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飛龍高で免許外科目授業 05年度から

 2018年3月24日のニュースに、「飛龍高で免許外科目授業 05年度から」というものがあった。
 「免許法」って、変だよね!
 申請をすれば、免許を持っていなくても授業をしてもいいんだね。でも、申請をしないと無免許になってしまうんだね!
 こんなことが、他でも通用するのかな???しないよね!
 例えば、車の免許がなくても申請すれば、車を運転してもいいなんてことはないでしょう。無免許は無免許なんですよ。
 人件費を削減して、安い教育をするために、「申請すれば無免許でもOK」なんて法律を作ったんじゃないのかな???
 この学校は、無免許の授業をした教科の補習をすると書いてある。でも、「届け出をして無免許」の学校は、免許のある教員が補習なんてしないんでしょう?
 とにかく、納得ができない法律だ。
◆免許法違反の疑い
 沼津市の飛龍(ひりゅう)高校で少なくとも二〇〇五年度から、教員が免許を持たない科目の授業を行っていたことが同校への取材で分かった。県私学振興課は、教育職員免許法違反に当たる可能性もあるとみて調べている。
 井出啓之(ひろゆき)校長によると、同校では時間割をスムーズに組むなどの理由で、教員が免許外科目の授業をすることがあった。本来は校長が県私学振興課に「免許外教科担任」の申請をする必要があるが、同校は申請していなかった。
 一六年度に就任した井出校長は「教員や教科主任から報告がなく、免許外科目に気づけなかった。教科主任は『校長が申請していると思った』と話しており、意思疎通にミスがあった」と説明した。同校で免許外科目の授業が始まった時期は「〇四年度以前は資料が残っていないので分からない」としている。
 同校には現在、教員百十一人と生徒九百九十三人が在籍している。在校生については、二年生百二十一人が地理や世界史で免許を持たない教員の授業を受けており、同校は補習や課題提出で対応する方針。
 保護者から問い合わせや苦情も寄せられているといい、井出校長は「生徒には弁解のしようがない。今後は誰がどの免許を持っているかを学校全体でチェックしていく」と再発防止策を語った。
 県私学振興課の担当者は「今は学校に資料提出を求めている段階。対象となる教員が多く、いつまでに調査を終えられるかは未定」と話した。
(杉原雄介)

http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/tokai-news/CK2018032402000103.html

 「毎日新聞」2018年3月9日 地方版にも、「飛龍高 免許外科目で授業 11年度から継続か、県が調査 /静岡」と出ていた。
 私立飛龍高校(学校法人沼津学園・沼津市東熊堂)で少なくとも2011年度以降、地理歴史の免許を持たない公民の教諭が地理や日本史の授業を継続的に行っていた可能性があることが、同校関係者への取材で明らかになった。教育職員免許法に違反する疑いもあるとして、県が調査に乗り出した。
 同校は2月8日、県私学振興課に「今年度の地理、日本史で免許を持たない公民教諭2人に授業をさせてしまった」と報告。対象の2年生2クラス61人と3年生3クラス78人に単位認定のため補習や課題提出を求める対応を決めた。しかしそれ以外の免許外の授業についての報告はなかった。
 県私学振興課の田中真生課長は「生徒が決められた教育を受けることが学校では最も重要。事実関係を調査したい」と話した。一方、同校の井出啓之校長は「以前の資料は高校に残っていないため確認が取れない。当時から残っている教諭に今後聞き取り調査を行う」としている。
 教育職員免許法上、例外として他の教科の免許を持つ校内の教諭が1年に限り免許外の教科を担任できる「免許外教科担任制度」があるが、飛龍高校はこの制度の適用を受けるための県教委の許可を受けていない。同法は、教育免許を持たない者を故意に教員に任命・雇用した者には30万円以下の罰金に処すると定めている。【石川宏】

https://mainichi.jp/articles/20180309/ddl/k22/100/308000c
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考える力とスポーツ

