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スティーブのりんご

 『月刊JTU』2011年12月号より、伊藤宏一氏(千葉商科大学大学院教授)の記事の紹介。

 ニュートンはりんごが木から落ちるのをみて、万有引力の法則を閃いたという。りんごの落下の力は惑星に対する地球の引力と同じであり、自然は機械的な運動で説明可能となった。彼はケプラーやガリレオを統合してデカルトの夢だった法則を発見し、近代の実証主義と数学還元主義を構築した。物理的数値への一切の還元は、個別事象の質的差異も固有のアートや文化も排除することになる。単なる物体としてのりんごの認識は、今日のグローバル化や世界のフラット化の基礎的原理となっていった。
 スティーブ・ジョブズは違っていた。彼はコンピュータを「中央集権の権化」「官僚的管理のツール」から「個人の表現や解放のシンボル」にしようとした。作った会社は「りんご」つまり「アップル」コンピュータだった。「僕は果食主義を実践してたし、りんご農園から帰ってきたところだったし。元気がよくて楽しそうな名前だし、怖い感じがしないのもよかった。アップルなら、コンピュータの語感が少し柔らかくなる。」ジョブズにとってりんごは命の糧であり、カリフォルニアのローカルな個性の刻印であり、美の対象だった。そして彼はアートする心を持ち、若い頃傾倒した禅の直観性とシンプルさがお気に入りだった。彼の結婚式では曹洞宗の千野弘文師が、木魚をたたき香をたき、お経をあげて祝福した。「日本の禅宗はすばらしく美的だと僕は思う。」シンプルの本質は「多いほどよい」ではなく「より少ないことはより豊かなこと(Less is more)であり、それは無駄を削ぎ落とす禅の精神でもあった。
 「マイクロソフトの唯一の問題は特徴がないことだ。まったく味がない。これは些細なことではなく、彼らには独自のアイデアがあるとは思えず、製品にほとんどカルチャーが吹き込まれていないというほど大きな意味だ。」
 「多くの人にとってデザインという単語が意味するのはほんの表面のことにすぎない。・・・私にとってデザインよりも深い意味を持つ言葉はない。・・・人間の創造のコアの部分、魂、そういう意味なんだ。」
 デザインという人文学的な価値がITを主導する発想、効率や利益よりも独自のいい製品を作ろうとする職人気質、ビジネスマンではなく生活文化としてのシンプルなコンピュータ、これらがスティーブのりんごに凝縮されている。それは、21世紀が本質的に求めている世界に他ならない。
 ・・・合掌。
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ハインリッヒの法則・・・ヒヤリ・ハット

 『教室ツーウェイ』2012年1月号より、大森 修先生(長岡造形大学教授)の引用。詳しくは本誌をお読みください。

 大分県の小学校で小学校二年生が死亡した。昨年のことである。水泳の授業中におぼれて死亡したのである。
 教師にはどのような責任があるのか。
 報道によれば、「監視」していた三人の教師には次のように判決があった。
・男性教諭(51)罰金60万円
・女性教諭(26)罰金50万円
・男性臨時講師(35)罰金50万円
 学校事故での判例は教師の責任を認定する方向にあるといってよいであろう。
 例えば、である。
 教師が、忘れ物に気がつき職員室もしくは忘れた物品がある部屋に取りにいった。その間に、子どもがふざけあった。A子が用紙を振ったらB子の眼球にあたり角膜を傷つけた。その結果、B子の視力が著しく低下をした。このような場合は、教師の注意義務違反が問われることがよく知られている。
 また、体育で水泳授業での走り飛込みや準備運動としてうさぎ跳び(通称)をしてはならないことも周知のことであろう。学校は注意を怠ればいつでも事故が発生する状態にある。
 教師であるならば次を体験したことがあるはずである。
 ヒヤリ・ハット
 1の重大な事故の裏には、29の軽微な事故、さらに300のヒヤリ・ハットがあるといわれている。ハインリッヒの法則として広く知られている。
 教師であればヒヤリ・ハットを経験していない者はいない。しかし、である。どのような学校事故が裁判になり、どうのような責任が問われたのか。このようなことを学ぶ機会はないに等しいのが現実だ。

カウンターが2000

 アクセスカウンターが「2000」・・・ちょうど、区切りがいいじゃない!!

