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先生は万能じゃない 平墳雅弘さんと内田良さん対談

 2017年12月24日の朝刊より、「先生は万能じゃない 平墳雅弘さんと内田良さん対談」の引用。
 多忙の解消が課題とされ、一方で、指導により子どもを自殺に追い詰める。先生の立ち位置は今、どこにあるのだろう。今春まで公立小中学校教諭を務め、子ども自身が話し合いでいじめなどの問題解決に取り組む「子ども裁判」を実践した平墳(ひらつか)雅弘さん(61)の経験を基に、学校で子どもや先生が被るリスクを調査研究する名古屋大大学院准教授の内田良さん(41)と対談をしてもらった。
(佐橋大、世古紘子、鈴木久美子)
内田 先生は小中学校で勤務してこられたんですね。
平墳 小学校十三年間、中学校二十四年間です。子ども裁判を始めたのが教員になって十三年目くらいだった。当時、大河内清輝君が亡くなって、学校もいじめに関して非常にナーバスになり、違う方向のことをしなきゃいかんとなった。私のクラスでも問題があって保健室に女の子が逃げたとき、クラスの別の女の子が「私ら何もしなくていいの?」。私は「子どもに何ができるんだ」という感覚だったが、子どもたちが解決したがっているんだと気になった。子どもが自分たちで解決する仕組みを作るべきだと思った。
 普通は学校が作るいじめのアンケートを子どもが作る。「相談して」と漫画が入ったりする。問題の調査もし、時には家庭訪問も。教員はサポートする。
内田 当事者同士が顔を合わせて、何が起きたかをちゃんと言う制度設計ですね。だから変わるきっかけになる。
平墳 でも、「何を勝手なことをやっているんだ」と担任を一時外された。
内田 まさに管理教育の逆のことをやっているから。今、学校で働き方や部活改革で声を上げている先生たちも異動を覚悟しています。
 先生は、文部科学省、教育委員会、管理職、先生、保護者、生徒という権力環境の下にいる人の息苦しさを見ている。他方で、福井県池田町で起きた中学生の自殺もそうですが、生徒や保護者に対する権力者でもある。
平墳 子ども裁判では、子どもたちが教員にも意見を言った。中学校で四クラスから選んだ十六人の裁判員が子どもたちにアンケートをとったとき、担任の批判がたくさんあった。○○先生は声が大きい、××先生はちっとも言うことを聞いてくれない…。解決のために教員と生徒の話し合いをもった。私は仲介者。あるクラスは日直が窓閉めの担当だったが、週番が回って×をうった。窓が開いていたらしい。日直は閉めた、って言うんだけど、担任は×だと対立。「先生は何でも決め付ける!」と壮絶なやりとりでしたが、最後は誤解が解けた。見ていてあっと思ったのは、教員も裁かれるべきだということ。意見を言う場がないから子どもも保護者も教員も不満がたまる。
内田 新しい道徳の教材を見ると、いじめはたくさん出てくるんですけど、先生による体罰っていまだに出てこない。まさか先生が子どもに対してトラブルを起こすはずがないという前提で作られている。先生の加害性、暴力性を封印している。今のお話は、その封印を解くということですね。先生だって失敗するし勘違いもする。それを子どもから批判を受けて、みんなで話し合いましょうと。
内田 先日、いじめの件数が過去最高と文科省が発表した。先生は「いじめ撲滅宣言」も問題だとおっしゃっていた。
平墳 小学校のあるクラスで、「僕たちはいじめをしません」と朝、唱和していた。だけど実際は起きる。すると教員は「毎日これを読んでるのに、なぜいじめをするの」と。子どもを追い詰める道具になってしまう。宣言そのものは悪くない。
内田 ゼロというのは、そもそもあきらめるべきで、むしろ、あるという前提で、起きたときにみんなで考えようということが大事。教委や学校長がいじめゼロだぞと言うと、先生が誰ともシェアできなくなり問題がより根深くなっていく。
平墳 教員にとって、いじめゼロ、というのは非常にプレッシャーになる。教委は学校に、いじめた子といじめられた子の話を親身に聞きなさいと言う程度で、具体的な対策の方法は一切言わない。でも、その指導により教員には、いじめは教員こそが解決するのだという意識が、がーんとある。新卒一、二年目の教員は、私がんばるんですと言う。でもうまくいかない。子どもたちとやっていかないと解決できない。子どもや親の意見が入るとまったく違った形が見えてくる。
 子どもは、こうすれば人間関係がうまくいくんだと子ども裁判を通して勉強していった。子どもの専門家は子ども。教員一人では土台、無理。
内田 世の中のムードは先生が一人で背負わなければならないという教育万能主義。保護者が先生に抱く期待も過剰だ。
 子ども個別のニーズに向き合うという時代の要請も、ゆとりがないとできない。いかに先生の負担を軽くしていくか、先生をもうちょっと増やさないと、と考えないといけない。
平墳 子どもの声を聞いていないと教員は多忙になる。あれもこれもやらな、と妄想が膨らんで自分の首をしめている。声を聞けば、堂々と、これは必要ないとはっきり主張できるし、簡単に首になることもない。
内田 そこまで強く言える人ならいいけど。
平墳 ほとんどの教員は思っているんだけど、転換できない。管理職もそう。
内田 先生万能主義から脱却しないといけない。他の人の力も借りるし、先生も「しんどい」と言う。今先生の働き方改革が進んでいるのは、先生が会員制交流サイト(SNS)で悲鳴をあげるようになったから。ようやく外からの目でクローズドな学校文化にメスが入っているが、「先生はこうあるべきだ」という学校文化は根強く改革を難しくしている。
 -来年はどんな年に
平墳 学校と家庭の橋渡しをしたい。親はどう学校と交渉したらよいか分からない。悩む人の声を地域から拾いたい。
内田 先生や子どもの「苦しい」という声に、学校現場が向き合うのがこれからの一年。ここで向き合わなかったら、世論も関心を失ってしまうと思います。

<ひらつか・まさひろ>
 今春まで岐阜県内の公立小中学校教諭。専門は美術。近著「保護者はなぜ『いじめ』から遠ざけられるのか」(太郎次郎社エディタス)。2003年、中日教育賞受賞。
<うちだ・りょう>
 名古屋大大学院教育発達科学研究科准教授。専門は教育社会学。柔道事故や組み体操事故、部活動の負担などの問題について積極的に発言。著書に「教育という病」(光文社新書)など。

http://www.chunichi.co.jp/article/feature/kyouiku/list/CK2017122402000004.html
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