 2010年8月12日の「静岡新聞」の「時評」に「考える力とスポーツ」というのが載っていた。
自己の能力向上に重要
 世間では、「勉強をとるか、スポーツをとるか」という選択が存在する。また、スポーツ界では「競技力があれば、勉強はできなくても良い」といった風潮があることも否定できない。しかしこうった考え方で良いのだろうか。
 トップアスリートたちのパフォーマンスは、優れた身体的才能とその身体を鍛えるトレーニングだけで構築されているのではない。そこには必ず「考える力」が必要となってくる。ここで言う「考える力」とは、トレーニングの原則である「意識性の原則」を指すのではなく、自己の現状、目標を達成するためのプロセス、パフォーマンス向上を導く手段、トレーニングの効果、自己の課題などを考え、そしてそれぞれに対する知識を高めていくといった広範囲のことである。
 こうした「考える力」は、トップレベルに到達することを可能にし、身体的才能と共に重要な才能である。トレーニングでは、身体だけでなく考えながら行うことによって、その効果を最大限にまで引き出すことができる。こうした「考える力」の必要性は、年齢が上がるにつれてどんどん増していく。幼少期から「考える力」を身に付け、年を重ねるごとに発展させるべきである。
 では、この「考える力」を身に付けるにはどのようにしたらいいのだろうか。まずは、勉強習慣を身に付けることである。勉強を通じて、考えること、知識を身につけることを習慣付ける必要がある。学校における授業と家庭での学習を合わせた時間は、トレーニング時間と比較しても確実に長くなる。そうした時間の中で考えることが習慣化されれば、トレーニング中に「考える力」を発揮する基礎が身に付く。
 そして次に、考える習慣をトレーニングに置き換えることである。つまり、さまざまなテーマについて選手自らが考える機会を持つ、あるいは持たせることである。また、自分の身体の動きを感じ取りながらトレーニングすることも、「考える力」を養成する。指導者の指示通りに動くだけでは、「考える力」を身に付けることは不可能であり、操り人形になってしまう。そして、常に向上心を持って目標を達成するための努力について考え続けることである。レベルが高くなると、求められるものも難易度が増していく。
 こうした状況では、「考える力」が無くては自己の能力を向上させていくことは不可能であろう。「考える力」を使ってスポーツをすることは、身体を使うことと同様、あるいはそれ以上に重要である。また一方で、勉強する力があればスポーツにも活き、スポーツで「考える力」があれば勉強にも活かせるはずである。スポーツと勉強は、相互に良い影響を及ぼすことができることを忘れないでほしい。
*杉本 龍勇(すぎもと・たつお)
 沼津市出身。浜松北高-法政大-ベルリン工科大-中京大大学院卒。バルセロナ五輪陸上男子短距離日本代表。法政大学経済学部准教授、Jリーグ清水エスパルスフィジカルコーチ。県体協理事。専門はスポーツ経済学。

『増補版 ちょっとしたスペースで 発達障がい児の脳と感覚を育てる かんたん運動』森嶋勉 著、太田篤志 監修(合同出版)1700円+税

子どもたちに身体を十分につかってあそぶ機会を!
 子どもたちが取り組みやすい運動を写真で紹介。学校の休み時間や家庭での空き時間に、手軽な道具を使ってできる楽しい運動あそびが満載です。
 ロングセラーの増補版!
*森嶋勉(NPO法人チャットチャット理事長)
*太田篤志(姫路独協大学客員教授)

コカイン依存 仕組みを発見

 2018年3月15日の朝刊より、「コカイン依存 仕組みを発見」の引用!
浜松医科大名誉教授らグループ
 依存性が高い違法薬物として知られるコカインに関し、特定の分子の働きが弱まることで快楽が過剰に残り、再発へとつながるメカニズムを、浜松医科大の中原大一郎名誉教授(69)と埼玉医科大の村上元講師(40)らの研究グループが世界で初めて発見した。薬物依存の新たな治療法の開発が期待される。研究成果は15日付の米科学誌「サイエンス・アドバンシーズ」電子版に掲載される。
(飯田樹与)
世界初、治療法に期待

