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学び続ける教師だけが生徒の前に立てる

 「教室ツーウェイ」(明治図書)6月号よりの引用。詳しくは本誌をお読みください。  第一に教師が学び、教師が変わってこそ、授業が変わり、子どもが変わるということです。授業が変わらなければ、子どもは変わりません。教師は学び続けることが大切です。  第二に、教師の授業の力量が上達するには上級者の指導が絶対に必要だということです。  上級者とは、その場で、かわりにやってみせてくれる人のことです。口だけの指導では上達しません。踊りでもピアノでも、サッカーでも、運転でも、書道でも、上達するには、代案を示し、やってみせてくれる上級者の(師匠やコーチや先生の)指導力が必要です。  第三に、教育の評価は「子どもの事実」で、評価すべきということです。それは、まず、数値によって示されます。学力の評価は学力測定で示されます。できない子が、できるようになったことで示されます。目の輝きで示されるのではありません。  そして「子ども」「保護者」の声で評価されます。同僚の教師の評価はあてにはならないのがほとんどです。  第四にさまざまな結果に対してすぐれた教師は、「自己責任論」の立場をとっています。  駄目な教師は「他者責任論」です。(子どもが悪い、家庭が悪い、地域が悪い、文科省が悪い、前担任が悪いなどと、責任を他人に押しつけます)(職員室で、子どもの悪口を言って笑っている教師は、最低の教師です)つまり、駄目な教師は、無責任なのです。  第五に、すぐれた教師は、時間を守ります。授業時間が延長したり、時間割を変更するのはひどい教師です。  発達障害の子は「変化」を拒絶するのです。時間割通りがいい先生です。  話し方も、要点を分かりやすく話します。駄目な先生は、話が長いのです。30秒で話せることを、2分も3分も使います。  第六に、すぐれた教師は、本をよく読みます。自分たちの自主的な勉強会を持っています。すぐれた教材・教具をよく研究しており使いこなせます。  ファッションもスマートです。授業をジャージでやる教師は、ほとんど駄目な教師です。先進国の教師でよれよれのジャージで授業をする教師は日本ぐらいでしょう。
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