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中3の1年間の伸びしろは無視?

 『内外教育』2015年8月7日の「普通の教師が生きる学校 モンスター・ペアレント論を超えて」より、「中3の1年間の伸びしろは無視?」の引用。
小野田正利(大阪大学大学院教授)
Point
①全国学力テスト結果を高校入試に活用しようという、大阪府の意向をめぐっての混乱
②絶対評価と言いつつ、学校ごとに相対評価をした内申点の基準設定が必要と言い出す
③そもそも中3の4月に受けた結果が、1年後の入試を縛るって、どういうこと?
相対評価から絶対評価へ
 全国波及の可能性もあるので、いまはローカルな話題ではあるが、きっちんと言及しよう。全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果を使って、内申点の絶対評価の「公平性」を図ろうとする大阪府教育委員会の施策だ。まずは2名のコメントから(7月10日付、朝日新聞朝刊)。
 《大阪市教育委員長の大森不二雄・首都大学東京教授(教育社会学)の話 相対評価を絶対評価に変えるだけでは、5段階評価の「5」を生徒の過半数につける学校が出てくる一方で、1割未満しかつけない学校も出るなど理不尽な不公平が生じうる。生徒の人生を左右する高校入試の内申評価にふさわしくないのは明らかだ。絶対評価にはテストによる各校共通の評価尺度が必須。大阪の方針は理にかなう》
 《小野田正利・大阪大学大学院教授(教育制度学)の話 大阪方式は、生徒個人の関心・意欲・態度を考慮するという絶対評価の本来の目的があまりに軽視されている。目標の達成度が評価の尺度になるはずなのに、今まで以上にテストが重視されてしまう。点数主義に陥らず、子どものやる気を引き出そうという一番大事な部分が欠けてしまっているのではないか。府教委は絶対評価の意義をきちんと見つめ直すべきだ》
 公立高校の入試では、通常は中学3年の3月の学力検査(入学試験)と、所属する中学からの調査書(内申書)などが考慮され、その比重は都道府県によって異なっている。調査書の教科ごとの評価方法は、かつて相対評価が用いられてきたが、2002年からは絶対評価へと変更された。
 背景には中学の場合、すでに1992年に旧指導要領が改定され「評定」のほかに「観点別評価」の記載が求められ、A、B、Cによる「目標に準拠した評定(いわゆる絶対評価)」へと変わっていたことがある。そこでは「知識・理解」が後ろに引っ込み「関心・意欲・態度」が前面に躍り出たことで「学力観の転換」を意味するものだと喧伝されたのは有名な話である(私は「新学力観」を疑問視するが、ここでは置いておく)。
 その後、98年の学習指導要領改訂および中教審答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」(99年12月)を経て、教育課程審議会答申「児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について」(2000年12月)が出された。ここでは「これからの評価の基本的な考え方」として「イ 観点別学習状況の評価を基本とした現行の評価方法を発展させ」、絶対評価を「一層重視するととみに、児童生徒一人一人のよい点や可能性、進歩の状況などを評価するため、個人内評価を工夫することが重要である」と明言される。
 従来型の「集団に準拠した評価(いわゆる相対評価)は、集団の中での相対的な位置付け」で評価するものであるため「基礎的・基本的な内容を確実に習得し、目標を実現しているかどうかの状況や、一人一人の児童生徒のよい点や可能性、進歩の状況については直接把握することには適」さず、「児童生徒数の減少などにより・・・客観性や信頼性が確保されにくくなっていることも指摘されていつ」と答申は批判した。そこで、文科省は01年4月に指導要領の改善通知を出して、02年以後の中学の評定は「絶対評価」に切り替えたのである。
 しかし、大阪府だけは唯一、学校内で他の生徒と比較する「相対評価」(10段階)を続けてきた。そのこと自体は「異様」とはいえるものの、不法なものではない。先の教課審答申でも「指導要領と調査書とは作成の目的や機能が異なるものであることから」各教科の内申点を絶対評価にするか相対評価にするかどうかの具体的な取り扱いは「従来どおり、各都道府県教育委員会等の判断において適切に定めることが適当と考える」とされていた。