 薬物には「快感」という強い報酬が得られることで中毒性が高まる。いったんは断薬できても、摂取した場所や器具を見るだけで欲求を抑えられなくなるケースも多いが、快感を忘れられなくなる脳内の仕組みは分かっておらず、効果的な治療薬はない。
 グループは、快感に関わるドーパミン神経細胞内にある分子「主要組織適合遺伝子複合体クラスⅠ(MHCI)に着目。MHCIの機能を欠損させたマウスと、通常のマウスで実験したところ、欠陥型マウスはコカインを過剰に求めるようになった。
 通常のマウスがコカインの摂取を繰り返すとMHCIが減少。逆にMGCIを人為的に増やしたところ、依存行動を抑制できた。MHCIは余分な神経回路を切り取る働きがあるが、コカインはそれを阻害するため、快感記憶が残り続けるという。
 今回の研究成果は、コカインと同様に快楽が中毒性に関わるアルコールやニコチンのメカニズム解明につながる可能性もある。中原名誉教授は「MHCIはうつ病や自閉症など、ドーパミン神経細胞に関わる神経疾患にも、重要な役割を果たしている可能性がある」と話した。

Youは何しに大学へ?

 2018年3月11日の朝刊<スタッフ座談会>より、「Youは何しに大学へ?」の引用。目的意識のない大学生が増えているんですね・・・同様に、目的意識のない高校生も多いんじゃないですか???
現役学生と意見交換
 高校を卒業したら、とりあえず進学-。18歳人口がさらに減り、大学が入りやすくなっている今、あなたは何しに大学へ? 高校生スタッフが、現役の大学生たちと一緒に考えた。
(川合道子)
働く強調文自信ない / とりあえず / 人生の夏休み
 「周りが進学する人ばかり。何となく大学に行かなきゃいけないような気がしています」と打ち明けるのは、愛知県幸田町の三浦明香さん(二年)。「まだ社会に出て働ける自信はないし、進学した先で何か見つかるかも。大学で勉強しつつ、アルバイトをして社会経験を積みたい」と話す。
 県内への進学を考えてはいるものの、大学や学部などは具体的に決まっていない。「実際にどんな勉強をするかは授業を受けてみないと分からない。入学してから学部や学科を決められたらいいのに」と思う。
 同県碧南市の石黒美沙紀さん(一年)も「将来が見えず『とりあえず大学』という意識の子も多い」と感じている。自身が進学を希望する理由の一つに「リストラの対象になるのは高卒からと聞くから」と挙げた。
 ベネッセ教育総合研究所が二〇一六年に全国の大学生を対象に実施した「第三回大学生の学習・生活実態調査」によると、高校時代に受験する大学を決める際「興味のある学問分野があること」を重視した学生は54・5%で、〇八年に比べて10ポイント以上減っている。「興味のある学問分野」を重視しなかった学生ほど、高校時代に自分の進路や将来について積極的に考えていなかったと回答。「大学で学びたいことがあいまいなまま入学する学生が増加しているようだ」(ベネッセ)という。
 楽な授業を好み、大学の支援を求める声も高まっている。同じ調査で「あまり興味がなくても、単位を楽にとれる授業がよい」と答えた学生は61・4%、「学生生活は大学の教員が指導・支援するほうがよい」は38・2%で、それぞれ八年間で12・5ポイント、22・9ポイント増えた。
 三重県の私立大に通う小田星矢さん(二年)は「自分の興味より楽に単位が取れる授業を履修したり、寝ていたり。学ぶ意欲が感じられない学生が目立つ」と漏らす。名古屋市の私立大に通う女子学生(一年)は高校時代を振り返り、「高校が進学率を上げることや、より偏差値の高い大学に行かせることに必死だった。自分の将来を考え、もっと『なぜ大学に行くのか』を考える機会がほしかった」と話した。
 一方、同市の国立大大学院生伊藤拓さん(二年)は「大学は人生の夏休み」ときっぱり。「興味のなかった授業でも視野が広がり、生き方に影響することもある。自由な時間をどう有意義に過ごすかが大切」とアドバイスを送った。
   ■ ■ ■
 文部科学省によると、十八歳人口は一八年に百二十万人を下回り、今後減少の一途をたどる。大学側はキャンパスを利便性の高い都心に移転したり、就職活動を手厚く支援したりして魅力のPRに懸命だが、高校生は冷静だ。愛知県半田市の池内友音さん(二年)は「施設面も大事だが、学費に見合う質の高い教育を提供してほしい」と話した。
 東京の私立大大学院に通う大島潤平さん(二年)は「特に文系は理系と比べて『四年で何を学んだか』が見えにくい」と指摘する。「その学部で何が学べるのか、どのような将来のビジョンを描けるのかを明確にすべきだと思う。学生の『学びたい!』に応えられる大学こそが支持されるのでは」と予測した。

