免許更新制の廃止は学級崩壊を促進する

 『教室ツーウェイ」11月号より。詳しくは本誌をお読みください。 <色:#0000ff> 政治状況が大きく変わった。多数の人が変化を求めたのだろう。その結果どうなるかは、これからの事だ。  私は「教育政策」がどうなるかに注目する。さっそく民主党の教育政策が発表された。それは「免許更新制の廃止と教員の免許を大学院卒に与える」というものである。  これは、問題を全くすりかえている。「肺炎の治療をしなくてはならないのに、治療を中止して、早寝早起きをしましょう」といっているようなものだ。  免許更新制は、なぜ生まれたのか。  その原因は、全国的に問題教師が大量に発生して、それに続く予備軍も急増していたことにある。日本中の学校が困っていたのである。  それは、次のような現象としてあらわれていた。その先生が担任すると、わずか1ヵ月で学級が崩壊した。それが毎年続いた。子どもは担任に反抗し、保護者は学校に押しよせ、混乱が続いていた。学級担任にすることができず、他の仕事につけたが学校全体にしわよせがいき全体が疲れてしまった。そこまでいかなくても「勉強が分からない」「6年生になってもかけ算ができない」状態が、広がっていた。  子どもを「どなる」「きつく叱る」「無視する」など、小児神経科医が「発達障害の子には、最悪の方法」という指導を日常にしている教師が多く見られた。1割はいる発達障害の子と、14%はいる境界知能の子どもに、不適切な指導をする教師が多く見られた。その結果、反抗挑戦障害にまで子どもを追い込んでいた。しかも、以上の原因は教師にあるにもかかわらず、教師の責任は問われなかった。  そして、責任ある仕事から逃げまわるヴェテランが多くいた。崩壊した学級を持たない。責任ある仕事につかない。  以上のような、学級崩壊、無責任、子どもへの悪影響が出ているにもかかわらず、何も改善されなかった。無責任体制は、ずっと続いていた。  この状況を変えようとして作られたのが免許更新制なのである。これは、「問題教師を何とか排除しよう」ということなのではない。  第1に、どこに問題があったのかというチェック機能として誕生した。  第2に、その問題点を克服してもらおうという教育機能として誕生した。  もし、この制度を廃止するのであれば、問題教師の急増という状況をどうするのかを、示さなければならない。「教員養成を大学院卒とする」ということで変えられるものではない。  第1に、大学院の授業が、現実に作用するまで10年はかかるだろう。10年間、子どもたちと多くの学校はこのひどい状況に方っておかれることになる。  第2に、教師の力量形成は、今の大学院では、無理だからである。  群馬大学長だった鈴木先生は、医学部長から学長になったとき、教育学部の「教育」が、異様に見えたという。「教育学部の先生は、子どもに授業する所を学生に見せない」というのである。「医学部では、患者に対する授業を学生に見せる」というのである。これこそ、現在の日本の教育学部の大きな欠陥なのである。「授業をする所を学生に見せる教官がいない」のに「授業」について学生に語っているのである。教育学部を出ても「授業」について学ばないで、教職につくのである。  さて、「教員免許制」は必要であるが、実際の「講座」はどうであっただろうか。岡山大学のように、10年前学生にの時に習ったことを、また習ったというものもあった。とりわけ国立大学の教育学部は、現在の問題に対応できていなかった。問題とすべきは、教育学部の講座のレベルである。  しかし、少数だが、好評なものもあった。民間の参加した講座は、好評だった。発達障害についての講座も好評だった。教師の求めているものだったのだ。  「免許更新制」は必要である。しかし「講座は大改革すべき」というのが私の主張である。
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崩れる学級を防ぐ教師の統率力

