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浜松市天竜区にフリースクール開設準備

 2017年4月20日のニュースに「浜松市天竜区にフリースクール 「里山学校」温かいよ」というものがあった。
◆「里山題楽校」 活性化願い住民協力
 山あいの小集落を教室に見立てたフリースクールの開設準備が、浜松市天竜区横川の百古里(すがり)地区で進んでいる。児童減少で近くの鏡山小学校が三月末に閉校したばかりで、過疎化に拍車がかかると危機感を抱く住民が協力する。「里山題楽校」の名称で四月中の開設を目指す代表の鈴木浩之さん(36)=同市東区=は「学校が地域の活性化にもつながれば」と話す。
 さまざまな理由で学校に通えない児童生徒を支援するフリースクール。浜松市内に複数あるが、天竜区で民間の開設は初めて。二月まで同市中区の通信制高校に勤務していた鈴木さんは、二年前から地区住民とイベントを通じて交流があり、自然豊かな百古里に魅力を感じていた。
 市北部で通える距離にフリースクールがないとの保護者らの声を聞き、開校を決心。自己資金で準備し、インターネットで不特定多数から小口の資金を募る「クラウドファンディング」でも協力を呼びかけている。集めた資金は机など学習設備の費用に充てる計画。
 茶畑や家屋が点在する百古里には四十一世帯、百三十人余が暮らす。協力するひとりが地区でそば店を営む山本六二郎さん(66)。「いい環境で過ごせば気持ちも変わる。地区に出入りするきっかけになり、いずれ住みたい人が出てくれば」と期待する。訪問客の滞在のため山本さんが造った木造平屋のコテージ二棟を教室や事務所用に有償で貸す。住民の代わりに管理していた田んぼも、米づくりの学習に使ってもらう。
 鈴木さんがモデルとするのは、デンマーク発祥で自然の環境を教室に見立てる「森の幼稚園」。学習支援のほか、農家に学ぶブルーベリー農園での栽培・収穫体験、ハチの生態調査とハチミツの生産、地区に工房を構える陶芸家を講師に焼き物教室などを計画している。「雑音から離れ、集中できる場所だから複数の芸術家らが百古里に集まっている。ここで何かに集中し、達成感を味わってほしい」
 小学四年から中学三年の児童生徒、通信制高校の在籍者を対象に二十人を予定する。問い合わせは鈴木さん=電080(5674)1606=へ。
◆不登校 浜松も増加傾向
 不登校の児童生徒は全国的に増えており、浜松市も同様だ。市内で民間のフリースクールの開設も増加傾向にある。
 病気や経済的理由を除き、年間三十日以上の欠席で不登校とみなされる。市教委によると、二〇一五年度の同市の小中学校の不登校は千三十四人(児童三百二十八人、生徒七百六人)で過去最多。一一年度の九百十七人(児童二百二十七人、生徒六百九十人)と比べて百人以上増えている。
 市は、再登校を支援する適応指導教室を市内六カ所に開設。約百六十人が利用するが、担当者は「大人数が苦手な子どももいて、六教室では限界に近づいている」と話す。
(島将之、写真も)

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20170420/CK2017042002000069.html
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措置入院制度 治安の道具にするな