新教科書は向山型国語を後追いしている

 『教室ツーウェイ』2012年1月号より、大森 修先生(長岡造形大学教授)の記事。
 詳しくは本誌をお読みください。

 新教科書になって、何人もの教師が言っていることがある。
「教科書が終わらないかもしれない。」
 「かもしれない」というのは現在進行中だからである。指導計画に照らして、深度が遅れているのかもしれない。
 では、国語はどうだろうか。算数で言うような声は、ほとんど聞かない。なぜなのだろうか。
「算数のように、子どもにできるようにする事項がない。」
 教師自身が「にがて」と思う教材であれば新出漢字や語句を教えて、後は音読して終わりにできる。
 ある県の指導主事は「全部の教材を授業する必要はない」と指導していると聞いた。であるとすると、先のような教材の箇所があってもよいと考える教師がいても不思議ではない。
 国語の授業を熱心にしている教師が興味深いことを言っていた。ある教科書会社の指導書は、10時間以上を配当している教材は、数えるしかないと言う。「単元学習」のような授業はできない時数になったとも言っていた。
 教師が注目するのは「学習のてびき」の変化であろう。
□活動を指示するものから発問や具体的な指示に変化
□教えるべき言葉や内容も明示
□言語技術の明示
 教科書の編集者によれば、若い教師が大量に増えたのでどのように何をすればよいのかが分かるようにしたという。「どのように何をしたらよいか」というが、「何のために」したのかである。
「言語力の育成のためである。」
 言語力の育成は、新学習指導要領の眼目のひとつである。全教科を通じて言語力の育成を図るための工夫がなだれているのもこのためである。「学習のてびき」で示されている指示や発問が言語力育成という観点から記述されている場合が多いのもこのためである。ツーウェイの読者ならば、すでに気が付いているはずだ。少なくともM社やT社の国語教科書の学習のてびきで示されている指示や発問は、向山型国語が開発してきた指示や発問である。向山型国語にようやく教科書の学習のてびきが一歩近付いた。
□向山型国語の指示・発問は、だれでも追試できる。
□向山型国語の指示・発問は、子どもに言葉の検討を促し、言語力を育成する。
□向山型国語の指示・発問は、いくつもの教材の全指示・全発問を提示している。
□向山型国語の指示・発問は、新しく教材として登場した教材(とくに伝統的な言語文化)まで提示している。
 単元学習に代表される「言語活動主義」の授業では、教科書は終わらない。授業研究会での公開授業で指導案に記載されているように最後まで展開された授業を見たことがある教師は皆無に近い。
 言語技術教育にシフトした新教科書の授業には、言語技術教育をしてきた向山型国都がつくりだした指示・発問がふさわしい。
 伝統的な言語文化の授業が学習指導要領では新事項なので、以下に示す。
 □伴一孝氏の「平家物語」の授業
 伴氏の「平家物語」の授業は実にシンプルである。題名の横に鉛筆で小さな○を十個書かせる。
■「平家物語」を読みます。先生の真似をして読んでごらんなさい。(追い読み)
■「平家物語」の現代語訳を読みます。(追い読み)
■先生が原文を読みます。みなさんは、その現代語訳を読みなさい。
■みなさんが原文を読みます。先生は現代語訳を読みます。
 これで終わりである。これで授業は終わりなのだが、子どもは終わらない。まだ塗っていない○を塗り終えるまで読む子どもが続出する。暗誦するまで読む子どもも続出である。暗誦が伴学級の文化となっている。
 □「やまのあなた」
 カール・ブッセ作、上田敏訳で知られる詩である。
■人(ひと)が三回出てきます。どの人(ひと)と人(ひと)が同じですか。
■一番目に出てくる「ひと」は、何と言ったのですか。
■二番目に出てくる「ひと」は、だれと何をしたのですか。
■「に」という言葉の意味を、「五十軒に余りがある」という用例を参考にしながら書きなさい。
 これは向山氏が出題した問題である。発問としても使用できる。骨格が明確な設問である。
 □百人一首
 五色百人一首をしている学級は、遊びで授業の目的を達成している。教科書に掲載されている中から一ないし二首を取り上げて検討したらよい。すでに、授業もある。新教科書は、向山型国語を後追いしている。

児相はなぜ「命」守れないか

 2011年12月18日の朝刊に、「ニュースを問う 名古屋市・中2暴行死」という特集が出ていた。
 児相もケースが多く大変だろうし、家庭にどこまで入っていいのかということもあるだろうし、大変だと思う。
 もやもやが残る事件だった。

 名古屋市名東区で中学2年の少年が母親の交際相手に暴行されて死亡した。わが子に暴力を振るう男と別れることができなかった母親。虐待されていることが分かっていても救えなかった児童相談所。既視感のある事件がまた起きた。腫れ物に触ることを恐れていては子どもの命は守れないはずなのに繰り返された。何が足らないのだろうか。
 10月22日朝、名東区の市営住宅で服部昌己君(14)が倒れたまま動かなくなったのを母親(38)が発見して119番した。昌己君は間もなく死亡し、胸を数回蹴ったとして傷害の疑いで同居していた母親の交際相手、酒井秀志被告(38)=傷害致死罪で起訴=が逮捕された。
保護の判断誤る
 すぐに同僚記者が市中央児童相談所(中央児相)に向かった。私たちは「死亡という最悪の結果に至る前に日常的な虐待があったのではないか」と推測していた。名古屋市内では、児童相談所が虐待を把握しながら子どもの命を守れなかったケースが過去十年間に7件も相次いでいた。
 やはり、中央児相は今年6月~7月に、学校や地域の人から「昌己君の顔に殴られたような傷がある」と少なくとも3回の通報を受け、職員が家庭訪問していた。
 市のマニュアルでは、子どもが顔などに暴行を受けた場合は一時保護を検討すると定められている。しかし中央児相は、家庭訪問した職員に酒井被告が暴行を認めて反省し、昌己君も家庭を離れたがらなかったとして、一時保護を見送り、警察への通報もしていなかった。
 酒井被告の「しつけ」と称して虐待を繰り返す言葉や、思春期の少年が暴行を受けてもなおとどまらなくてはならない家庭に中央児相はなぜ疑問を持たなかったのか。
 市営住宅に母親を訪ねると、ベコベコにへこんだ冷蔵庫や食器棚に目を見張った。「酒井(被告)が殴った跡です。気に入らないことがあるとすぐにキレた。私や昌己に『しつけ』と言って手を出すこともあった」と母親は話した。「酒井は二十代で暴力団に関わったと話し、覚せい剤もやってまともに仕事もしていなかったけど、おとこ気があるように見えた」
 十年ほど前に昌己君の実父と離婚したいという母親の腕には、リストカットと呼ばれる自傷行為の痕がいくつも残っていた。私は、母親の不安定な精神状態を案じながらも「なぜ昌己君が亡くなるまで別れられなかったのか」と質問を続けた。だが返ってきたのは「彼を好きだったから」という答えだけだった。
 この母親は息子の死亡という事態を経なければ酒井被告との関係を解消することができなかった。つまり、中央児相が暴力はしつけではなく犯罪であると断じて、昌己君を救うしか手はなかった。
検証委は非公開
 一時保護とは子どもを家庭から引き離す強硬措置であり、家庭の修復も担う児相の現場職員が積極的に決断できないという事情も分かる。だからこそ担当者だけでなく上司や同僚を交えた会議を経て所長が決定すると法律で定められている。
 だが中央児相の金山学所長は一時保護を検討する緊急会議に参加することはなく、現場に判断を委ねてきた。金山所長は取材に「週1回の定例会議には出るが、緊急会議には出られない。私が全てを把握するのは難しい」と釈明した。同じ政令市の横浜市を含め他の市県では所長が緊急会議に加わる所もあり、むなしい言い訳に聞こえた。
 市は11月下旬、児童虐待防止法で義務付けられている外部有識者による検証委員会を設置し、再発防止に向けた議論を始めた。しかしながら委員の自由な議論や関係者の個人情報を担保するためとして、検証委の会合は非公開で、委員の氏名も公表されていない。
 一人の、将来がどれだけでも開けた少年の命が奪われたのだ。だが、市はこの期に及んでも、児相のどの立場の人がいつどこで判断を誤ったかといった問題を密室に封じ込め、市民の目から覆い隠そうとしているようにさえ見える。二度と事件を起こさないという決意が見えない。
(相坂 穣)

