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ケースワーク「子どもの貧困」35 日本語を母語としてない子どもたち③「就学義務がない」?

 『月刊JTU』2012年10月号より、今澤 梯氏(山梨県)の「ケースワーク「子どもの貧困」35 日本語を母語としてない子どもたち③「就学義務がない」?」の引用。
 「あの子どもたちには就学義務がない」。外国人の子どもに問題行動等があった時によく耳にする。それは、「本来、外国人の子どもは学校での支援の対象ではない」という意味で発している事がほとんどだろう。しかし、本当にそうなのだろうか。
 日本国憲法、教育基本法は、子どもを持つ日本国民の保護者に就学させる義務を課している。ゆえに日本国籍を持たない外国籍の保護者には、子どもを就学させる義務はないのであり、「就学義務がない」対象は外国籍の保護者である。文科省も「就学義務を負う者は、日本国民である保護者であり、外国人の場合はこの義務は課されていません」と述べている。「外国人の子どもには就学義務がない」誤りは明確である。
 日本が批准する国際人権規約及び子どもの権利条約には「教育についてのすべての者の権利を認める」とある。国内法と合わせれば、外国籍の保護者には就学させる義務はないが、その子どもには日本の学校で「学ぶ権利」がある、ということである。保護者が就学義務を負っていようがいまいが、すべての子どもには同じように学ぶ権利がある。
 しかし外国籍の子どもたちが学校を「やめる」という話はよく聞かれる。そもそも義務教育を「やめる」ことは、日本国籍を持つ子どもではありえない。だが、外国籍の子どもたちの「やめる」事例は後を絶たない。問題行動で除籍になる例、また所在不明になったので除籍したといった事例はすくなからずある。このような学校側の意思での除籍や、保護者や本人の申し出により除籍等々、日本国籍の子どもならば、すべて考えられない事例であろう。なぜ外国籍の子どもたちにこのような事が多いのか。それは、「就学義務がない」ということへの誤解があり、「子どもの学ぶ権利」が尊重されていないからに他ならない。支援できない現場の状況があれば、除籍という子どもに向かう方向ではなく、教育環境・社会環境作りの方向に解決策を向けていく事が必要である。「学ぶ権利」を子どもから奪うことは、あってはならない。
 外国人の子どもたちには、社会の中でセーフティーネットがあまりにも少ない。学校が受け皿になり得なければ、ドロップアウトした(させられた)子どもたちの受け皿は、児童労働、非行や犯罪、自殺になってしまう。今の日本社会の中で、日本語で十分な意思疎通ができない、読み書きがままならない状態のまま放り出されたら・・・。それはまさに、「教育の貧困」状態に置かれているといえる。十分な学びを保証されず、社会にセーフティネットもない中では、就学期間後も厳しい生活を抜け出すのは難しい。
 外国籍、日本籍にもかかわらず、すべての子どもたちの最善の利益のために教育環境を整え、受け皿となり得る教育を用意していくことこそ、学校や社会に課せられた、まさに「就学義務」であろう。

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家裁は子どもに甘くないか?

 施設に勤めていたので、家裁の判決をいくつも見てきた。
 大人対子どもだと、子どもに甘い判決が多い。つまり、指導している大人の対応が悪いということである。結局、家裁は、「加害少年が、善悪のつかない子ども」というスタンスなのです。だから大人がきちんと教えなさいということなのである。
 でも、言っても聞かない子ども(大人の指導に従えない子ども)も、いるのである。このような家裁のスタンスでは少年犯罪は減らないでしょうね・・・。
 子どもにしっかりと指導できる環境が必要なのではないか!!???

親子の上下関係もない!???

 社会生活を営む上で、上下関係って、世界中を見渡しても、どこにでもあるでしょう!?

 最近の日本では、親子も上下関係がなく同じレベルになったのでしょうか?
 親が、自分の子供の指導ができない。子どもが言うことを聞かないと、学校の先生に頼る・・・!???・・・という事例を見てきた。これって、変じゃあありませんか?
 自分の子供くらい、しっかり躾けてよ!

上下関係をなくしている!

 体育大会の練習に遅れてきた生徒に対して、教師が「急ぎましょう!」「走りましょう」と言っている・・・???「急ぎなさい!」「走りなさい」じゃあないのですか・・・???
 体育大会の準備で、「これから、グランドにラインを引いたり、テントを立てたりするのを手伝っいただきます」・・・えっ!?教師が生徒に敬語を使っている???
 教師と子どもの上下関係が無くなっているのですね!???

 人間は、生きていく上で皆、平等なのですけれど、社会生活上、上下関係があることを教えた方がいいのではないのですか!???

いいことを伸ばす教育で子どもたちが向上しているのか?

 「良いところをを伸ばす」とか「褒める教育」が主流になり、指導要録(通信簿)の「行動の記録」に×がなくなって久しい。
 それに伴い、教師の言うことも聞かないわがままな子どもたちが増えたように思う。
 親も子供も、直すべきことが分からず、自分の生活をより良い方にしていく方法が分からなくなったのではないか?と思う。
 できていいないこと、やならければいけないことは、きちんと教えてあげた方がいいのではないのでしょうか?