 2017年4月24日の朝刊の社説欄より、「措置入院制度 治安の道具にするな」の引用。
 精神障害者の監視ネットワークづくりではないかとの懸念が拭えない。今国会で審議されている厚生労働省の精神保健福祉法改正案のことだ。医療を治安維持の道具として利用するのは許されない。
 法案の最大の焦点は、措置入院制度の見直しだ。精神障害のために自傷他害のおそれがあると診断された患者を、行政権限で強制的に入院させる仕組みをいう。
 見直しの主眼は、措置が解除されて退院した患者を医療や保健、福祉の支援につなぎ留める体制づくりにある。
 確かに、患者の地域での孤立を防ぎ、社会復帰を後押しする手だては制度上担保されていない。入院形態を問わず、退院後の支援の空白を埋める取り組みは大切だ。
 だが、さる一月の国会施政方針演説で、安倍晋三首相は相模原市の障害者殺傷事件に触れ、こう述べている。「措置入院患者に対して退院後も支援を継続する仕組みを設けるなど、再発防止対策をしっかりと講じていく」
 政府の真の狙いが犯罪抑止にあるのは間違いあるまい。精神障害者をあたかも犯罪者予備軍とみなす無理解や偏見が底流にないか。そういう疑念を招くような法案は、直ちに取り下げるべきだ。
 現に想定されている支援体制も、患者を追跡し、監視する全国ネットワークというほかない。
 かいつまんでいえば、行政は病院などと協力し、患者が希望するか否かにかかわらず、措置入院中に退院後支援計画をつくる。退院した患者はどこに住んでも、その支援計画がついて回り、地元の行政が面倒を見にやって来る。
 さらに、犯罪行為に走りかねない思想信条を抱いていたり、薬物依存だったりする場合に備え、警察と連携する段取りになっている。患者に寄り添うべき医療や福祉を、患者を疑ってかかる治安対策に加担させる構図といえる。
 これでは患者の自由も、プライバシーも奪われかねない。精神障害者全体への差別を助長するおそれもはらんでいるのではないか。
 見直しの出発点は、障害者殺傷事件を受けて厚労省有識者チームがまとめた提言だ。真相究明を待たず、容疑者の措置入院歴にこだわり、精神障害によって犯行に及んだとの推測を基に議論した再発防止策にほかならない。
 だが、容疑者は刑事責任能力ありと鑑定された。よしんば責任無能力だったとしても、異例の一事件が立法事実になり得るのか。共生の理念は治安とは相いれない。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017042402000138.html

自撮りの「画像」LINEで拡散 浜松の女子中学生 進学断念

 2017年4月18日のニュースに、「自撮りの「画像」LINEで拡散 浜松の女子中学生 進学断念」という記事を発見した。
 これって、親がしっかりしていなと、こんな事件が起こりますよね!・・・教師などの第三者は入れませんよね・・・ネットの使い方を、親がしっかりと指導するべきじゃあないんでうか???
断り切れず・・・送信
 浜松市内の女子中学生が、無料通信アプリ「LINE(ライン)」でつながった同じ学校の男子生徒にわいせつな画像を送らされ、さらに複数の生徒に画像が転送される事件があった。女子生徒は不登校がちさったが転校も余儀なくされ、進学も断念した。専門家は「断れずに送ってしまう子は多い。大人には悪用の危険性を教える義務がある」と警鐘を鳴らす。
(松本浩司)
 母親らによると、女子生徒は二年生だった2015年ごろ、同じ学校の男子生徒からラインで「友だち」申請を受け承認した。名前も知らなかった相手だったが、家庭や学校のことを相談した。
 やりとりは性的な内容も含むようになり、男子生徒はわいせつな画像を送るよう要求した。
 女子生徒は嫌がり拒んだが、「怒らせてはいけない」「相談内容を漏らされたら困る」と思い、16年1~7月ごろ、自宅でスマートフォンで自分を撮影した画像を複数回にわたって送信。その後、画像は男子生徒の友人三人に拡散された。
 県警は児童ポルノ禁止法違反(製造)事件として捜査。男子生徒は家裁に送致されたが、保護処分などは科されなかった。
 母親が異変に気付いたのは同年6月ごろ。スマートフォンの中のラインのやりとりは「親はどうしても気付けない。子どもも親には相談しづらい」と今でも頭を悩ませる。
 女子生徒は転校先の中学を卒業したが、希望した高校に転送を受けた生徒が進む可能性が分かって断念。現在は就職活動を進めている。
 母親は「男子生徒は、ラインのスタンプを送るのと同じ感覚で転送していた。娘はいとも簡単に傷つけられ、外出する時には『誰かに会うんじゃないか』とおびえている。男子生徒の親だってつらいはず。被害者も加害者もつくりたくない」と訴えている。
専門家「大人が危険性教えて」
 インターネットが絡むトラブルに子どもが巻き込まれないよう、家庭や学校で大人はどう気を付けるべきなのか。ネット上のトラブル相談に応じる「全国webカウンセリング協議会」(東京)の安川雅史理事長(51)に聞いた。
 (カメラのついた携帯電話などで自らを撮影する)「自撮り」による被害相談は多い。画像を送るだけなら、という軽い気持ちからだ。一度送ってしまったものは、一生残るかもしれないし、どう悪用されるか分からない。その危険性を教えるのは大人の義務。
 頼まれたら断り切れず、「関係を切りたくない」と思ってしまう子どもも多い。特に不登校の子は、人とのつながりを欲しがる。ネットの中であっても、つながってくれる人を大切にし、自分のことを分かってくれると思い込んでしまう。
 「自撮り」は自分の部屋にこもってする。両親も携帯電話を使う場所をリビングに限定するなど、家族での取り決めが有効。有害な情報に制限をかける「フィルタリング」も大事だ。
 ラインは、知らない人とつながってしまう危険がある。友だちの「自動追加」や「追加許可」の機能をオフにする設定をすべきた。