楽しい授業にするために振り返りたい4つのポイント

 『教室ツーウェイ』(明治図書)2011年1月号より、井戸砂織先生(愛知県豊田市元城小学校)の記事。
 詳しくは、本誌をお読みください。

 「外国語活動で子どもたちがあまりのってこない!」そんなときは次のことができているか振り返ってみよう。
1 教師自身が楽しそうに授業をしているか
 教師自身が楽しそうに授業をしているか。それは、まず、表情でわかる。基本は笑顔!時に驚いたり、時に喜んだり。子どもたちの前でいきいきとした表情を見せたい。
 次に、声。はっきりとした明るい声が基本!声の出し方でも授業の楽しさが伝わってくる。
2 授業の内容が楽しいか
 例えば単語練習。フラッシュカードを使ってただ教師に従って繰り返すだけではつまらない。子どもたちは単調な練習を嫌う。大切なのは変化のある繰り返しだ。「男子だけ」「女子だけ」「グループごと」などに加え、「ひらひらカード、一瞬カード」などゲーム性を入れる。子どもたちの声はぐんと大きくなる。早く答えられた子を「Good!」と力強く褒めるのを忘れない。子どもの意欲がぐんと増す。
 Where do you want to go?(どこに行きたい?)という会話。ただ発和するのではなく、ジェスチャーを入れる。「where」で探している様子。「want」で両手を合わせ、「~したい」という願望を表す。「go」で歩く動作。動きを入れるだけで、ぐんと楽しくなる。
 行きたい場所の単語は「外国」だけでなく、「都道府県」や「市町村」「自分のまちのみんながよく行く場所」なども楽しい。新出では、「外国」、復習ではそれに加え、「都道府県」など他の地名や遊園地などを入れるという手もある。
 教師がどこかに行ったときの写真(できれば海外!)をぜひ準備し、子どもたちに見せよう。子どもの目が輝くにちがいない。
 Where is ~?(~はどこ?)では、教室を動物園にみたて、動物カードをいろいろな場所に置き、自由に歩かせて会話させると楽しい。一方が「ライオンはどこにいる?」と聞き(もちろん英語で)、他方が「Go straight. Turn right.」などと答え、その場所まで二人で行く。私の授業を見た同僚は廊下まで使ってやったという。
 子どもたちがわくわくする楽しさを常に追求したい。(動物の単語を使うのは荻野珠美氏の追試)
3 授業の内容がわかりやすいか
 2の内容は、授業をたのしくするための工夫であるだけでなく、授業をわかりやすくする工夫でもある。
 さらに、教師の言葉を短くする。わからない英語を長々と聞かされるのは苦痛である。
 また、ダイアローグ練習では、必ず「状況設定」を行う。ダイアローグの意味や使う場面が直感でわかるようにするのである。
 難しく考える必要はない。例えば、What's this?と言い、dog(犬)のフラッシュカードをちらっと見せる。子どもたちは「Dog!」と答えるだろう。すかさず、「That's right!」と笑顔で褒める。カードを変えて数回これを繰り返せば、「これは何?」ときいているのだということが直感でわかる。
4 自分自身が「楽しい!」と思える授業を見たことがあるか
 セミナーやサークルで学ぶ良さは自分が「楽しい!」と思える授業に出会えることである。「楽しい!」と思った授業をどんどん追試しよう。

