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「叱る、どなる」指導は、常識的なことなのか それとも、それこそ非常識なことなのか 西洋人達の日本の子育てへの証言

 『教室ツーウェイ』(明治図書)2012年8月号より、向山洋一先生の記事の引用。詳しくは本誌をお読みください。
 小学館の「総合教育技術」誌、6月号が次の特集をしている。
 「叱って育てる」教育の復権 このままでいいのか? 蔓延する「ほめよ、叱るな」教育
 この特集名は、次のことを主張している。
1.かつての日本は「叱って育てる」教育が中心であった。
2.「叱って育てる教育」は、すばらしいものであり、復権させなければならない。
3.「叱って育てる」というすばらしい日本の教育をこわしたのは「ほめよ、叱るな」教育の広がりである。
 日本の歴史は長い。二千年以上の歴史が残されている。
 当然、そこには「子育て」があった。
 幾百、幾千年を経て、作られ、育てられてきた日本の伝統的な教育方法である。
 日本人には、その教育方法が、いかなる特徴があるのかは、分からない。
 親から子へ、子から孫へと、どの家でも伝えられてきた、当たり前の方法だったからである。
 日本の子育ての特徴は、外国人の目によって、初めて、明らかにされた。
 明治維新の前後、多くの西洋人が日本を訪れた。
 日本の見聞記を多くの人が書き残している。
 その中で、西洋人が一番びっくりして、感動したのが「日本人の子育て」である。
 およそ、百人に近い西洋人が、日本の子育てのすばらしさを書き残している。
 西洋人は、日本の子育ての「どのような場面」に感動したのだろうか。
 『世界一幸せな子ども達』より、二人の文を紹介する。
 日本の子ども達は「世界一、幸せだ」というのである。
 一人は大森貝塚を発見したあの、モースである。
□「いろいろな事柄の中で外国人の著者達が一人残らず一致する事がある。それは日本が子供達の天国だということである。
 この国の子供達は親切に取り扱われるばかりでなく、他のいずれの国の子供達よりも多くの自由を持ち、その自由を濫用することはより少なく、気持ちのよい経験の、より多くの変化を持っている。
 赤坊時代にはしょっ中、お母さんなり他の人なりの背に乗っている。刑罰もなく、咎めることもなく、叱られることもなく、うるさくぐずぐずいわれることもない。
 日本の子供が受ける恩恵と特典とから考えると、彼等はいかにも甘やかされて増長してしまいそうであるが、しかも世界中で両親を敬愛し、老年者を尊敬すること日本の子供にしくものはない。
 なんじの父と母を尊敬せよ・・・これは日本人に深くしみ込んだ特性である。□
□ここでまた私は、日本が子供の天国であることを、くりかえさざるを得ない。
 世界中で日本ほど、子どもが親切に取り扱われ、そして子供のために深い注意がはらわれる国はない。
 ニコニコしている所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい。(中略)
 日本人は確かに児童問題を解決している。日本人の子供程、行儀がよくて親切な子供はいない。また、日本人の母親程、辛抱強く、愛情に富み、子供につくす母親はいない。□
『日本その日その日』(著者)エドワード・シルヴェスター・モース
 1838年~1925年。アメリカの動物学者。1877年(明治10年)来日。ダーウィンの進化論を日本に紹介し、大森貝塚を発見。1879年帰国。82年再び来日。
 (向山)モースは「外国人の筆者達が、一人残らず一致している」と書いている。「日本の子どもは、他のいずれの国の子ども達よりも多くの自由を持っている」という。
 更には「刑罰もなく、とがめられることもなく、うるさくぐずぐずいわれることもなく」と紹介する。
 これこそが「日本の伝統的子育て」なのである。
 もう一人の文を紹介しよう。
