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思いつきの授業・自己流の指導をすると教室は崩壊する

 「教室ツーウェイ」4月号よりの引用。考えさせられる内容である。詳しくは本誌をお読みください。 <色:#0000ff>(1)  新卒教師のクラスのほとんどは荒れる。子どもが静かなのは、最初の2週間ぐらい。少しずつ騒がしくなりはじめ、そのうち教師の指示が通らなくなる。教師の指示に従わない子が出てくる。やがて、教師の言うことを聞かない状態が生まれ、教室を立ち歩く子が続出する。教室は騒乱状態になる。  教師だって、黙っていたわけではない。 1.子どもの言うことを聞くようにした 2.静かにするように説得してみた 3.うるさい子には、注意をした 4.時には、きつく叱った 5.親にも連絡し、注意してもらった  このようなことをしたのである。しかし、どれも、これも、ほとんど効果はなかった。  これは「子どもが騒ぐ原因」を理解していないからである。「どのように対処すべきか」が分かっていないからである。  このような、誰でも思いつく「シロートの思いつき」をやって、教室がうまくいくほど、教育の要求するレベルは低くないのだ。  新卒教師のクラスは荒れるが、40代、50代のヴェテラン教師の教室も荒れる。それは、ヴェテラン教師が、20年も30年も「シロートの思いつき」を続けた結果なのである。ヴェテラン教師の所に、講師の先生が補助で入っていた。ヴェテラン教師は、教室で次のようなことをしていた。 (1)授業中なのに、自分の事務仕事をして教えていない。 (2)教えていないのに、できないと威圧的に怒る。(「こんなのできないのかー」と) (3)そのうえ、できないままにしておく。 (4)低学年担任なのに、英顔がない、表情がこわい。 (5)「発表の声が小さい」と怒って泣かせる。 (6)長いお説教で授業をつぶす。 (7)つぶれた分を、次の時間に食い込ませて、1日中時間割がずれる。 (8)しかもそれを子どものせいにする。 (9)掃除や休み時間、子どもと一緒にすごさない。 (10)叱るほどのことでもないのに、全員の前で泣くまで叱る。 (11)よさをみつけず、悪いところばかりみつけて指摘する。  子どもは反抗して、やがて教師のいうことを聞かなくなる。  一方、こんな実態がある。 □この調子では、間違いなく新年度の持ち手がいなくなる。子どもがすごく荒れている。先日学年集会を行った3年生だ。問題なのは、子ども達だけではなかった。教師の指導・対応にも問題あり!だった。  教育相談員の巡回相談を要請し、複数の教室を見ていただいた。そこに立ち会っていた管理職が、驚愕仰天!していた。子どもの言いなりで授業が進んでいくのだという。いつもだ。子どもの発想・意見を取り上げ、全員のものにして取りかかるというなら話は分かる。だが、本当に「言いなり」なのだそうだ。子どもの思いつきから始まる行動を制することもなく、動くままに任せていた、という。あちらこちらばらばらになっていく。教室は好き勝手になる。  教師の仕事って、何だろう?何もしていない教師がいるのだ。□ (2)  教師の仕事について、まるっきり分かっていないのだ。いかなる「仕事」「技量」でも、身につけるには、真剣な努力と修行が必要だ。「運転免許」をとるには、それなりの時間がかかる。「真剣な努力」が必要だ。「法規などの座学」のほかに「運転の実習」が必要だ。踊りの先生、書道の先生、ピアノの先生になるにも「実習」が必要だ。  「人に教える」ためには、どのくらいの「実習」が必要だろうか。例えば「サッカー」を「週に2回」やって、1年間すれば人に教えられるだろうか。実習は「百回」である。とてもじゃないが、人には教えられない。  では教師になるための「授業の実習」はどのくらい必要だろうか。最低でも「百時間」の「実習」が必要だろう。ところが、多くの新卒は、教員実習で20時間程度の授業しかしてこない。それより少ない人も多い。これでは、とても無理だ。  それに代わる方法は1つしかない。「模擬授業」をすることである。5分間でいい。大学、サークルなどで、授業をしてみる。但し、条件がある。  第一は、指導案をきちんと書くこと。  第二は、上級者に見てもらうこと。  この上級者に見てもらうことが大切だ。上級者とは、授業者を理解して、駄目な所をその場で実演して見せる人のことだ。「口だけの人」は、駄目だ。大学の先生でも、校長先生でも関係ない。自分が、やってみせる人でなければならない。  歌舞伎でも、英語でも、踊りでも「実習」は、上級者がいて、その場でやってみせてくれるのである。  模擬授業をする人が十人いたら、十人全員の「代案の授業」を、その場でやってくれる人である。  このような場が、大学やサークルや学校にあれば、1年間で授業の基本を学びとることができる。全国的に見れば、数は少ないが、このような方法は広まりつつある。  しかし、ほとんどの教師は、このような実践、授業を経験していない。だから「授業について、ほとんどが学んでこなかった」と言っていいだろう。  それなのに、自称名人と思っている人がどこにでもいる。  「公開授業、飛び込み公開授業」を千回やった人なら、かなりの水準だろう。五百回の人でも、基本はしっかりしている。しかし、「公開授業、飛び込み授業」が百回以下では、かなりあやしい。  教師は、毎年2回の研究授業をして、退職までに70回ぐらいの「研究授業」は可能なのだが、このクラスでは「シロート」とあまり変わらないだろう。 (3)  「知っている」と「できること」は、違う。例えば、テレビでサッカーを毎日見ていれば「知っている」ことは多くなる。しかし、自分が「テレビの中の選手のようにできる」ことはない。「知識」と「技能」は、それぞれ別なのだ。他人の授業をいくら見ても、上手にはならない。教師は「見ればできる」と思っている人がいるが、とんでもないことだ。  しかし「基本的な知識」を知っておくことも大切だ。大学では、ほとんど教えられてこないからだ。  「授業をする」ということ  「クラスをまとめる」ということ  ここには大切な原則がある。それを「知って」もらうために、本号では「具体的な場面」を特集した。  しかし「身につける」ためには「サークル」や「研究会」で、上級者に指導してもらうことが必要となる。上級者とは「代案」をその場で実演してみせてくれる人のことである。口で言ってもらう人ではない。教師の中にはデタラメなことを声高に主張する人もいるので、かえってマイナスになってしまうこともあるのだ。  「授業をする」こと1つをとっても、さまざまな「知識」「技能」が必要である。例えば、算数の時間、教師が次のように言ったとする。  「教科書25ページを出して、3番をやりなさい。」  言った瞬間、叫ぶ子どもがいる。  「先生!何をするんですか。」  普通の教師は叱る。「先生が、今、言ったばっかりでしょう。ちゃんと聞いていなさい。」このように対応する教師のクラスは、荒れていく可能性が高い。優しい先生はもう一度言う。  「太郎ちゃん、よく聞いてね。教科書の25ページを出して、3番をやりなさい。」  2度目を言ったのに太郎は叫ぶ。  「先生!何をやるんですか」  この状態を、どうとらえたらいいのだろう。教師は、どうすればいいのだろう。無視をする-最悪の対応と医師は言う。叱る-子どもは反抗していく。  子どもは悪くないのである。教師が理解していないだけなのだ。
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