すべての子どもが共に楽しめるボディパーカッション教育

 明治図書より、2011年12月1日、メール。久留米市立小森野小学校教頭の山田 俊之先生の「すべての子どもが共に楽しめるボディパーカッション教育」。
 ボディパーカッションなら微細運動障害の子どもでも活動ができますよね。
様々な個性をもった子どもたちが一つの教室に
 近年、教育界では特別支援教育がクローズアップされていますが、それは、様々な支援を必要とする子どもたちが、一つの教室の中で、ともに学ぶ機会が増えているからではないでしょうか。
 同じ教室の中にも、足が速い・遅い、計算が速い・遅い、歌や楽器演奏が得意・苦手など、様々な子どもたちがいるように、発達障害に関しても、注意散漫、教室から飛び出す(ADHD:注意欠陥多動性症候群)、自己表現が苦手(高機能自閉症)、会話がかみ合わない、急に怒り出す(アスペルガー症候群)、教科書が読めないけど会話は普通(LD:学習障害)、言葉が出ない(聴覚障害)、予定が変わると不安(自閉症)……など、様々な特徴的な症状がある子どもたちがいるのです。
 そこで今後は、様々な個性をもった子どもたちと共に生きる社会を創り上げる、という考え方が必要になってくるのではないでしょうか。そんな考えのもと、障害のある子どもだけでなく、健常児も含めて、すべての子どもにとって楽しく生き生きとコミュニケーションが取れる教材として私が活動しているのが、「ボディパーカション教育」です。
 ボディパーカッションは、今から25年ほど前、当時私が小学校4年生の担任だった際に、今なら発達障害と診断されていたであろうA男という子どもをきっかけに、クラスづくりの一環として行ったのがはじまりです。それからずっとボディパーカッション教育を続け、ボディパーカッション教育誕生20周年記念行事として養護学校の子どもたちと取り組んだ活動を、本日はご紹介しましょう。
養護学校の子どもたちとN響を共演させたい!
 NHK交響楽団第一コンサートマスター篠崎史紀氏は、私の活動する「ボディーパーカッション教育」の考えにとても理解を示して下さっており、これまでにも、小・中学生の子どもたちとN響が共演する「NHK交響楽団とボディパーカッション演奏会」を何度も実現させて下さいました。
 ボディパーカッション教育をはじめて20年ほどたった2006年、ボディパーカッション教育誕生20周年記念行事として、地元の小・中学生だけでなく、当時私が勤務していた養護学校高等部の生徒約20名も一緒に、NHK交響楽団トップメンバーとボディパーカッションを共演する、という計画が持ち上がりました。
 養護学校の子どもたちは、子ども2~3人につき1人の引率教師が必要になります。さらに、車いすや急に飛び出す可能性のある生徒に対してはマンツーマンの対応が必要なのです。そのためには各生徒個別の障害の状況を把握している10名以上の先生に引率をお願いしなければならないわけです。
 そんなハードルがあるにもかかわらず、養護学校の生徒と共演するアイデアを篠崎氏にご相談した際、篠崎氏は、「ヨーロッパではハンディキャップのある子どもたちが演奏会に参加することはよくあります。しかし、日本では何かトラブル起きたらと考え、主催者や会場責任者が心配して実現できていないのが現状です。私も是非やってみたいと思っています」と応えて下さいました。そして、目標は「NHK交響楽団と養護学校の生徒たちが、モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』で共演する」ということに決まりました。
大切なのは、子ども自らの意思ということ
 「とにかくチャレンジしてみよう!」まずは一歩前に踏み出すことを決心し、早速、養護学校の校長先生や、出演予定の高等部の先生方に相談しました。出演する生徒たちは、自閉症(広汎性発達障害)、軽度発達障害、情緒障害、ADHD、ダウン症、脳性まひ等の男女約20名です。先生方といろいろ話し合った結果、「演奏会本番では、養護学校の生徒がやらされている演奏ではなく、生徒自ら進んで楽しく取り組む演奏にしよう。そして、ステージ上には生徒のみの出演でやってみよう」という、大変前向きな意見になりました。
 無謀なのは分かっています。本来であれば、ステージ上立っている生徒の間に引率の先生を目立たないように配置しておけば、何か急にトラブルが起きても対応ができます。しかし、それでは生徒が自ら楽しむ音楽とは違う。
 養護学校の生徒が自分の意志で演奏会に出演し、ステージに立ち、NHK交響楽団の演奏を聴きながら自らの手拍子に合わせて共演する。生徒たちにはこの経験を通して、人前で自分の意志を相手に表現できる力を培って欲しいと思いました。
 練習は思ったより順調に進みました。ほとんどの生徒が、CDの演奏を聴きながら楽しそうに手拍子を打っています。ステージ上でも、引率の先生は車いすの生徒にだけつき、あとは生徒たちだけでステージに上がって演奏する練習を行いました。
 もちろん、満員の観衆の前で市民会館のステージに立ったとき、普段と違う場所のため極度に緊張すること考えられるため、結局、演奏会本番まで予想はつかなかったのですが。
主役は養護学校の生徒だから
 いよいよ演奏会本番の日を迎えました。プログラムは、第1部がN響とチェンバロの協奏曲。第2部が地元の小・中学生と聾学校の生徒の演奏、そして第3部が養護学校の生徒たちの出演でした。
 ところが第1部が始まる30分ほど前になったとき、養護学校の先生が、「男子数名が少し興奮状態になっています。それと、自閉の生徒も声を出しています。このままでは第3部まで待ちきれないかもしれません」と伝えてきました。
 実は、第1部で使用するチェンバロという楽器はとてもデリケートで、今はちょうどその調律が終わったところ。プログラムを変更すれば、再びチェンバロの調整をし直さなければなりません。どうしたらよいか…… 早速、篠崎氏に相談しました。すると、篠崎氏は、「この演奏会の主役は、N響ではなく生徒です。ベストの演奏会をめざして、養護学校との共演を最初にやりましょう。その後、チェンバロを準備している間は私が音楽の話をしましょう」と言って下さったのです。早速、舞台を第3部の形に再転換しました。準備が終わったのは本番10分前。養護学校の生徒たちがそれぞれ配置につくと、客席は温かい雰囲気に包まれました。
演奏後の子どもたちの誇らしげな姿
 さぁ、いよいよ開演です。急遽、プログラム変更のアナウンスが流れ、いよいよ演奏会がはじまりました。満員の観衆で、男子数名が少し興奮しています。私は生徒に目を向けながら、できるだけ笑顔で指揮台に上がりました。自分でも足がすくんでいるのが分かりましたが、篠崎氏に目を向けると、真剣な眼差しで大きく頷いてくれました。生徒たちも練習どおりの演奏をしてくれたら大丈夫。「よし! さぁはじめよう!」自分に呼びかけました。コンサートマスターの篠崎氏に合図し、指揮棒を振り下ろしました。
 その瞬間「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」のイントロのメロディーが耳に飛び込んできました。生徒たちが手拍子を構え、真剣に私を見てくれている。私が指揮棒を大きく振りながら、手拍子が入るタイミングを合図する。「うまく入ってくれ!
 1、2、3、ハイ!」心の中で叫びます。生徒の手拍子が一斉に鳴りはじめました。安堵する間もなくメロディーは流れていきます。
 自閉症のあの子は興奮して走り出さないか。気弱なダウン症の女の子は顔を上げて演奏できるか。声を出していた男の生徒は大丈夫だろうか。面倒くさがりの男の子は途中で座らないか。……養護学校で行っていた練習の様子が走馬灯のように浮かびます。
 私の不安を払拭するように演奏は進み、後半には私の不安も一気に吹き飛びました。あっという間に演奏が終わり、観客は静まり返り、一瞬間をおいて怒涛のような拍手が会場一杯に鳴り響きました。
 演奏終了直後、養護学校の生徒たちは誇らしげにステージに立ち、すがすがしい顔で観衆を見つめていました。その間ずっと拍手が鳴り続けていました。
すべての子どもが一緒に楽しめるボディパーカッション教育
 私にとってボディパーカッション教育は、一人のA男という子どもを何とかしたい!ということでスタートした活動ですが、この教育方法を25年にわたって実践する中で、ボディパーカッションは、障害のある子どもも健常児も、すべての子どもたちが楽しく一緒に活動できるものだということを実感しています。友達との一体感を味わったり、コミュニケーションを楽しめる教材として、ぜひ、次世代の教育現場を担う教師の方々へ伝えたいと考えています。
山田 俊之(やまだ としゆき)
 久留米市立小森野小学校教頭。九州大学大学院人間環境学府教育システム専攻修士課程修了。1986年11月、小学校4年生の担任の時、学級活動の中で誰でも簡単にできる手拍子、ひざ打ち、おなかを叩く、声(ボイス)を出すなどのリズム身体表現を「ボディパーカッション」と名付け教育活動を始める。その後、現職教諭として小学校、養護学校(知的障害)、聾学校(聴覚障害)、学童保育所などの教育現場でボディパーカッション教育を取り入れた実践を行う。
 平成21年度NHK障害福祉賞最優秀受賞。平成23年度読売教育賞(特別支援教育部門)最優秀賞。
 平成17年度文部科学省検定済小学校3年音楽科教科書「音楽のおくりもの」(教育出版)にボディパーカッション曲「花火」、平成24年度特別支援教育文部科学省編集中学部音楽科教科書「音楽☆☆☆☆」にボディパーカッション曲「手拍子の花束」が採用される。