 『教室ツーウェイ』11月号(明治図書)より向山洋一先生の論文の引用。詳しくは本誌をお読みください。  学級をまとめるのに最も必要なのはよく分かる授業だ。よくわかるというのは「易しすぎる」教え方を言うのではない。  「発問」と共に「作業指示」がはっきりしている授業。  長すぎる説明(1分以上は長すぎる)がない授業。  教師の言葉が少なく、子どもの発言が多い授業。  授業中、何十回も子どもをほめることのある授業。  そして、知的な授業、ワクワクする授業。  もちろん「どなり声」「こんなことも分からないの」などというのは厳禁だ。1年間のうち、1日でもこんなことがあれば、それはひどい授業だ。  いい授業には修業が必要だ。修業とは本を読むことではない。見学することではない。上級の人に、見てもらい、その場で代わりに実演してもらうことだ。そうすれば、授業の力は伸びる。これだけが伸びる方法だ。  それと共に、崩れる学級を防ぐには「教師の統率力」が必要だ。  統率力といえば、思い出すことがある。もう20年も昔のことだ。『体育科教育』誌の編集長をしていた伊藤政吉氏は、その昔、よく「斎藤喜博」の学校に通っていた。特集もした。斎藤喜博の高弟といわれた高校の体育教師の授業を見学に行った。そして、伊藤氏はびっくりした。  「確かに、高校の先生の口から出てくる言葉は、斎藤先生と同じなんです。次々と、同じ言葉が出てきて、授業をすすめるのですが、生徒の方は、それはそれは、バラバラで悲惨な状況でした。授業になっていないのです。同じ言葉を出しても、授業は全く異なることを目撃したわけです」  言葉だけでは、生徒は動かないのである。「言葉」は「授業力」「統率力」に裏うちされていなければ、力を持たないのである。  統率力とは、荒く言えば「方向を示す」ことと「人を組織的に動かす」力である。  上からの押しつけは、全くなかった。学習指導案の検討は、全員でしたが、最後には授業者にまかせられた。押つけることなど絶対になかった。  もし、意見が違うときは、違う意見の人が自分のクラスで授業をやってみせた。口先だけの意見は重視されなかった。強く言う以上、自分も授業で示すことが要求された。

ネットいじめ・ケータイ依存から子どもを守る!

 ネットいじめや携帯電話依存から子どもを守る方策を示す講演会が開かれた。  講師は全国webカウンセリング協議会の安川雅史理事長。安川さんは、携帯電話のプロフィルサイトに書かれた悪口や隠語、児童買春の被害を具体的に紹介しながら「フィルタリング機能を使い、有害なサイトを閲覧できないようにして」と働きかけた。  夕食の最中にも携帯電話を離さないケイタイ依存の子どもの事例を挙げ「親が説得できないでどうするの。当たり前のことができない子どもに、他人の気持ちが分かると思いますか」と、親の指導力を訴えた。  学校の教諭らにも、相談に来た子どもたちへの対応方法を指導。「テレビや映画を見ながらメモをしないのと同じように、相談時にはメモせずに、真剣に聞いてあげてほしい」と呼びかけた。 ≪依存症チェック≫ 1.聞き手の反対でメールをする。 2.自分の手の届く距離に置いておきたい。 3.明細書 ≪教育相談≫ ・教室で相談に乗らない ・相談する時間は設定する(終わりの時間が分かっていると集中できる) ・ほんのちょっと左に座る(右脳に話しかけた方が、本音が出やすい) ・ソファーに座っている方が本音が出る(リラックスした方が本音が出る) ・前かがみになると、心を開く ・メモをしながら聞かない ・じっと見られると疑われている気持ちになる(視線を顔ごとそらす) ・しっかりうなずく(大げさなくらい大きくうなずく) http://www.web-mind.jp/