暗記って悪いことなの?

 iPS細胞で中山伸弥氏がノーベル医学生理学賞を受賞した。年齢は50歳ということだ。
 50歳というと、小中学校時代、詰め込み教育で勉強をした世代だと思う。
 ここしばらく、「詰め込み教育はいけない」「暗記させる教育はいけない」「知識の伝達ではだめだ」、それだと創造力がつかない。考えさせる教育をしないといけない、などといい、子どもたち暗記をさせてはいけないような教育が主流になっていたと思う。
 それなら、なぜ「詰め込み教育時代」の方々が創造力を発揮して、ノーベル賞を受賞しているのか?
 昭和の時代の「ウォークマン」も詰め込み教育時代の人たちが考えたものでしょう。これは当時、世界的にもとても画期的なものだったはずだ!
 江戸時代や明治時代など昔の教育はすべて暗誦が主流だったと思う。それが日本の礎を築いているのではないか!?
 誰が言いだしたのか知らないが、変な教育の流れで、子どもたちの学力が落としてしまっているのではないだろうか???
(というと、「真の学力とは何か?」「学力はテストで測れるのか?」「生きる力とは何か」などと、学力や創造力を付けていない学習を推進している人たちが反論するのでしょうね。)

ケースワーク「子どもの貧困」34 日本語を母語としない子どもたち②「進学・進路」

 『月刊JTU』2012年9月号より、山梨県の今澤梯氏の生地の引用。(前回の続き)
 前回、学校が受け皿になりえずに中学を「やめた」就学年齢の外国人の子どもたちの受け皿が「児童労働」になっている事実を書いた。中学をやめないで学校に在籍し、卒業を迎える子どもたちにも児童労働と同様に厳しい現実がある。
 まず日々の授業についていく困難さ、次にその先に訪れる進学・進路問題である。学習に使われる言語は、学年が進むにつれて日常会話とかけ離れ、非具体的、抽象的になっていく。ついていけるだけのサポートも十分に受けられない。その後に迎える進学・進路の時期。ほとんどの子は進学を希望するが、現実は厳しい。様々な県・自治体で外国人の子どもたちのための高校入試の特別措置(試験時間の延長やルビ振り、受験教科数の減免等)がある。しかし日本に来て日が浅い中で、自分の母語でない言語で高校入試に挑まなければならない。そのハードルの前に、毎年多くの外国人の子が不合格、あるいは受験の断念という現実を突きつけられている。それでも少し前までは、定時制高校が外国人の子どもたちを受け入れてくれていた。しかし、近年様々な背景の日本人生徒が定時制を多く受験するようになり、日本語を母語としない外国人の子が入れなくなってきている。
 A子は、中国帰国者の3世で、1年半ほど前に来日、地域の公立中学校へ年齢相当の3年に編入した。温和でおとなしい彼女は、慣れない日本の中学校生活をがんばって送っていた。しかし思った以上に日本語の習得は遅く、1年以上経っても、日常会話もおぼつかない状況だった。彼女は定時制高校への進学を希望。受験勉強と面接の練習をがんばっていた。結果は不合格。電話をかけてきた彼女の声は沈んでいた。中学校でも、早急に三者懇談を行った。2次募集があるから再度受験に挑戦するよう話したが、彼女は「もう無理」と涙をこぼしながら頑なに受験を拒んだ。受験を勧める母親に、普段温和な彼女は強い口調で言い返していた。「日本に来たくなかった。日本の学校になかなか前向きになれない。そんな日本の生活の中で、日本語の学習や受験勉強など本当につらかった。もう気持ちが続かない」。今まで誰にも話してこなかった気持ちを涙と共に一気に話した。
 就職の道を探ることになりハローワークから、美容師見習の正規雇用求人を紹介された。彼女は興味を示し、落ち込んでいた顔に笑顔が戻り始めた。面接があるので、日本語指導の時間は、美容院で使う、シャンプー、鏡、くしなどの語彙や、接客で使う表現などを学習した。しかし面接結果は不採用。彼女は再び涙を流すこととなった。中学校の説明によると、中卒者への正規雇用の求人は、30社に1社程度。その1社も、日本語ができないとなれば・・・とのこと。正規雇用の道は閉ざされ、パート・バイトの道を探ったが、これも困難を極めた。3月も終わる頃、ようやく1日4時間の、飲食業のバイトに就くことができた。父は日雇いの仕事。母は失業中の彼女の家。経済的に非常に不安定な日々を送っている。
 外国人の子の進学や就職はこのように厳しく、多くの課題がある。日本語が不自由ゆえに進学も就職もままならない状況ならば、どこがこの子たちの受け皿になるのだろう。不安定な就職、過酷な条件での労働、不良仲間や犯罪・・・。せめて社会で生きていく最低限の日本語の力をつける場を、と願うのだが、民間の日本語学校では学費が高額。費用がかからないそのような場は、なかなかない。社会全体の「学びのセーフティーネット」の不足が言われているが、この子たちにも、まさにあてはまる状況なのである。学校はこのような子どもたちの受け皿になり得ていないが、社会全体にもそれが言える。この子たちが安定・安心した生活を送り、夢や希望を持った将来を描けるような社会の実現を切に願う。
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