田舎の民家で修学旅行

 2011年12月9日の朝刊に「田舎の民家で修学旅行」という記事が載っていた。修学旅行で民泊が流行らしい。
 思えばちょっと前になるが、自分も民泊の修学旅行を計画したことがあった。
 目的地は、「北海道 長沼町」。長沼町は、「総合的な学習」をにらみ、「農業体験ができる」ということを売り込みにして、町全体で農家民宿を始めようかな、と計画している時だった。したがって、まだ受け入れはしていなかった。自分の計画したものが、初めての受け入れということだ。
 旅行業者はJTB(橋本さん・・・その後、橋本さんはこの業績で、偉くなったらしい)。下見で、札幌国際観光株式会社(桑原さん)始め、「JAながぬま」「長沼町農政課」の方々が、「ハイジ牧場」を始め色々な施設を紹介してくれた。
 修学旅行当日は、子どもたちは、各農家に民泊し、農業体験をした。自分たちは、生徒たちの活動場所の訪問のほか、町長さんをはじめ、教育長さんなども訪問。
 珍しいということで新聞社やテレビ局の取材が入った。
 懐かしい思い出だ。
 その後、全国各地から長沼町に修学旅行がたくさん訪れ予約がなかなかとれないほどの人気だと聞いた。

宿泊し絆深まる
 生徒が田舎の一般家庭に寝泊まりしながら、漁業や農業を体験する民泊型の修学旅行が増えつつある。自然に触れたり、大家族の温かみを感じたり、“成果”はさまざま。修学旅行から戻った後も連絡を取り合うなど、受け入れ先との間に絆が生まれている。 (細川暁子)
漁業や農業体験/地方活性化にも 「キャー、釣れた」。長崎空港からバスと電車を乗り継いで約三時間。長崎県松浦市の今福港で先月中旬、修学旅行中の露木詩織さん(16)らがはしゃいでいた。神奈川県立西湘高校(小田原市)の二年生だ。
 生徒は三泊四日の行程のうち、三~五人のグループごとに同市内の民家に一泊。お年寄りと一緒に郷土料理を作ったり、地元の漁師と一緒にカゴ漁やタコ漁を体験した。
 同校が修学旅行に民泊を取り入れたのは今年が初めて。四コースの行き先のうち、一つに民泊を導入した。当初は人数が集まらないのではないかと心配したが、約三百人のうち四分の一が民泊を選んだ。「ホテルよりも、赤の他人の家で交流したいと望む生徒が意外に多いことに驚いた」と同校の金原史忠教諭は話す。
 財団法人「日本修学旅行協会」(東京都中央区)によると、ここ数年、小中高校の修学旅行先の上位は京都など従来の観光地で、民泊を取り入れているのは全体の1%程度。微増傾向にあるが、まだ少数派だ。そんな中、民泊を導入した理由を金原教諭は「核家族化で祖父母との触れ合いが少なくなっている中で、世代を超えた交流が生徒たちのいい経験になると思った」と語る。
 東京都の広尾中学校(渋谷区)の三年生約八十人も今夏、修学旅行で滋賀県米原市の伊吹地区の民家に二泊した。山あいの集落で過疎化が進み、兼業農家が多い地域だ。
 生徒らは三日間の行程のうち、二日目はそれぞれの受け入れ先の家庭で過ごした。ウメの収穫やカイコの飼育をしたり、竹を割って流しそうめんを体験。川に乱舞するホタルを見るなど田舎の生活を満喫した。別れ際はバスの出発直前まで宿泊先の家族の手を握り、目に涙を浮かべる生徒もいたという。
 連絡先を交換し、東京に戻ってから交流を続けている生徒も。三世代、六人家族の家に泊まった山田実里さん(15)は九月下旬に、仕事で上京した受け入れ先の“お父さん”と再会した。「お米を送るからね」と言ってくれてうれしかったという。「本当の家族みたいです」と話す。
 人口減や地域経済の停滞に悩む地方にとっては、民泊の受け入れは地域の活性化や知名度アップのチャンスだ。行政と住民が協力して態勢を整え、都市部の旅行会社などに誘致攻勢をかけている。近年の新学習指導要領で、文部科学省が自然の中での体験活動を推進していることも追い風となっている。
 鹿児島での民泊型の修学旅行を仲介している、旅行コンサル会社代表の長坂克巳さん=千葉県松戸市=の場合、二〇〇四年に一件だった民泊の紹介件数が、今年三十三校にまで増えたという。
 増加の理由を長坂さんは「核家族化が進む中で、ほのぼのとした家庭の雰囲気を味わうことが生徒たちには新鮮なのではないか」と分析。日本修学旅行協会の野口正太郎事務局長も「家族で旅行する機会が増えるなど、従来の物見遊山的な修学旅行の価値が薄れてきた。体験型の民泊は今後も増えるだろう」と話している。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/CK2011112602000047.html