不登校と怠学のちがい

 大阪府立松原高等学校のHPに「教育相談室から」というコーナーがあるのを見つけた。 http://www.osaka-c.ed.jp/matsubara/kyousou.html  その中から、「2 不登校と怠学のちがい」の引用。 <色:#0000ff> 学校に来ないということにも、いろいろな状態がある。中でも「怠学なのか、不登校なのかがわからない」と言われる。これは、はっきり区別できないことも多い。しかし、対応の基本がはっきり違っている。「怠けている」のであれば、厳しく登校を指導しなければならないし、どうしても登校しない場合働くことも要求する。とにかく、規則正しい生活への立て直しを迫らなければならない。しかし、「不登校」(学校へ来たいのに来れない状態)であれば、本人と親の緊張をゆるめるよう動かねばならないし、じっくり待つことも重要である。  「怠学」に対して「本人の状態を受け入れて、じっくり待っている」と、ずるずるとそのままいくことが多い。「不登校」に対して「厳しく登校を指導」すれば部屋にこもりきってしまったり、家庭内暴力にすすむこともある。指導の基本方針が違うのであるから、状態を見分けることが必要になる。下記に両者を見分ける「一応のめやす」を表にしてみた。今までの事例の中から作成した「おおよその基準」であるから、絶対ではないし、例外もある。   「項目が多いので判断しにくい。どれか一つポイントをしぼれ。」と言われたら、そのポイントは、「本人が学校を休むことで楽をしているかどうか」である。「学校を休むことで本人に圧力と不安と緊張が高まり、苦しんでいる」(不登校)のか、「学校を休んで身体を休めたエネルギーで何か他の楽しみをしている」(怠学)のかということである。もちろん、これといって楽しいことはないが、ゴロゴロ寝ていることそのものが楽である、という場合も怠学に入れて考えている。  また、「不登校」の場合、朝になると身体の調子が悪くて家を出られないことが多い。しかし、「怠学」の中にも身体の不調を訴える例がある。しかし、それらは「夜遊び、夜ふかし、食生活の乱れ」等の生活習慣に起因する。そういう者は、「学校へ来ると元気」であったり、「夕方には元気になって外出する」ことが多い。 (自律神経失調症などの病気で、「朝に体調が悪い」場合もある。) 【不登校】 《学校を休んで、何をしているか》 ・一日中、家の中にいることが多い。  外出しても、一人ですごす。 《本人の傾向》 ・真面目な態度、成績も中以上が多い。 ・それまで休まず、「問題のなかった子」「良  い子」が多い。(小・中学校で不登校の経  験がある場合もある) ・登校できない原因がはっきりしないことが  多い。 ・「登校する」約束を破った後、教師に対して  不安・緊張を示す。 ・学校の話になると緊張したり、後で状態が  悪くなったりする。 ・家庭内暴力を伴うこともある。 《家庭の傾向》 ・登校していないことを親は知っている。  苦慮しており、家庭の雰囲気が暗い。 ・教育に熱心な家が多く、不登校についても  積極的に相談してくる。 ・母親は過保護・過干渉型で、よく子供の  世話をする。 ・父親はまじめで仕事熱心だが存在感が  薄い。 《親子の関係》 ・つながりが深く、緊張感高く、  はりつめた雰囲気。 《指導の方向》 母親の心の安定 本人の自立の援助・受容 【怠学】 《学校を休んで、何をしているか》 ・昼頃まで寝ていて、遊びに出歩く。  繁華街・友人の家・アルバイト等に行く。  テレビゲ ームで遊ぶ。 《本人の傾向》 ・勉強に身が入らない(授業で寝る)、  成績は概して悪い。 ・友達から軽視されていたり、教師から注  意されることも多い。小学校から、よく休  んでいる場合が多い ・その場しのぎの登校できない原因を言う。 ・「登校する」約束を破った後、平気な様子  である。 ・学校の話をしても強い反応を示さない。 ・家庭内暴力を伴うのは少ない。 《家庭の傾向》 ・登校していないことを親が知らないことも  ある。困り方が他人事のようなこともある。 ・教育に対する関心が低く、専門機関等に  相談に行ったりしない。 ・母親は無力で甘い人が多い。 ・父親の家庭への関心が薄い ・概して高年齢である。 ・家庭内が複雑・不安定。 《親子の関係》 ・関係・関心が薄く、もたれあい、  けだるい雰囲気。 《指導の方向》 親の責任の喚起 生活の立て直し http://www.osaka-c.ed.jp/matsubara/soudan/tayori2.html