週のはじめに考える 「残業社会」を変えたい

 2017年4月16日の朝刊の社説欄より、「週のはじめに考える 「残業社会」を変えたい」の引用。
 結局、抜け穴があるんだよね!
 残業や休日出勤・・・それでも無休で働いている人って多いと思うよ。
 「労働憲法」といわれる労働基準法が今月、公布から七十年を迎えました。同法の生い立ちを振り返り日本の長時間労働問題を考えてみたいと思います。
 「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」
 一九四七年四月に公布された労働基準法(労基法)第一条は、こううたっています。当時の最低労働条件の国際水準を取り入れ、男女の別なく全産業を対象とし労働時間を一日八時間、一週四十八時間と定めた画期的な法律でした。
◆民主主義の根底培う
 第二次世界大戦が終わると、米軍の占領下で一連の民主化が始まります。四六年には新憲法が公布され、第二五条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定します。この条文が、冒頭に引用した労基法一条に反映されます。加えて憲法二七条は、賃金、就業時間、休息などの労働条件の基準は法律で定めるとしました。
 公布から一年後に出版された「労働基準法解説」で、当時の労働省労働基準局課長の寺本廣作氏は次のように記しています。
 <民主主義を支えるものは究極において国民一人一人の教養である。国民の大多数を占める労働者に余暇を保障し、必要な物質生活の基礎を保障することは、その教養を高めるための前提要件である。労働基準法は労働者に最低限度の文化生活を営むために必要な労働条件を保障することによってこうした要件を充たし、我が国における民主主義の根底を培わんとするところにその政治的な制定理由を持つ>
 しかし、労基法には大きな欠陥がありました。三六条です。労働組合またはそれにかわる過半数代表と時間外労働に関する労使協定を結べば、無制限に長時間労働をさせることが可能になるというものでした。
◆生まれながらザル法
 森岡孝二関西大名誉教授は「労基法は生まれながらにしてザル法だった」と指摘します。そして、欧州諸国にはないこの規定が、今日、世界で最悪レベルにある日本の長時間労働の根源にあります。
 森岡氏が総務省の「社会生活基本調査」と経済協力開発機構(OECD)の統計から分析したところ、日本の男性正社員の総労働時間は年二千七百六十時間(二〇一一年)で、ドイツ、フランスより実に六百時間超多いのです。六百時間といえば、一日八時間労働として七十五日分、多く働いている計算です。
 日本は本当に先進国と言えるのでしょうか。しかも、この水準は一九五〇年代半ばから変わっていないそうです。
 労基法は八七年、大きな転換点を迎えます。一週四十時間制の導入です。政府は「働き方を他の先進国並みに変える歴史的なもの」としていましたがこれも労働時間の短縮に結び付きません。平日の残業が増えただけだったのです。
 それどころか同時に、労使で定めたみなし労働時間を超えても残業代が払われない「裁量労働制」や「事業場外みなし労働制」が法律上、導入されます。両制度は実際に何時間働いたかを問わないためサービス残業を生みやすく、過重労働を招くと批判されています。
 八〇年代後半から過労死が社会問題化してきます。全国各地に「過労死を考える家族の会」が結成され、海外のメディアでも日本語がそのまま「karoshi」として紹介されるようになりました。過労死・過労自殺者数は近年、年間二百人前後で推移しています。国際社会においても、恥ずかしい限りです。
 「日本の働き方を変える歴史的な一歩である」
 安倍晋三首相は先月末、働き方改革実行計画を取りまとめた会議の席上、こう胸をはりました。
 これまで“青天井”だった残業時間に、罰則付きの上限を設け法定化する。長時間労働の是正に向け大きく前進すると期待していましたが、政労使の合意には失望しました。
 残業の上限を年間七百二十時間(休日労働を含まず)の枠内で、「一カ月百時間未満」「二~六カ月平均八十時間以内」としたのです。これはまさに、過労死の労災認定基準です。過労死するようなレベルの長時間労働に、政府がお墨付きを与えるようなものです。
◆生活・仕事の両立疑問
 法定の労働時間が週三十五時間のフランスでは、残業の上限を年間二百二十時間と定めています。日本の三分の一以下なのです。
 政府は、当初「欧州並み」に労働時間を抑え、育児や介護など家庭生活と仕事の両立を容易にするという目標を掲げていました。
 速やかに残業の上限引き下げに向けた次の議論を始めることを、政府に求めます。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017041602000156.html