学校裏サイトチェッカー

 「学校裏サイトチェッカー」というホームページがあるのですね。どこが運営しているのでしょう!?
http://schecker.jp/

「子どもの貧困」(30)保健室から見えてくるもの・2

 『月刊JTU』2011年12月号より、福岡県 養護教員 石田美由希さんの引用。
 やっぱり、家庭という基盤が一番重要。

 ハンバーガーショップで友だちとおしゃべりをしていると、見覚えのある若い女性に声をかけられた。
 「石田先生ですよね。エミです。会いたかったぁ」
 「エミちゃん!私も会いたかったぁ。元気そうで良かった」
 私もエミが中学校を卒業して以来、どうしているか気になっていた。在学中のエミはいつも顔色が悪く、遅刻を繰り返していた。「何かあるなぁ・・・」と思っていたが、仲のよい友だちも数人いて、特にこれという問題もなかった。
 3年生のある日、体調が悪く保健室のベッドで休ませた時、エミが話してくれた。
 「お母さんが病気で家の中が大変。普通は朝になると、『ご飯よ~っ』って起こされて、朝ご飯を食べて学校に来るやん。エミの家は、エミが起きたとき、家の中は真っ暗で、まだみんな寝ている。朝ご飯とか、前の日の弁当の残りしかないし・・・。私はコンビニの弁当が大嫌い。毎日毎日、弁当ばかり、朝も晩も・・・」
 私は黙って聞くしかなかった。エミを家に送り届け、「高校を卒業すれば自立できるから、それまでもう少しがんばれる?」そんな話をしたことを覚えている。

 3年生のマナは、三人兄弟の一番上。家事はほとんどマナの仕事。お風呂はいつも家族が済ませた後に入ることになっているから、午前零時を過ぎることがよくある。帰る時間が遅いと怒られるから、部活に入りたかったけどあきらめた。
 高熱を出して、保健室で休ませた時、「病院に行った方が良さそうね。家の人に迎えに来てもらおうか」と言うと、「無理と思うけど、先生が言ってみて・・・」
 幸い、母親が迎えに行くと言ってくれた。「うそーっ」と言いながら、マナは少し嬉しそうな顔をした。「前にかぜをひいた時も、病院にひとりで行かされた」と話してくれた。

 勉強はともかく、学校がホッとできる場所になっている子どもがいる。家では親の顔色を見ながら生活している。学校からのちょっとした連絡が、親が厳しく叱るきっかけになってしまうこともある。手を差し伸べたくても、間違うと家の中に土足で踏み込むようなことになりかねない。不満があっても今、その子にとって、家は生きる場所だ。

 養護教員仲間と話していると、収入が少ない家庭でも、様々な制度のおかげで病気やけがで困ることは滅多にない。しかし、生活は子どもより親が中心。ケータイやゲーム、食事の時間や内容も親の都合で与えられる子どもが増えている。
 親もまた孤独で、不安の中にいる。誰かに心を開いて話を聞いてもらえるだけで、また子どもに向き合える。これも子どもの貧困の一面だ。だからこそ、地域の中で生活を通して親を支え、子どもを育てる仕組みが必要だ。

 エミと会った数日後、メールをもらった。『高校でがんばったから成長できた。今は仕事をして楽しい。保健室で、私が黒のマニキュアをしてたら、先生が落としてくれて、ピンクもいいよって言ってくれたことなんか思い出します』と書いてあった。

