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ケースワーク「子どもの貧困」36 日本語を母語としない子どもたち④ 20年後は・・・?

 『月刊JTU』2012年11月号より、山梨県の今澤悌先生の記事の引用。
 つい先日、20年前に日本語教室で学んでいたという卒業生が、「懐かしくなって」と本校を訪ねてきた。当時勤めていた職員は誰もいなかったので、私としばらく話をした。現在彼は32歳で、原付免許の試験を受けに行った帰りだという。結果は不合格。「まら来月挑戦します」と明るい顔で答えた。日雇いの仕事をしており、正社員の口がなかなかない。あっても遠方が多く、車がないと難しい。まずは原付免許を取りたいということだった。本校卒業後は、中学校に進学。しかし卒業せず、途中で「やめた」そうだ。理由を聞くと「普段の会話は大丈夫だったんです。でも、どんどん勉強がわからなくなってしまって・・・。もうだめだと思って、やめて働くことにしました。その時、職を探しましたが、バイトで2~3時間の仕事しかなくて。しかたなくその仕事をしました。空いた時間はなんとなく過ごしてしまって・・・。正社員の職に就けたのは20歳の時でした。でも不景気になりやめさせられ、あとは日雇いを続けています。正社員の仕事は職安に行ってもないですね」。
 日本語がまだおぼつかない状況で中学を「やめた」彼は、30歳を過ぎた今も難しい道を歩んでいる。なんとか免許を取り、人生をよりよく生きようと努力をしている。彼の話を聞きながら、本誌連載の中に書いた内容を思い返した。児童労働、中学を「やめる」問題、そして日本語が不自由な中卒者の就職の厳しさ。彼が公教育を過ごした20年前と現在、状況は変わっていない。この先私たちが何もしなかったら、おそらく20年後も変わらないだろう。今、日本語を教えている子どもたちの20年後は・・・。
 できることに限りはある。しかしそれぞれの立場でこそ、できることがある。現在、日本語指導者共に、できるだけ学習に遅れを出さないように、授業を工夫すること。担任の立場では、授業中できるだけ子どもたちの日本語の不自由な状況を補えるような配慮をし、少しでも理解や表現をしやすいように工夫すること(図や絵、写真等具体物を豊富に、できるだけ単純な文法で単文にして話す、繰り返す、イントネーションを大きく、などのフォリナートークに心がける等)。日本語指導では初期段階からでも、できるだけ早く教科についていくための学習を取り入れていくこと。現場でできないこと、限界があることについては、行政に訴えていくこと。組合に相談すること。支援が困難な状況にあっても、除籍にしたり、支援を怠ったりする等その矛先を子どもに向けずに、行政や組織に子どもたちの状況を訴え、環境改善に努力すること、等々。
 厳しい状況の中に子どもたちがいる。その背中を支えていけるような学校でありたい。また、子どもたちや保護者の状況を、声なき声を丹念に拾い、施策や教育環境の整備に生かしていきたい。そして、子どもたちが生き生きと生活でき、明るい未来が語れるような学校、社会を創っていきたい。子どもたちが20年後、笑顔でいられるように。

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