ペーパーレス職員会議システム

 会議の資料を印刷!!!???・・・今やペーパーレスの時代だよ!!!
Active Web Presentation(アクティブ・ウェブ・プレゼンテーション)
 面倒な会議準備はもう終わりにしませんか
 ベーパーレスで机の上もキレイに整理
今、あるパソコンでペーパーレス会議ができる。シュレッダー不要だから情報漏洩対策に
・会議進行が10倍ラクラク
・コピー削減
・ペーパーレス
・事前準備もこれだけ
・机上も整理整頓
 etc
*ペーパーレス職員会議システム
「ペーパーレス職員会議」
・A4版やファイルがそのまま取り込める
・教材やノートをめくるようにスイスイ使える。
・職員会議の司会進行から資料配布までこれでOK。
・個人メモできるから、資料に直接書き込みできる。
「職員会議の運営がラクラク」
・資料印刷、人数分の作成、ホッチキス止め・・・一切不要です。
・校外マル秘資料は、情報漏えい防止(拡散防止)対策。
・全員で同じ資料を見るから、理解促進や進行がスムース。
「マルチOS、マルチデバイス対応」
・今、お使いのどの校務パソコンでもスグ活用できます。
・校務パソコンに専用のソフトのインストールや設定が不要です。
・Word、Excel、PowerPoint主要なOfficeファイルに対応。
*タッチパネル対応・ワンクリック操作のシンプルな優れた機能
「ActiveWebPresentaion」の特長
 教材やノートのように。めくったりメモ書きができます。
・ノートをめくる様にスムーズに画面が切り替わります。
・先生と生徒の画面がスムーズに同調します。
・マーキングすることができます。
・細かい文字は、拡大機能(ズーム機能)で確認可能です。
「株式会社インフィニテック」
東京都品川区西五反田2-12-19 五反田NNビル3F
TEL 03-5759-6810
FAX 03-5759-6820
http://www.infinitec.co.jp/
「米沢事業所」山形県米沢市2-6-35
TEL 0238-26-5131
FAX 0238-26-5132
「サービス窓口」株式会社インフィニテック
営業時間 9:30~17:00(土日・祝祭日は除く)
TEL 0120-26-5134