【12月】複数の目で、支援のまとめをしてみましょう

 [明治図書ONLINE メールマガジン]2011年11月第3週号より、全国コーディネーター研究会事務局長黒川 君江さんの引用。

 街中にはクリスマスソングが流れます。本屋の入り口には、年賀状のイラスト集が並んでいます。「ああ、今年も終わるんだな…」と、否応なく、実感します。
 4月から、教室の気になる子の支援に取り組んできましたね。あっという間に、あと3学期を残すのみになりました。気ぜわしい思いをいだくこの時期ですが、1学期、2学期の支援のまとめが、残り少ない日々の充実を左右します。
 「試行錯誤?」、「チャレンジ?」、「工夫?」、「模索?」。様々な言葉で表現されますが、振り返ってみると、4~11月の具体的な実践の足跡が刻まれています。そして、子どもたちの姿も、当初よりは見えてきています。ここから、有効な指導の方向を見出す必要があります。自分なりのメモや記録、(立ててきた方は)個別の指導計画を基にしますが、まとめを、『ひとりの作業としないこと』がポイントです。誰かと、何人かと話し合っていく方が、見えていなかったことが整理されます。
 まとめていく視点の一例を挙げてみます。
効果のあった支援、繰り返してはいけないと思った対応
 ここは、主要な点です。些細なことも、出し合ってみましょう。お互いに、頭の中で雑然としていたにしても、話してみる、表現していく、聞いてみることで見えてくることがあります。構えない、柔軟な気持ちが大事です。詰まってきたら、次の項目に行きましょう。
好きなこと、得意なこと、興味・関心のあること
 子どもたちと繋がっていく大事な情報です。案外、こんなことを知り得ていると、親しみが生まれ、指導が円滑にいくものです。他の先生たちと話し合っていくと、「へえ~」とヒントをいただくがしばしばです。
「地雷」となること
 反対に、「あんなことを言うから」など、トラブルを引き起こしがちな要因があります。マイナス因子を減らしていくことも大切な視点です。「そう、そう、そういえば…」。なんとなく感じていたことを明確にします。
友だちとの相性
 上手くいくタイプ、苦手なタイプ、どの子にもあるものです。環境要因に左右されやすい特別支援の必要な子たちには、十二分に配慮したいところです。この情報は、席替えのとき、専科の授業のとき、クラス替えのとき、貴重な資料となります。
休み時間の過ごし方
 目が行き届かないところがあるものです。主事さん、事務の方、教頭先生など、違う立場の方からの声、見方も聞いておくと、役立ちます。話を聞き取りながら、支援の仕方、声のかけ方などの意見交換ができることも多いです。
保護者とのつながり
 担任と保護者との関係・つながりはどのように変わってきたのか、できるだけ簡略にまとめてみます。「こんな気持ちなんだなと分かった」「ここが大変だと感じた」「こういう言い方をした方がいい」など、前向きな言い方・書き方に気をつけてみます。
連携できた機関
 学校以外で、助けられた関係機関(医療、教育センター、通級…)、役に立った講習会や講演、参考になった本なども記録しておく、聞いてみると、課題が整理されていきます。
行事等への配慮
 【9月】・【10月】に書いたように、大きな行事は失敗感を大きくします。早くから、予想を立てて、支援の工夫、子どもたちの見通し・心構え、事前指導など、考えられることは話し合ってみましょう。

 自分の経験を客観的に見つめていくには、複数の目が必要です。本来、校内委員会が機能していくべきところでしょうが、今、誰と、どんな機会(会)で話し合えるのか、探してみてください。
 寒くなりました。風邪をひかないでくださいね。リラックスした話し合いの場がもてますように!!
黒川 君江(くろかわ きみえ)全国コーディネーター研究会事務局長、NPO法人発達障害支援ネット「YELL」理事長、元東京都文京区立小日向台町小学校通級指導学級主任。文部科学省研究開発学校研究主任(平成13年度~15年度、特別支援教育)。主な編著書に、『教室から伝えたい特別支援教育』、『特別支援教育コーディネーターの1年 小・中学校編』(いずれも明治図書)、『特別支援教育 早わかり』(小学館)などがある。

オノ・ヨーコさん、自閉症啓発に「社会で知ろう」

 2011年12月3日の朝刊に「オノ・ヨーコさん、自閉症啓発に」という記事が載っていた。
 オノ・ヨーコさんと自閉症はどういう接点なのだろう???
 確かに、「自閉症」と診断された子には芸術面などで特異な面が見出せている子がいるように思える。

 故ジョン・レノンさんの妻で芸術家のオノ・ヨーコさんが3日、東京都内で開かれた自閉症の啓発イベントに登場し、「自閉症のことを社会で知らなければいけない」と理解を呼びかけた。
 オノさんは自ら制作した作品の一部をインターネットで競売にかけ、売り上げを自閉症研究基金に寄付するなどの活動で知られ、昨年自閉症の国際団体から「啓発大使」に任命されている。
 イベントは、日米の自閉症研究者による国際会議に合わせて開かれた。
 オノさんは「自閉症の方には、私たちには分からない天才的な才能を持っている人もおり、非常に大事な存在」と呼びかけ、自閉症を抱える被災者らとの記念撮影に応じた。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011120301001735.html

東大構内に患者家族の宿泊施設

 2011年12月2日 15時57分のニュースに「東大構内に患者家族の宿泊施設 入院の子、そばで付き添い」という記事が出ていた。
 やっぱり、子どもには親が近くにいると安心するでしょうね。このシステムは正解だと思うな。

 遠方から東大病院(東京都文京区)に入院する子どもに付き添う家族のための宿泊施設が東大構内に完成し、2日、開所式が開かれた。
 宿泊施設は病院の隣にあり、日本マクドナルドが出資する公益財団法人が運営。4階建てで12室あり自炊用の台所付き。1人1泊千円で2012年1月25日から利用できる。同法人による小児入院患者の家族向け宿泊施設は8カ所目。
 式典で浜田純一東大学長は「子どもには家族が近くにいることは何より良い。家族も近くで見守りたいという思いは強い」と指摘。日本マクドナルドの原田泳幸最高経営責任者(CEO)は「今後も継続的に支援したい」とあいさつした。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011120201001515.html

アクセスカウンター

 明治図書のブログから、こちらFE2ブログに移転してもうすぐ2カ月になろうとしています。
 明治図書の時のアクセスに比べると、まだまだ少ないですが、アクセスが、コンスタントに30~40アップするようになってきました。感謝します。