「国に倣え」と主張したのは橋下氏
 歴史をきちんと振り返ろう。もとはといえば、3年前にさかのぼる。知事から市長に鞍替え当選後の12年5月に、橋下氏がツイッターで「相対評価を大阪が死守しているのはおかしい。他県と同じように絶対評価にしろ。文科省の考え方に賛成だ」と批判し、松井一郎知事もこれに共鳴した。「改正」の動きはこの頃から始まった。
 だとすれば「そのように改正」すればいいのに、今度はなぜか「絶対評価にすると、入試の『公平性』が保障されないではないか?」と言い出した。その中心となったのが、冒頭の大森委員長(元・文科官僚)である。絶対評価では中学の教諭の判断で、制限なく良い評価をつけることができ、学校によって評価がばらつく恐れがある-と当然のことである。もともと絶対評価は、その学校・学級集団に準拠して「5」から「1」をつけているのではなく、目標準拠方式なのだから。
 【来年(16年)の入試から「変える」って決めて触れ回っちゃったよ。しまったなあ!!あっ、そういやあ、文科省の「学校評価及び指導要録の改善等」の通知(10年3月)の中にQ5として「評価の結果が進学等において活用される都道府県等の地域ごとに、一定の統一性を保つように努める」ったあったよな。そうだ!大阪府下の中学生全員対象の学力テストをやっちゃえば、それは絶対評価を補正する指標に使えるぞ。生徒たちだけでなく、学校にも是正勧告もできるしなぁ】
 こうして自治体独自の統一テスト結果を高校入試に結び付けるという全国でも例のない「チャレンジテスト」が、今年1月14日に中1・中2を対象に実施された。府教委は「入試を控える3年の1月は負担が大きい」と来年からの中3の実施は見送ったが、大阪市教委は「3年生こそ必要だ」と市独自のテストをする構えを見せ、そこで両者は「全国学テがあるじゃないか!あるものは使おう」と合意に達する。これをめぐって7月7日に文科省の専門家会議で、当然のことだが、「趣旨から逸脱している。入試選抜に活用すべきではない」と結論が出された。しかし、松井知事は「文科省は上から目線」で「専門家会議はピンぼけ」と批判し、大森委員長も認められない場合は「法的手段も検討する」と息巻いている。
 この一連の騒動の原因は、そもそも言い出しっぺ側に「歴史経過についての見識がなく」「定見と見通しがない」ことがあるように思う。加えて、かつて大阪には4つの学区(06年までは9学区)があったが、橋下氏自らが14年から撤廃し1学区にしてしまった。ここではたと、534の中学校、257の高校という無茶な「戦国時代」を招いてしまった中では、妥当なコントロールが利かないことに気が付く。今回の騒動のもとは、見境なく「国に倣って絶対評価にするぞ!」「学区はいらないかrみんな競争しろ!」と言い出した人と、それに付和雷同したことにあると私は考える。
なんで4月の結果で決めちゃうの?
 この騒動の中で、当事者なのに蚊帳の外に置かれたのは中3生であり、その親たちである。この数年で、実に目ぐるましく変わる入試制度(日程も選抜方法もおもちゃのように扱われた)に翻弄された犠牲者たちには「いいかげんにしてくれ!」という気持ちが渦巻いている。
 3つの疑問がすぐに湧く。①入試は中3の冬なのに、なんで4月21日の全国学力テストを使うの?それって3年生になってからの勉学の伸びしろを考慮せず、中2段階で固定してるってことじゃないの?②全国学力テストは国・数・理の3教科だけなのに、中学校の9教科全体を見渡した成績や能力を見ることができるの?③絶対評価にするって言いながら、今度は大阪府下の私学を含めた「約534校という学校ごとを対象にした相対評価」を始めることじゃない?学校の評価が、個人の評価と連動するの?だって松竹梅で言うと、A中は松だから5の評価は15人で、B中は竹だから10人で、C中は梅か並だから5人っていうことなんでしょ?(府教委は5段階の評定平均の目安を±0.30にするという)。

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