教育勅語 復権など許されない

 2017年4月5日の朝刊の社説欄より、「教育勅語 復権など許されない」の引用。
 戦前回帰の動きとすれば、封じ込めねばならない。安倍政権は、教育勅語を道徳教育の教材として認める姿勢を鮮明にした。個人より国家を優先させる思想である。復権を許せば、末路は危うい。
 教育勅語について、政府は「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまでは否定しない」との答弁書を閣議決定した。菅義偉官房長官はさらに踏み込み、道徳教材としての使用も容認する考えを記者会見で示した。
 政府のこうした言動を深く憂慮する。
 国会議員の質問主意書への答弁書とはいえ、政府が個別の教材の位置づけを明示することは、教育に対する介入に等しい。ましてや、国民を戦争へ駆り立てた教育勅語の取り扱いである。肯定的な姿勢は国内外の疑念を招く。
 教育勅語は一八九〇年、明治天皇が国民に守るべき徳目を説いた言葉として発布された。自由民権運動や欧化主義と儒教主義や皇国主義との対立を収め、教育の基本理念を定める狙いがあった。
 学校での朗読が強制され、神聖化が進んだ。天皇制の精神的支柱の役割を果たし、昭和期の軍国主義教育と結びついた歴史がある。
 親孝行や夫婦の和、博愛といった徳目は一見、現代にも通じるものがある。だからだろう、安倍政権を支持する保守層には、教育勅語を評価する向きが少なくない。
 しかし、その徳目はすべて「一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以(もつ)て天壌無窮の皇運を扶翼すべし」に帰結する。国家が非常事態に陥った時には天皇のために身命を賭すことが、不変の真理であると国民に植え付けたわけだ。
 だからこそ、教育勅語は戦後の一九四八年に衆院で排除の、参院で失効の決議がされた。閣議決定はこれをたがえるものである。
 もちろん、かつての天皇制や教育の仕組みを学ぶ歴史教育のための資料としては有効だろう。
 それでも、とりわけ道徳教育では持ち出すべきではない。国民主権や基本的人権の尊重といった現行憲法の理念に根差してはいないからだ。「憲法や教育基本法に反しない形」で、教材として使うのはおよそ不可能である。
 小中学校の道徳の時間は、特別の教科に格上げされるが、個々の徳目に惑わされてはならない。それこそが教育勅語の教訓だろう。
 自民党は復古的な憲法改正草案を掲げる。戦前の価値観を志向するような閣僚ぞろいの安倍政権が唱える教育観には警戒したい。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017040502000140.html

