おそるべき教育効果

 『月刊JTU』2017年3月号の「点鐘」より、「おそるべき教育効果」の引用。
 ある匿名ブログサイトに、「教育困難校に勤務しているけど、もう無理」という書き込みがあった。「毎日、授業にもならなくて、毎日、ババアとかブスとか、死ねとか言われまくって、ちょっと強く言ったら、教育委員会に言うぞとか、体罰だとか騒がれて、でもそれが教員の仕事でしょ、って言われて」。つらさのあまり、次年度いっぱいで教員を辞めると書かれている。
 翌日、それに対する応答の書き込みが、別の教員の方からなされた。そこでは、つらさへの共感を示しながらも、長年の間に身につけたとされるいくつもの「コツ」が、具体的に書かれている。「『なぜ学ぶのか』説得力のある説明を頻繁にする」、「社会人として必須事項、親になった時に必要な事柄、将来の教養、入試基礎事項など教える目的を細分化し、そのクラスや生徒に合わせて優先事項から教えていく」、「生徒に対して日常的に感謝や謝罪を口にすることも大事。対等な立場にいることを実感させる」、「生徒との約束事は必ず守る」等々。これらの具体的なアドバイスもさることながら、私が引きつけられたのは、さらに翌日に「追記」として書かれた以下の部分である。
 「この文章を書いたのは、端的に言えば元増田先生に辞めて欲しくないからです。
 教員にとって、生徒にあるべき大人像を見せることも仕事の一つだと認識しています。
 特に女性は、働くことにより経済的に自立して、それが精神的な自立につながっているところを見せる、という大事な責務があると思っています。
 教育困難校に通う生徒たちは特に同質的な狭い世界で生きがちです。
 その生徒たちに、結婚しても働き続ける女性である私たちを見せることは、非常に意味があること。
 もしかすると、学力以上に自立して働く女性像のほうが貧困の再生産から彼らを救ってくれるのでは、と最近思います。」
 これは確かにそうだろう。相変わらず女性に厳しい日本の労働市場で、教員という世界は、女性が男性とかなり対等に働けるところである。特に厳しい将来が予想される困難校の女子生徒にとって、女性教員の存在がもつ意味は大きい。
 しかし同時に思うのだ。単なる存在以上に、教員が日々どのようなふるまいをしているかが、女子に限らず、生徒に影響を及ぼしている可能性を。理不尽へのあきらめや、権力への服従や、責任のごまかしや、生徒たち以上の閉鎖性などが、もし教員の間に広がっていれば、そこは生徒におそるべき教育効果を発揮しているだろう。
 私も教員だ。常に自らを律しようとはしているが、どこまで十分かはわからない。自己否定にくじけそうになることもある。でも、教員という仕事の意味から目をそらすことだけはしないでいただきたい。
*本田 由紀(東京大学大学院教授)

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