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上長への絶対服従

 『内外教育』2018年6月8日号「ラウンジ」より、「上長への絶対服従」の引用。
 「星野君の二塁打」という小学校高学年向けの道徳教材がある。1947年に雑誌『少年』に発表されたものが、国語や道徳の教材にされてきたものだ。監督から送りバントを指示されていた星野君がついバットを振ったら、二塁打になってチームが勝利した。でも、監督に叱られた、という話である。
 道徳の教材としては、チームプレーの精神が重要とか、みんなで決めたことは守る、といったことが主題のようである。だが本当にそうか。子どもたちは「監督の指示は絶対だ」というふうなことを学んでしまうのではないか。上長に対する絶対の服従である。
 この教材を思い出したのは、故意に危険プレーを行った日本大学アメフト部の選手の記者会見をテレビで見ていたときだった。うちの妻は、「これ、ヤクザと一緒じゃない」と言った。ヒットマンになる鉄砲玉の若い者に若頭が拳銃を握らせる。若頭「オヤジ(組長)をがっかりさせるなよ。しっかりやれ」。ヒットマンは「はい」。命令は絶対だ。やるしかない。そんなヤクザの世界はもう終わっているよと思っていたら、どうやらそうでもないらしい。いろんな組織の中で、脈々と生き続けているようだ。それどころか、この国は、上長への絶対服従という精神が、いつの間にかそこらじゅうにはびこってきているらしい。
 「忖度」という言葉がはやっているが、実に嫌な言葉だ。平等な人間関係における「気配り」とは異なり、卑屈さや権威への無批判な隷従を感じさせる言葉だからだ。
 一国の首相が平気でウソを言い続けているのかどうか、私にはよく分からない。しかし、その首相の答弁に沿うように、役人たちが忖度して文書を改ざんし、国会の参考人として曖昧な答弁を繰り返しているのを見ると、あまりの醜さにあきれてしまう。「野党の攻撃をうまくかわした」などという、無責任なネットの書き込みコメントが腹立たしい。
 問題は、時の政府の要人や中央官庁の高級官僚が、事態を糊塗するための醜い手段をなりふり構わず駆使している、ということだ。中央でやっていいということになるなら、地方の政治でもやっていいことになる。民間だってやっていいことになる。日本じゅうにダーティーな言い逃れ、もみ消しがはびこることになってしまう。
 「監督の指示は絶対だ」というような上下関係のもとで上長への忠誠心の発揮は、それ自体は、より広い世界での真にも善にも結びつかない。それどころか、より広い世界の公共善を損なってしまう。道徳教育が足らないのではなくて、愚かな道徳がこの国を支配しているのではないか。
(T)

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