大学ジャーナリスト 山内さんに聞く
 2020年度から「大学入試センター試験」に代わる「大学入学共通テスト」が導入され、22年度には高校の学習指導要領も変わる。これからの高校生に求められる力とは。「高大接続改革」などの著書がある大学ジャーナリストの山内太地さん(40)に聞いた。
アウェーに身を置き問題意識を
 今まで高校では誰かが答えを見つけた問題で解き方を教わり、テストで良い点を取れば評価できた。でもそれではグローバル化に対応できる人は育たない。大学では「もっと飛行機を安全に飛ばすにはどうしたらいいか」や「治らない病気の薬をどう作るか」など答えのない問題挑む。難関大に受かったからといって、黙って授業を受けていれば大企業に就職できるという発想では、何者にもなれない。
 何となく進学を考えている人は、自分が今後の人生で課題にぶつかったときに解決する力を身に付けるには、どんな大学で何を学べばいいのか、問題意識を持ってほしい。そのためにはどうしたらいいか、例えば、乳幼児の死亡率の高い国を訪れる。それを解決するために、自分が学ぶべき学問を考え、目指す職業が見つかるかもしれない。居心地のいいところにいる限り問題意識を持つことが難しい。本拠地ではない「アウェー」に身を置くことも大切だ。
   ◇
 山内さんらが登壇する講演会「高校生に求められる学び~激変する社会から必要とされるチカラとは~」が17日午後、名古屋市の愛知学院大学名城公園キャンパスで開かれる。教育関係者が対象で、入場無料。問い合わせは、JTB中部=電052(582)9481=へ(平日のみ)。

http://www.chunichi.co.jp/article/feature/koukouseieye/list/CK2018031102000010.html

『おそい・はやい・ひくい・たかい 100号 学校でつまずかない人生』(ジャパンマシニスト社)1200円(税別)

 特集は「学校でつまずかない人生」。
 小学校の教員らが学校教育の20年を振り返り、対談した内容、ジャーナリストや児童精神神経科医、社会学者の意見などを掲載。発達障害や不登校についても紹介する。

親の体罰・暴言で脳変形 記憶力低下、難聴、問題行動の恐れ

 2018年3月6日の朝刊より、「親の体罰・暴言で脳変形 記憶力低下、難聴、問題行動の恐れ」の引用!