給食の「おかわり」を教師が仕切る

 『教室ツーウェイ』11月号より。 <色:#0000ff>「おかわり」を教師が仕切る ~向山式おかわりシステムで平等を保証し、学級統率の基礎を築く~  給食における「弱肉強食」とは、「強い」やんちゃ坊主が好き勝手に「おかわり」をしていく状況をさす。  「食べ物」をコントロールできなければ、集団は統率できない。学級崩壊への道に進む可能性が大である。  では、「おかわり」のシステムをどうしたらいいのか。教師が仕切るのである。以下、手順を示す。  まず、食べ始めの前の指導である。  1年生の初期を除いて、配膳は給食当番を中心に子ども達に任せる。どのおかずも少しは余るくらい配るように指導する。  配膳が終わった時点で次のように言う。 「他の人と比べて、少ないなと思うものがある人は、もらいにいらっしゃい」  教師が判断して、追加をする。もちろん極端に多い子のものは減らす。これにより最初の平等性を確保することができる。  「減らしたい子」には、「いただきます」の後に、自分で戻しにこさせればいい。平等だからと言って、全員に同じ量を強制するわけではない。  次に「おかわり」である。これは教師の指示があるまでさせない。  「おかわりについて、言います。まず、野菜サラダがたくさんありますから、誰でもどうぞ」などと言う。  「誰でもどうぞ」とは、その後のおかわりに関係なく、できることを意味する。通常、希望者全員に分けても、さらに余る。  続いて「選びおかわり」になる。ここが最も大切なところだ。  「残っているものを言います。スープがオタマ5杯分くらい。イカリングが1つ、パンが2枚、牛乳1本。サラダがさっきのおかわりで3人分くらいです」  「一人、1つを希望できます」と言って、「スープがいい人?」と挙手させる。まだ、配らずに、全品目を聞く。手の上がり方(人気のバランス)を子ども達にも見るようにさせる。予備調査になっているからだ。  1つしかないイカリングに5名が希望したとする。ジャンケンで1人のものとなり(半分にして2人にしてもいい)、負けた4名(3名)はもらえないことになる。子どもによっては、そのリスクを避け、確実に少しはもらえるスープに代えてくる。  さて、実際のおかわり配分になる。「スープ」「野菜サラダ」のような、「個数でなく量」の物からする。出てきた子に等分する。正確に言えば、少し残る状態にする。  パン2枚に4人が希望したら、半分ずつにする。適当にちぎって、4人のジャンケン勝者から取らせれば文句はない。  人気のイカリングは最後にする。そうしないと、ここでジャンケンに負けた子が、次のおかわりに入ってくるからだ。  ジャンケンで負けても権利の行使1回分であることは、最初に告げておくので、このような「ズル」が生じないように教師が気を配るのだ。重要なことだ。  さらに残ったものを、再度「選びおかわり」をしてもいいし、「全てを食べ終わった子からどうぞ」と言って、少しずつ取らせてもいい。先ほどイカのジャンケンで負けた子が、希望すれば少しは「スープ」をもらえることにもなる。

給食が弱肉強食になっている

 『教室ツーウェイ』2009年11月号より、伴佳代先生の記事から引用。  給食の時間が「弱肉強食」になっているクラスは、すべてにおいてすさんでいるのですよね。そんなクラスは学習する雰囲気ではなく、学力も低いでしょう。  詳しくは、本誌をお読みください。 <色:#0000ff>「給食のルールは、教師が決める ~どの子もしっかり給食を食べる権利がある。おかわりも平等に向山式で分ける。給食のルールを作れるのは、教師だけだ~」 1 すさんだ給食時間は、みんなが不幸  ずいぶんだいぶ前のことであるが、赴任していた学校の6年生が学級崩壊状態であった。当時私は5年生担任で、たまたま通りかかったドアの窓から、驚く光景を見た。  男の子が一人、机の上に立ち、そこから食べ終わった皿をブーメランのように投げて、食器のかごに片付けて(?)いたのだ。他の子も立ち、はやしたてたりガッツポーズをしたりしている。歩きながら食べている子が普通に見えたくらいだ。  私がドアを力一杯ガラッと開けると、一瞬しんとなった。 「何をやっているの?先生は?」  悪びれもせず、「そこ(にいる)」と指す子どもたち。立ち歩く子どもで見えなかったが、なんと、担任が、食器かごの周りの床を、雑巾で拭いていたのだ。  こんなすさんだ学校生活は、担任も子どもも不幸である。学級崩壊の芽は、小さなうちにつみ取り続けないといけない。 2 根気強く、崩壊の芽をつみ取る  ある年の始業式の翌日、給食が始まった。各班の給食の様子を眺めてまわり、驚いた。  デザートのクレープを、3個持っているやんちゃA君。どうしてかと聞くと、 A「こいつとこいつから、もらった。嫌いなんだって」 私「勝手にあげたりもらったりしては、いけません。返しなさい」 A「はぁ?なんで?食べきらんって言いよるから、いいじゃん!」 私「ダメです。返しなさい。あなたたちもあげたかも知れないけど、中身が何かも分からずあげるなんて、変じゃない?」 A「去年は自由でした」 私「去年は、去年。今年はしばらく、先生が決めます」  ぶつぶつ言いながら、ぽいっと投げて返すA君。「友だちのことをこいつと呼ぶなんて、食べ物を投げるなんて」言いたいことはたくさんあるが、指導事項を1つに絞る。別のやんちゃ君も、クレープをもらっていて、返していた。きっと「クレープ嫌いだろ?」と言って強制的にもらっていたに違いない。  翌日の給食、減らしたり増やしたり、全て私が調整する。残りは、向山式で分ける。  また、各班を見回ると、今度は「のり」を取り上げていた。 私「返しなさい」 A「はぁ?のりもダメ?」 私「当たり前です。○○さん、食べてごらんなさい。きっとおいしいよ」 A「のりもダメなんてだって。あぁ、去年が良かった」  他の子も同調して、机をバンバンたたく。「バンバンしない」その子の腕をつかむ。  毎日毎日、同じ指導を繰り返す。「守っているだろう」という油断が、崩壊の芽を育ててしまうので、注意。  2ヶ月も続ければ、新しいやり方が当たり前になる。ジャンケンでデザートをゲットしたり大きなおかずを山盛りおかわりしたりして喜ぶ、可愛いやんちゃ君になる。

