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私たちはなぜ努力するのか

 格差社会がいいのかという問題は、8月22日の朝刊に興味深い記事が載っていた。津富 宏氏(静岡県立大学准教授)が書いたものである。  格差社会だと努力すると報われるからみんな努力するようになるのか?ということが書かれている。  私たちの常識では、努力をした人は、金銭的に報われるべきであり、仕事の成果を上げてもらうためには、成果報酬を用意するべきである。つまり、所得格差は大きければ大きいほど「よい」。この常識に反し、所得格差は小さければ小さいほどよい、としているのが、「平等社会」(東洋経済新報社)という本だ。  この本によると、ユニセフ(国連児童基金)がまとめた「富裕国の子どもの幸福度指数」は、格差の大きい国ほど低く、格差の小さい国ほど高い。格差が大きく子どもが不幸せな国の典型はアメリカで、格差が小さく子どもが幸せな国の典型はフィンランド、ノルウェー、スウェーデンなど北欧諸国である。この指数は、一人当たりの国民総所得とは関係がない。つまり、一人当たりの国民総所得が同じ程度の国であれば、格差が小さいほど、つまり、所得が平等に配分されている国ほど、子どもは幸せである。  格差が小さいと、人は努力をしないと思う人もいるだろう。これも誤りである。この本によると、格差の大きい国ほど学力が低く、格差の小さい国ほど学力が高い。つまり、国全体の学力を高めたければ、階層格差を小さくする必要がある。格差が大きく学力が低い国の典型はここでもアメリカ。格差が小さく学力が高い国の典型は、日本に加え、スウェーデン、フィンランドなど北欧諸国である。格差が小さい国では、格差が大きい国比べて、低学力の生徒がはるかに少ないため、こうした結果になることが知られている。つまり、人は平等な環境のほうが努力をする。  私たちは、そもそも人はどうして努力をするのかを問わなくてはならない。「フリーエージェント社会の到来」の著者ダニエル・ピンクは、社会科学がこの40年間、金銭的な動機付けは、思考を要する課題の達成を阻害することを証明してきたことを紹介している。つまり、人が努力するのは、金銭的な動機付けによるのではなく、課題解決を自主的に楽しむからなのである。そして、自主的な課題解決は、すべての人に配分が約束された安心な環境においてこそ可能である。
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