 デリケートな子どもの脳は幼少期に厳格な体罰や暴言などを受けることで変形し、発達の遅れや記憶力低下につながってしまう-。そんな脳科学の研究に注目が集まっている。厚生労働省も研究データを基に「体罰は百害あって一利なし」として、注意喚起を促している。
 「日常的に親から暴力や暴言を受けて育った子どもの脳は萎縮したり、変形したりして発達が損なわれてしまう。それが原因となり、子どもは将来生きづらさを抱える可能性がある」。小児精神科医で、昨年「子どもの脳を傷つける親たち」(NHK出版)を出版した福井大子どものこころの発達研究センター・友田明美教授は話す。
 友田教授は二〇〇三年、留学先の米ハーバード大で、十八~二十五歳の男女約千五百人に聞き取りを行い、その中からほおへの平手打ちやベルトで尻をたたかれるなど子ども時代に厳格な体罰を受けた二十三人を抽出。磁気共鳴画像装置(MRI)で脳を解析し、暴力を受けたことがない人たちと比較したところ、感情や思考をコントロールする脳の「前頭前野」の容積が平均して19・1%少なく、萎縮していた。
 暴力を受けた人は、体から大脳に感覚を伝える神経回路が細い傾向も見られた。痛みに鈍感になるために、脳が自ら変形したことが考えられるという。「前頭前野は、萎縮することで危険や恐怖を常に感じやすくなる。感情をコントロールするため犯罪抑止力にも関わる部位で、正常に発達しないと問題行動を起こしやすく、うつ病に似た症状も出やすい」と友田教授は指摘する。
 また約千五百人の中から、身体や性的被害はないものの言葉による暴力を受けてきた別の二十一人を調査。「おまえなんて生まれなければよかった」「死ねばいい」などの暴言を受けていた人は、そうでない人と比べて会話機能をつかさどる脳の「聴覚野」の容積が平均して14・1%多かった。
 聴覚野の中で興奮を伝える神経細胞の接合部「シナプス」の密度が増えたことが原因として考えられるという。正常な状態では、シナプスはある一定量まで増えると刈り込まれる仕組みだが、暴言を受けることで脳機能が壊れコントロールがきかなくなって増えすぎてしまう。すると会話する際に脳に負荷がかかって心因性難聴につながったり、耳が聞こえにくいため人と関わることを恐れたりするようになる。
 調査では、両親間のドメスティックバイオレンス(DV)を平均四・一年目撃してきた二十二人の脳も解析した。日常的に目撃していた人は、そうでない人と比べて視覚をつかさどる脳の「視覚野」の容積が平均6・1%減少。顔を認識する部分が小さくなるなどの影響が出て、記憶力低下などにつながっていた。
 厚生労働省は昨年五月、友田教授の研究結果を引用しながら体罰や暴言による子どもへの影響をまとめ「愛のむちゼロ作戦」と銘打った啓発パンフレットを作成。体罰によらない子育てを推進している。国内外の研究では、患者と医師らが信頼関係を築く中で心をケアする「認知行動療法」などにより、萎縮した脳の容積が回復した例も報告されている。
 友田教授は「子育てに真剣になるあまり、怒鳴ったり、子どもの頭をたたいたりしてしまう可能性はどんな親でもある。大事なのは、親自身がそうした行為は誤りだと認めて、一刻も早く改めること」と諭す。
 (細川暁子)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201803/CK2018030602000191.html

