中学教員57% 過労死ライン

 2017年8月22日の朝刊に「中学教員57% 過労死ライン」という記事が出ていた。
10年前、夫なくした女性、訴え 国の働き方改革では、民間企業の時間外労働に罰則付きの上限規制が設けられることになった。しかし、公立学校の教員には適用されず、取り残されている。十年前に公立中学教員の夫=当時(40)=を過労で亡くした工藤祥子(さちこ)さん(50)=東京都町田市=は「公立の教員にも時間外勤務の上限を設けたり、教職員の数を増やしたりして働きやすい仕組みに変えてほしい」と訴えている。
(土門哲雄)
「心身に余裕が持てる働き方を」
 「疲れた。頭が痛い」。二〇〇七年四月、横浜市の転勤先の中学に赴任したばかりの夫・義男さんが、体の不調を訴えるようになった。六月、修学旅行の引率から帰り、動けなくなった。六日後、年休を取って訪れた病院の待合室で倒れた。そのまま意識は戻らず五日後に亡くなった。くも膜下出血だった。二人の娘はまだ中二と小四だった。
 義男さんは学生時代、柔道やアメフットの選手。前任の中学では、体育祭や学芸会で仮装して生徒と一緒に楽しんだ。明るくて元気な教師で、生徒に好かれていた。しかし転勤先では、前任地に続き保健体育の授業やサッカー部の顧問、生徒指導を担当したが、このほかの仕事にも追われた。
 毎朝六時に家を出て、七時から部活動の朝練。生徒指導専任や二クラスの副担任のほか、不登校生徒の支援、安全対策などの校務を担わされた。保護者面談や生徒の成績評価、地域へのあいさつ回りや警察との連携、懇談会などで深夜の帰宅が続いた。土日も十分に休めず、家でも行事の資料作りなどに追われていた。
 葬儀には教え子ら約二千人が訪れた。工藤さんは、義男さんが過労で死亡したとして「地方公務員災害補償基金」に公務災害を申請した。二年半、何も連絡がないまま突然、「公務外」とする書類が届いた。
 弁護士に相談し、反論書を出すなどして公務災害と認められたのは亡くなった五年半後の一二年十二月。時間外労働は自宅での仕事も含めて最大月約二百時間と訴えたが、証拠不十分とされ、認められたのは半分以下の九十六時間だった。
 「先生は『子どもたちのためなら』と、頑張りすぎてしまう。まずは本人が体をいたわってほしい」と工藤さん。五月に発足した「神奈川過労死等を考える家族の会」の代表を務め、「先生たちが児童生徒と向き合うため、心身に余裕を持てるよう、国レベルで変えるべきだ」と、全国各地で講演している。
 公務災害の相談は「全国過労死を考える家族の会」のホームページを通じて受け付けている。
公立中 勤務 10年で週5時間増

 民間企業の時間外労働の上限規制は休日労働が含まれないなどの「抜け穴」が指摘されているが、公立小中学校の教員の過労死対策はそれ以前の問題だ。
 文部科学省の二〇一六年度調査では、国が示す「過労死ライン」(月八十時間超の残業)に相当する「週六十時間以上勤務」は公立中学校教員の57・7%、公立小学校教員の33・5%に上る。十年前と比べ、週勤務時間は中学校で約五時間、小学校で約四時間増えた。
 公立小中学校の教職員の時間外勤務は、校外実習や修学旅行など四種類しか認められていない。実際は一日の勤務時間の七時間四十五分が終了した後も部活動や授業準備がある。これらは「自発的行為」とされ、教育職員給与特別措置法(給特法)で時間外勤務手当は支払われない。代わりに基本給の4%が毎月一律で支給されている。
 教育関係者らは時間外勤務をきちんと把握し、上限規制を設けるよう国に求める署名活動を続けている。文科省の中央教育審議会(中教審)の部会でも議論されており、次回は二十九日に開かれる。
◆総労働時間の縮減を
<明星大・樋口修資(のぶもと)教授(教育学)の話>
 公立学校の教員は過労死寸前の働き方が常識になっており、憂うべき事態だ。時間外勤務手当を支給しないとする給特法の抜本的見直しが必要だ。ただ国の財政は厳しい。超過勤務分の代休を夏休みなどで補う「調整休暇制度」を導入し、一年間の総労働時間を縮減すべきだ。部活動を外部の指導者に委ね、休養日を設ける取り組みを国が主導する必要がある。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201708/CK2017082202000113.html
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