プロ教師の「子どもを伸ばす」極意―学級&授業づくりマスタ

 明治図書より、メール(2011/11/25)。著者インタビュー(新刊書籍の内容や発刊にまつわる面白エピソード、授業に取り入れるポイントなどを、著者に直撃インタビューします)だった。
 今回は、岡山県岡山市立城東台小学校大前 暁政先生の「「子どもの可能性を引き出し、伸ばす」ことこそ、教師の仕事」。 
 今回は大前暁政先生に、新刊『プロ教師の「子どもを伸ばす」極意―学級&授業づくりマスターBOOK―』について伺いました。
大前 暁政(おおまえ あきまさ)
昭和52年生まれ。現在、岡山市立城東台小学校教諭。理科の授業研究が認められ「ソニー子ども科学教育プログラム」に入賞。著書に、『スペシャリスト直伝!理科授業成功の極意』(明治図書)、『なぜクラスじゅうが理科に夢中なのか 全部見せます小5理科授業』(教育出版)、『必ず成功する!授業づくりスタートダッシュ』(学陽書房)、『NHKおじゃる丸 クイズでおじゃる 目指せ小学校クイズ王』(執筆協力、NHK出版)などがある。

―先生は本書の中で、「子どもの可能性を引き出し、伸ばすこと」こそ、教師の仕事である述べられています。可能性を引き出すには、教師にはどのようなことが求められるでしょうか。
 教師が意図的・計画的に指導していくことが必要です。現場では、よく次の言葉を聞きます。「教師の仕事は、指導ではなく、支援をすること。」支援と称して何も教えないのなら、「子どもの可能性を引き出し、伸ばす」ことはできません。
 例えば、音読の力を伸ばすとします。音読の仕方を教えずに、練習だけさせて見守っておいた状態では、子どもはいつまで経っても音読が上手になりません。
 音読を宿題にしたとしても、子どもは下手なままです。これはつまり、子どもの可能性が引き出されておらず、眠っている状態です。音読の力を伸ばすためには、やはり、授業の中で、教師があれこれと手をうつことが大切になります。教師が範読し、真似をさせる。情景を思い浮かべさせるために、発問を入れながら音読させる。様々な音読の方法で練習させた後に、個別評定を行う。そんな手立てを次々に打つと、子どもの音読はみるみる上達します。
 このように、自然発生的に音読が上手になるのを待つのではなく、教師が意図的・計画的に、様々な手をうっていくことこそ必要なのです。

―Ⅰ章では「成功する学級づくり」についてまとめられていますが、子どもを伸ばし、学級づくりがうまくいくポイントは、どういったものでしょうか。
 学級づくりの最大のポイントは、「子どもが伸びていくような良いサイクル」をつくるということです。
 まず教師が、子どもの頑張る場を用意します。そして、子どもが頑張れるように、あれこれと手立てをうちます。子どもが頑張ります。それを、教師がしっかりとほめます。ほめられた子どもは、また次も頑張ります。それを、また,教師がほめます。
 このように、「頑張る→ほめられる→ほめられるから頑張る→さらにほめられる」という良いサイクルをつくるのです。この良いサイクルができるようになると、学級づくりはうまくいきます。ところが、荒れた学級や、自信を失っている子が多い学級では、このようなサイクルをつくるのは、大変難しいのです。そこで、さらなる手立てが必要になります。その場合の手立ては,本書で具体的に紹介してあります。

―先生は本書の中で、子どもに「自立性」「生きる力」を養うためのちょっとした場面における対応について述べられています。本書でも解説されていますが、そのポイントについて教えて下さい。
 「教育」には、「教え」・「育てる」という意味があります。「教える」ことと「育てる」ことをバランスよくやっていくことがポイントです。私の学級を参観した初任者や教育実習の学生が、次のような感想を言っていました。
 「教師が何も言わなくても、子どもたちだけで進んで動いている。」 
 「何か問題が発生しても、子どもたちだけで解決している。」 
 これは、私が何も指導していないのでありません。学級びらき初期において、様々な指導をした結果、子どもたちが自分で自主的に動くようになっているのです。ちょっとした場面で、私が子どもにやり方を教えます。教えたのちに、そのやり方を活用させるようにします。「教えて、活用させる」これがポイントです。

―Ⅳ章では「成功する授業づくり」についても述べられています。子どもの力を引き出し、子ども自身が満足する授業づくりのポイントについて教えて下さい。
 ポイントは、できない子もできる子も満足する授業にするということです。授業では最低限、「教えるべき内容を、きちんと子どもが習得できた」という状態を保障しなくてはなりません。これが保障されていない授業は、どんなに活動が活発でも、子ども中心の授業になっているといっても、授業としては成立していません。どの子にも教えるべき内容を習得させるには、教師が、「指導内容」、「指導ステップ」、「教え方」に精通しておく必要があります。それでこそ、意図的・計画的な指導が可能になります。
 本書では特に、「指導のステップ」、「教え方」のポイントを示しています。
  今年私は、25mが泳げない小学校3年生43人を教えました。25mを達成した子どもは、41人です。25m達成率は95%です。小プールで顔がつけられないような子が、大プールで補助具なしで25mを泳げるようになりました。
 もちろん、もともと泳げる子にも、別の練習をさせました。泳げる子も、もっと泳げるようになりました。できる子もできない子も満足するように、授業をつくっていく。これが最大のポイントです。

―最後に、読者の先生方へメッセージをお願いします。
 本書には、「子どもの可能性を引き出し、伸ばす」ための理論と方法,具体的事例を載せました。
 方法を知るのは、極めて大切なことです。
 方法を知るからこそ、明日の学級づくり、授業づくりに生かすことができます。
 そして、もっと大切なのは、方法を支えている理論も知るということです。
 理論を知ると、その方法を別の場面で応用することが可能になります。
 本書は、理論と方法、具体的事例の3つが載っています。
 具体的事例で場面をイメージしながら、理論と方法を学べば、きっと様々な場面で応用可能な「知恵」が得られるはずです。
 教師には、「子どもの可能性を引き出し伸ばす」という使命があります。
 その使命に正対しようとする全ての教師に、本書を読んでもらいたいと思います。

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