色覚検査 じわり復活

 2017年2月21日の朝刊「話題の発掘 ニュースの追跡」より、「色覚検査 じわり復活」の引用。
眼科医会「支障ある職業」羅列 文科省「奨励」通知 「差別助長」当事者団体は反発
 かつて小学校の健康診断で必ずあった色覚検査。「異常」と判定されても、日常生活にほぼ支障がない一方、偏見や差別の原因になるため、2003年から希望者のみとなり、ほとんど実施されなくなった。ところが14年、文部科学省が検査の「奨励」を通知したことを受け、再開され始めている。「希望者だけ」を掲げてはいるものの、学年全員が受診した小学校もある。当事者らは「事実上の一斉検査の復活だ」と猛反発している。
(三沢典丈)
かつて人権侵害批判で下火に
 ヒトの目は通常、赤、緑、青の光を主に感知する三種の細胞を備えているとされるが、この細胞の働きが通常と異なり、赤と緑など特定の色の組み合わせが見えにくい人もいる。大半が遺伝性で治療法はなく、日本人の男性で4.5%、女性で0.2%の割合で出現する。ただ、日常生活で困ることはないという。
 制度的な色覚検査は、日本では1916年、旧陸軍の軍医だった石原忍氏が徴兵検査用に石原式色覚検査表を開発し、使用したのが始まり。異常と判定されると職務が制限された。
 学校でも20年から検査が始まり、戦後も58年の学校保健法で継続された。検査は当初、就学時と全学年で実施。90年代半ばからは、小4の1回だけとなった。かつて「色盲」などの呼称から「色が見えないのでは」と偏見を受けた人は少なくない。近年まで医師、薬剤師、教師、バスの運転手などの職業のほか、理系大学への進学も制限されるなど、就職・進学でも差別を受けた。
 「人権侵害」という批判から、厚生労働省は2001年7月、労働安全衛生規則を改正し、就職時の色覚検査を廃止。業務の必要から色覚を調べる場合も「各事業場で用いらている色の判別が可能か否か」にとどめるよう指導した。
 これを受け、文科省は02年、学校保健法施行規則を改正。色覚検査は小中学校などの健康診断で必須事項から外れた。当時の局長通知では、希望者が検査を受ける余地は残したが、本人と保護者の事前の同意を必要とし、プライバシー保護も厳格に求めた。
 現在も就職時に色覚検査をする職業は航空機パイロット、鉄道運転士、海技士、警察官、海上保安官、自衛官などで、軽度なら採用を認めるケースもある。
 ところが、日本眼科医会(高野繁会長)は13年、受診者の聞き取り調査から約500件の「色覚に係わるエピソード」を得て発表。子どもたちに「進学・就職に際して色覚に関するさまざまな問題」が起きているとし、文科相に希望者への検査実施を強く求めた。
 これを受け、文科省は14年4月、児童や生徒が「自身の色覚の特性を知らないまま不利益を受けることのないよう(中略)より積極的に保護者等への周知を図る必要がある」と新たに通知。検査は希望者のみとしながらも、6月には各自治体に「進学・就職に際して(中略)大切な検査」と記した保護者宛ての検査申込書例まで示した。
 これに対し、当事者団体である「日本色覚差別撤廃の会」(井上清三会長)は「言われているほど、就職で色覚による問題は起きていない。通知は過去、差別の原因となった一斉色覚検査の復活につながる」と強く反発。昨年3月、一斉色覚検査再開への反対声明を発表し、併せて14年通知の撤回を求めている。
希望者対象でも全員受診の例
 文科省のこの通知は猛威を振るっている。
 「撤廃の会」によると、関東地方のある自治体では15年、公立小学校の保護者たちに「色覚検査の実施について」という文書を配布。そこには「(就職の)制限を設けている企業等」があり、「本検査を受けられることをお勧めします」と記されていた。
 その結果、児童の約74%が受診した。中には全員が受診した学校もあった。ある学校では、あらかじめ検査日を定め、校内で一斉に実施されたという。
 「撤廃の会」の荒伸直副会長は「心配した通りだ。文書は学校長から全保護者に向けて配布されているため、希望者のみと言いながら、一定の強制力と同調圧力が加わった」とみる。
 この会の調査では、同様の方式で検査をした自治体は北海道から中国地方まであり、一部は中学、高校でも実施されていた。
 荒副会長は「就職を検査の理由としているが、就職時、色覚による職業制限がまだあるとは限らない。子どもに不要なショックを与えるだけ」と疑問視する。
 この会の指摘に対し、文科省健康教育・食育課の担当者は「学年全員が受診したとしても、希望者ならば問題ない。強制的に受診させている学校があれば問題だが」と答えつつも、実態調査はしていないという。
 眼科医会の宮浦徹理事も「学校が過剰反応して、受診が強いられることはまずいが、受診率が低い地域もある。強制とは言えないのではないか」と語る。
 一方、眼科医会の検査拡充に注ぐ熱意は文科省への要望にとどまらない。15年には、ポスター「色覚検査のすすめ!」を眼科医や病院、学校に配布。「色覚の異常の程度による業務への支障の目安」とし、多数の職業名を列挙している。
 荒副会長は「色覚当事者に、これらの職業に就けないとの印象を与える。検査結果を個人の職務遂行能力の判断に一律に使用することは、01年の厚労省の規則改正の趣旨にも反している。時代錯誤の極みで、当事者に対する職業差別を助長する内容だ」と憤る。
 「ポスターが参考にした論文では、列挙した職業について著者が『独断的』と断っており、内容の真実性も乏しい。正当な根拠なしに色覚当事者を排除することは、人権上許されない」
 これに対し、宮浦理事は「具体的な職業名を挙げることで関心が高まった。進路指導もやりやすい」と話し、掲示を続ける構えだ。
 訴えに耳を傾けようとしない文科省と眼科医会に対し、荒副会長は「かつて学校の一斉検査で受けた嘲笑や侮辱は、一生忘れらない心の傷。差別を恐れ、声を上げられない当事者が大勢いることに目をつぶっている」と批判する。
 NPO法人「カラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)」の伊賀公一副理事長は「色覚が異常と判定される人は、色の見え方が違うだけ。その理解が乏しい」と指摘する。同団体は色が見分けやすく改良した製品などを認証する活動に取り組んでいる。
 伊賀副理事長は「多数の人が持つ色覚で社会の色彩環境が形成されたため、少数派の色覚を持つ人には分かりにくい色づかいがあるだけ。おかしいのは、色の見え方が異なるだけで『異常』とか『能力がない』とみなす社会だ」と訴える。
 「なぜ、現在も色覚で職業制限があるのか、鉄道信号が見分けにくい人がいるのなら、見分けやすい色や形に変えればよい。眼科医も『誰にも問題がない色づかい』を社会に提案するなど、むしろ職業制限をなくすような色づかいを勧める働き掛けをしてほしい」

