CK2008100502000079.html

携帯いじめ 許さない社会つくろう

 2008年9月5日の朝刊より:千葉県こども病院チャイルド・ライフ・スペシャリスト 藤井あけみ先生の記事。  携帯電話の普及により、子どもたちは24時間365日、いじめや仲間外れの恐怖があるのですね。大人には分からない心境だと思います。  「入院してよかったのは携帯の電源が切れること。携帯使えるの15分だけだから、友だちにもそう言えるし。正直ほっとする」。こう語るのは中学2年の沙織ちゃん。内科系の疾患の治療のため入院しました。  私は可能な限り毎日、沙織ちゃんに会いました。その中でとりわけ驚いたのが携帯電話に関することでした。「みんなヒマだから、家に帰ったらすぐに携帯始める。あっという間に何十通も来ていて、それに返事するのがほんと大変。はっきり言って勉強する時間ない。それで面倒だから短く”うん、そうだね”とか”わかった”とか書くと、”メールする気ないの?”とか聞かれて”そうでもないよ”って一応言うんだけど、もう限界」。そう言って沙織ちゃんは少し笑いました。  その後の会話で、沙織ちゃんがいじめにあっていること聞きました。発端は案の定、携帯電話。結局彼女のようにしっかりと意思を持ち、周りに流されずにいるような子どもは「生意気」「うざい」というレッテルを張られ、それが一晩のうちに、当人を除くクラス女子全員に流され、次の日登校すると空気が変っているのです。  携帯電話が便利な道具であることに異論はありません。しかし、それはもろ刃の剣。今や携帯電話はいじめの最強の道具として使われています。その匿名性によって罪悪感が薄まるからなのか、面と向かっては言えないようなことも平気で書きます。「おまえ、キモいよ。」「死んじゃえばいいのに」と内容はエスカレートしていきます。追いつめられ、子どもは心に大きな傷を負ってしまいます。  では親は、子どもがいじめにあっているかどうか、どうしたらわかるでしょう。子どもは親の考えに敏感です。親がほんの少しでも「いじめられる方にも責任がある」と思っていると感じれば、決して相談しないでしょう。よって大事なのは、いじめはする方が100%悪くて、される方はまったく悪くないということを日ごろから言い続けることです。  学校の先生たちもそうしてほしいと思います。いじめを許さない社会をつくること、これは今大人に課せられた最大の責務のひとつです。

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