校内研修の改革 -学びを中心に-

 「ひとこと」より、「校内研修の改革 -学びを中心に-」の引用。
学習院大学文学部教授 佐藤 学
 10年ほど前、琵琶湖周辺の小さな学校で昭和10年前後の校内研修の詳細な記録史料を発見した。その史料を見ると、4月に研究部が組織され、年間3回の研究授業が計画され(授業提案者は若い教師)、毎月の研究会で教材研究、発問計画、板書計画、指導案作りが行われ、そして授業協議会では授業者の反省から始まり、どこの教え方が良かったか、どこを改善すべきかが語り合わ強調文れ、最後に視学官が講評を述べている。今と同じではないか。80年間で社会は大きく変化したというのに、校内研修は何も変化していない。このままでは、80年前の授業が再生産されるだけである。
 校内研修の目的が「主体的・対話的で深い学び」の創造にあり、教師の専門家としての成長と校内の同僚性の構築にあるとするならば、校内研修の改革は必須の課題である。
 私が訪問する学校では①すべての教師が年に1回以上、研究授業を行う②教師の教え方ではなく、子どもの学びを省察し語り合う(どこで学びが成立したのか、どこでつまずいたのか、どこに学びの可能性があったのか)③評価や助言ではなく、教室の事実から学んだことを語り合う④すべての教師が一言は発言する-という原則で、校内研修を行っている。
 観察と研究の対象を教師の「教え方」から子どもの「学び」に転換することは重要である。正しい教え方は100通りある。いくら「教え方」を議論しても教師間の対立が深まるだけである。評価や助言の交流ではなく、教室の事実から学んだことを交流することはもっと重要である。初心者ほど「どこが良かったか」「どこが悪かったか」と評価する傾向がある。卓越した教師は「学び上手」なのである。教室の事実からの学びを交流することで専門家としての成長が促進される。
 アクティブ・ラーニングの実現は、校内研修の改革と個性と多様性を尊重し合う教師の学びの共同体づくりを要請している。

入試ミスと21世紀型教育

 『内外教育』第6645号の「ラウンジ」より、「入試ミスと21世紀型教育」の引用。
 大阪大学に続いて、京都大学でも入試の出題ミスが発覚した。入試の出題ミスは、そう珍しい話ではないが、ここまで大量の不合格者が追加合格となったのは異例だ。ある意味、旧帝大系国立大学の入試の熾烈さを物語っているといってよい。そう、これはまさに「1点」を争う入試だったのだ。
 受験生のことを考えれば、大阪大学や京都大学の対応のまずさは、社会的批判を浴びても仕方ないもので、到底、擁護できない。だが、現在文部科学省主導で進められている大学入試改革は、「1点刻み」を競う入試から「多面的・総合的に評価・判定」する入試への転換を目的としている。センター入試に変わる共通テストで記述式問題が出るのも、国立大学協会が国立大学の二次試験で「高度な記述式問題」を出題する方針を決めたのも、習得した知識の量より論理的思考、表現力などを評価するのが目的だ。
 しかし、このような出題には、評価する側の主観、価値観などが入ることは避けられない。そうなると入試結果に人生が左右されかねない受験生やその保護者、予備校関係者などから「出題ミス」との批判が出ることは、ほぼ確実だろう。逆に、批判や疑問の余地が完全にない採点ができる程度の記述式問題で、果たして思考力や表現力などを本当に評価できるのか。
 重ねて言う。大阪大学などの対応を弁護するつもりは全くない。けれども、今回の騒ぎに関する文科省も含めた社会の反応を見ていると「1点刻み」の入試から「多面的・総合的に評価・判定」する入試への転換を、本当に日本の社会は受け入れられるのか、という不安をぬぐい切れない。
 とはいえ、人工知能(AI)の発達による社会の変化が、教育に変革を迫っているのもまた事実だ。従来の教育の根幹だった「読み・書き・計算」では、人間はAIには勝てない。現在でも学校教育の多くは、知識の習得にほとんどの時間を割いているが、手元にあるスマホの画面を見れば、もうそんなことに大きな意味はないということは、誰にでも分かる。膨大なデータの蓄積、必ず正解のある問題を解決することは、AIの最も得意とする分野だ。実は学校教育は、スマホを使わない、ネットを検索しないという限定条件の中でしか価値が成立しない学習を子どもたちに延々とさせているのではないか。
 AIにできない、人間だけにできることは何か。それは問題自体、つまり「問い」を発見することだ。その意味で、「問題『解決』学習」を中心に捉えた、アクティブ・ラーニングの実践が多いことにも疑問が残る。(F)

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ニャン太郎

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