おそるべき教育効果

 『月刊JTU』2017年3月号の「点鐘」より、「おそるべき教育効果」の引用。
 ある匿名ブログサイトに、「教育困難校に勤務しているけど、もう無理」という書き込みがあった。「毎日、授業にもならなくて、毎日、ババアとかブスとか、死ねとか言われまくって、ちょっと強く言ったら、教育委員会に言うぞとか、体罰だとか騒がれて、でもそれが教員の仕事でしょ、って言われて」。つらさのあまり、次年度いっぱいで教員を辞めると書かれている。
 翌日、それに対する応答の書き込みが、別の教員の方からなされた。そこでは、つらさへの共感を示しながらも、長年の間に身につけたとされるいくつもの「コツ」が、具体的に書かれている。「『なぜ学ぶのか』説得力のある説明を頻繁にする」、「社会人として必須事項、親になった時に必要な事柄、将来の教養、入試基礎事項など教える目的を細分化し、そのクラスや生徒に合わせて優先事項から教えていく」、「生徒に対して日常的に感謝や謝罪を口にすることも大事。対等な立場にいることを実感させる」、「生徒との約束事は必ず守る」等々。これらの具体的なアドバイスもさることながら、私が引きつけられたのは、さらに翌日に「追記」として書かれた以下の部分である。
 「この文章を書いたのは、端的に言えば元増田先生に辞めて欲しくないからです。
 教員にとって、生徒にあるべき大人像を見せることも仕事の一つだと認識しています。
 特に女性は、働くことにより経済的に自立して、それが精神的な自立につながっているところを見せる、という大事な責務があると思っています。
 教育困難校に通う生徒たちは特に同質的な狭い世界で生きがちです。
 その生徒たちに、結婚しても働き続ける女性である私たちを見せることは、非常に意味があること。
 もしかすると、学力以上に自立して働く女性像のほうが貧困の再生産から彼らを救ってくれるのでは、と最近思います。」
 これは確かにそうだろう。相変わらず女性に厳しい日本の労働市場で、教員という世界は、女性が男性とかなり対等に働けるところである。特に厳しい将来が予想される困難校の女子生徒にとって、女性教員の存在がもつ意味は大きい。
 しかし同時に思うのだ。単なる存在以上に、教員が日々どのようなふるまいをしているかが、女子に限らず、生徒に影響を及ぼしている可能性を。理不尽へのあきらめや、権力への服従や、責任のごまかしや、生徒たち以上の閉鎖性などが、もし教員の間に広がっていれば、そこは生徒におそるべき教育効果を発揮しているだろう。
 私も教員だ。常に自らを律しようとはしているが、どこまで十分かはわからない。自己否定にくじけそうになることもある。でも、教員という仕事の意味から目をそらすことだけはしないでいただきたい。
*本田 由紀(東京大学大学院教授)

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