□日本の子どもが、怒鳴られたり、罰を受けたり、くどくど小言を聞かされたりせずとも、好ましい態度を身につけてゆくのは、見ていてほんとうに気持ちのよいものです。彼らにそそがれる愛情は、ただただ温かさと平和で彼らを包みこみ、その性格の悪いところを抑え、あらゆる良いところを伸ばすように思われます。□
『英国公使夫人の見た明治日本』(著者)メアリー・クロファード・フレイザー
 1851年~1922年。イギリス人女性。1888年(明治21年)来日。1894年まで滞日。1906年再び訪日。
 (向山)ほらね。イギリス人女性も「日本の子どもは、どなられたり、罰を受けたり、くどくど小言を言われたりすることなく育てられている」と紹介している。
 日本の伝統的教育は「ていねいに教えて、ほめる」教育だったのである。
 だから、現在の教育現場を「伝統的子育て」の方法に、復権させるべきなのだ。
 最近、注目すべき研究結果が、報告されている。
 一歳の時、自閉症と診断された「発達デコボコ」のある子が、伝統的日本の子育て法で育てたところ、1年で、12名中、11名が、著しく改善されたという。
 親子の愛着形成がうまくいったことも大きな要因だと思う。
 このような子育ての情報、支援などの国としてのしくみを作るため、超党派の議員連盟が作られた。
 会長は、安倍晋三総理である。
 私も招かれ、衆議員会館で、150名の国会議員、全国団体の代表の前で、話をさせていただいた。
 元文科大臣などの国会議員の方々が、何人も力強いTOSS支援の発言をして下さった。
 元文部省の教科書調査官のまとめ役だった山極先生は「免許更新の講座はTOSSがやればいいんだ」と、何度も発言されていたが、国会議員の方々も、同じようなことを発言されていた。
 シングルマザー、病気、貧困などで苦しむ保護者を支援するシステムを作るために、国会議員の方々や多くの方々とTOSSは、全力をあげて、努力をしている。
 その中の1つのテーマが、「日本の伝統的子育て」の復権なのである。
 日本の親は、子どもを、どなったり、叱ったりしなかったのである。
 西洋人がびっくりするくらい、みんなが、そうだったのだ。
 そうした子育ての力は「明治維新」の「近代化」を支える、日本人の力となっていった。
 では「どなる」「叱る」教育は、いつごろからうまれて、広がったのだろうか。
 私は戦争の時期に「兵隊」を指導する方法として「ビンタ」「体罰」「どなり」などの方法が作られ、それが、メチャクチャに進化したものだと思う。
 ここで「兵」といったのは「学校」は違うように思えるからだ。
 私の出た高校は、昔「東京、府立第八中学校」といった。
 江田島にある、海軍兵学校への入学者が全国一位だった学校だ。
 軍隊式のどなり声を想像されるだろうか、そんなことはなかった。
 教師は、生徒のことを「くん、さん」づけでよんでいた。
 どなり声など、聞いたことはない。
 紳士として育てられた。
 自由な学校であった。
 将校を育てる学校では、兵を育てるような下品で乱暴な指導などはなかったのである。
 教育の中で「叱る」ことも、まれにある。例えば、生命にかかわることだ。
 それでも「教える」ことが先である。「注意する」ことをもって「教えている」と錯覚している教師が、多くいる。
 「まじめにやりなさい」「きちんとやりなさい」「なんでやらないんだ」というのは「教えていない」のである。
 「注意」しても「できない子ども」がいる。「やり方を教えれば、できる」のである。
 どなる教師の99%は「教えていない」のだ。
 どなることによって、発達障害の子どもの精神を破壊している。
 そのため、一生を棒にふった教え子は幾千、幾万人といる。
 私が出逢った十名以上の、小児精神科などの専門医は、全員「叱る、どなる」ことで良くなることはない。逆に子どもを悪くしてしまっていると発言している。
 これが、医学の現場からのドクターの発言である。
 「総合教育技術」誌は明らかに医師とTOSSの共同研究を批判しているので、いずれ全国から多くの事実を集めて大々的に反論する予定である。

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