授業が上手い先生は言葉がシンプルで短い。駄目な先生ほど話が長い。

 「教室ツーウェイ」(明治図書)の11月号が届いた。でも、10月号からの引用。詳しくは、本誌をお読みください。  教室が荒れる。子どもたちが反乱する。学級が崩壊する。それを防ぐには、子どもが熱中する授業をするしか方法はない。  40歳をすぎたヴェテラン教師が、子どもたちの反乱にあっている。子どもを叱り、どなり、おどかして一時しのぎをしているが、いずれ大きな反乱を招くことになる。  校長の中には「もっと強く叱りなさい」と、どなりつけることをすすめている人もいるが、その時だけはどうにかなっても、やがて、もっとすごい崩壊に出会うことになる。  すぐれた教師は、どなることなど一度もなく、いつも笑顔で子どもに接している。  もしも、退職までやりがいのある教師生活送りたかったら「子どもの反乱」の根本問題を克服する必要がある。  子どもが反乱するのは「授業が分からない」「授業がつまらない」「叱られてばかりいる」からである。つまり、教師の授業が下手であり、学級経営の技量が低いからである。どれくらい低いかというと、100点満点で6点ぐらいの腕しか持っていないということなのだ。  もちろん、原因がある。それは、これまで「授業のやり方」について、学んでこなかったからである。だから、どのようにしたらいいのかという知識がない。そして、その知識を使いこなす技能がないのだ。 ・授業についての知識がない。 ・授業のやり方についての技量がない  だらか、子どもが反乱するのである。授業についての技量は、研究授業を500回ぐらいやれば、少しは身につく。毎年1回、30年間で30回しかやらないのであれば、それはとても低いレベルなのだ。まして、毎年1回の研究授業をしないのであれば、犯罪というようなレベルだろう。  もっとも、上級者の指導のもとに「研究授業的模擬授業」をやれば、50回ぐらいで初歩のレベルは達成できる。  この時大切なのは、上級者の指導があるということだ。上級者とは、その場で、自分が代わりに授業をやってみせる人である。口だけの人は駄目だ。口だけの人は、間違ったことを言う人が多い。  この中で、気になるのは、 ・授業についての知識がない。 ・授業のやり方についての技量がない  という部分と、  この時大切なのは、上級者の指導があるということだ。上級者とは、その場で、自分が代わりに授業をやってみせる人である。口だけの人は駄目だ。口だけの人は、間違ったことを言う人が多い。  という部分だ。

「新人戦」と「セリグマンの犬」

 秋は全国的に部活動の新人戦の季節だと思う。  新人戦に、某中学校のオマケとしてついていった。  空いている時間に中学1年生に、戦術を教えてあげようとした。そうしたら、一生懸命聞き入る子がいる中、教わる前から「自分はバカだから、分からない」と決め付けている生徒がいた。  これは、これまでの学習で、勉強が苦手な子は、「自分は勉強ができっこない。」という「出来る子は出来る、出来ない子は出来ない」という指導が染み込まされてきたのだろう。まさに「セリグマンの犬」だ!学校の授業において、「できる子はできる」「できない子はできない」という序列を作ってきてしまっている。  授業では「逆転現象」が起きるような(どの子でも活躍できるような、勉強が苦手な子でも活躍できるような)指導をしていく必要があるだろう。

新 授業の原理・原則10ヶ条

 『教室ツーウエイ』2009年10月号より「新 授業の原理・原則10ヶ条」。  これができているのと、できていないのでは、教師力にだいぶ差がある。 1 1時間の授業に安定した流れがある 2 発問指示は何度繰り返しても同じことばで言える 3 作業指示・活動指示が明確である 4 説明がシンプルであり言葉が極めて短い 5 個別評定があり多くの子をほめている 6 きれいでていねいなノートを全員が書いている 7 授業の流れが骨太であり脱線をしない 8 変化のある繰り返しで全員を習得させている 9 授業時間がのびない 10 いつも笑顔で子どもをどならない

崩れる学級を防ぐ教師の統率力

 『教室ツーウエイ』2009年10月号の「編集前記」からの引用。詳しくは、本誌をお読みください。  う~ん、考えさせられる内容だ。勉強しない先生がいるから「教員免許制」ができたのでしょうね。(でも、今の教員免許制は、教師が充分に勉強できているとは思えないが・・・。)   学生時代から願ってあこがれの教師になった若い人が、5月の連休の頃には音を上げている。クラスが、混乱状態だからだ。  長い間、上手にクラスをまとめてきたと思われるヴェテラン教師が、教室で毎日のようにどなり散らしている。やんちゃ君に手を焼いているからだ。  原因が分かり、その対策をしていけば解決できるのだが、原因をさがそうとしなかったり、とんでもないことを原因にしているために、クラスの荒れは、ますます激しくなっている。  新卒教師が、管理職から「甘いからいけないんだ。もっときびしくやりなさい」と言われ、大声で叱りつけているうちに、クラス全員から反乱されてしまった例も多い。  50歳をすぎると、「もうやっていられない。退職したい」という人がけっこういる。  反対に「教師になってよかった。毎日が楽しい」と充実した生活をしている新卒教師や、「あと8年間の教師生活を、もっと勉強して、いい授業がしたい」と、いきいきとすごしているヴェテランもいう。  暗い教師人生と楽しい教師人生の違いは「教師自身の勉強」の違いである。  研究授業を逃げまわったり、教育書をほとんど読まなかったり、身銭を切ってセミナーに行ったことのない人の多くは、暗い人生を送る。  自分が研究授業をしたり、「これはいいと思える教育書」を読んだり、身銭を切ってセミナーに参加したりする人は、楽しい教師人生を送る。子どもや、親に感謝され、県内にも、全国にも、多くの友人が生まれる。  教師が勉強して教師が変わるから、授業が変わるのである。授業が楽しくて、知的で、テンポがよくなれば、子どもが変わる。  教室が荒れる教師は「自分が変わらないで、子どもを変えよう」としているのだ。これでは、失敗する。駄目だ。 

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「問題解決学習」と「セリグマンの犬」

 今の子どもたちの行動をちょっと考えてみたい。  昔の子は、何事にも一生懸命やっていた。でも、今の子は、ダメだと思ったらやる前でもすぐにあきらめてしまう傾向にある。  これは「セリグマンの犬」だと思う。 「Wikipedia」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E7%BF%92%E6%80%A7%E7%84%A1%E5%8A%9B%E6%84%9F 「gooヘルスケア」 http://health.goo.ne.jp/mental/yougo/017.html 「叱ってばかりいませんか?」 www.sportsnet-japan.com/Free/Psychology/20030226-191327.html  見かけだけの「問題解決学習」により「エラーラーニング」で授業を教わっている。わざと間違えさせるばかりで、うまくいく経験をさせない。塾に行っている子は解決方法を知っている。(小学校教師は、本当の「問題解決学習」を学んでほしいものである。)  そして、やっても無駄だ、努力しても駄目だ、自分で一生懸命考えても報われない、という経験を積んでしまった。  エラーレスラーニングをしなければ、やってもできない。ダメだという「学習性無力感」を養ってしまうだろう。  指導法を考えてほしいものである。

児相が共通番号 虐待通報、子育ての悩み 電話して

 厚生労働省は28日、児童虐待の通報や子育て相談などに対応する児童相談所に電話しやすくするため、自動的に管轄の児童相談所につながる全国共通の電話番号を導入すると発表した。運用は10月1日午前10時からで、24時間対応する。番号は0570(064)000(有料)。  固定電話からかけた場合は発信元の市内番号から管轄の相談所を割り出して転送。携帯電話の場合は、ガイダンスに沿って地域の郵便番号を入力してもらい、管轄相談所に振り分ける。PHSやIP電話からは利用できない。  同省によると、虐待による児童の死亡は年間50件程度。このうち2割弱は事前に児童相談所や市町村などの関係機関が関与していなかった。相談所によって電話番号がばらばらで認知度が低く、近隣住民らが虐待に気付いても通報しない例もあったとみられ、共通番号の導入を決めた。 
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