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ADHD(注意欠如・多動症)と学校生活―当事者の視点から②

(前回からのつづき)
学生時代を振り返って
 当時を振り返ってみると、忘れ物や失くし物がとにかく多く、宿題などの提出物の期限を忘れる、渡された配布物などを紛失する、といったことを日常的に繰り返しているような子どもでした。私の意識の中では、決して不真面目にしているつもりではなかったのですが、周囲の大人、特に学校の先生には、「できること」と「できないこと」の差があまりにも大きいため、「なぜこんなことができないのだろう」と、不思議に思われていたように思います。
 一方で成績の方も、学習の内容は理解できているにもかかわらず、いざ試験となると、例えば英語であれば簡単な単語のスペリングミスや文法の間違い、数学であれば単純な四則計算のミスなどが多く、「もったいない」「もっと良くなるはずなのに」と毎回のように言われていました。
 これらの学習面の問題は間違いなくADHDの症状に由来するものだったと思うのですが、当時は発達障害についての認識は一般的ではなかったこともあり、周囲からADHDを疑われることもありませんでした。そのため、ケアレスミスで成績が伸びないのは「本当はできるはずなのに、努力が足りないから」、忘れ物や失くし物が多いのは「いい加減で不真面目だから」と評価されがちで、先生や両親に叱られてばかりいました。そして叱られるたびに私も「このままではダメだ」「何とかしよう」と、自分なりの対処法を色々と考えるのですが、結局上手くいかずに同じ失敗を繰り返してしまい、そのたびにまた叱られる、といったことを繰り返していました。いつしか私も自分自身のことを「叱られてばかりの悪い子」「何度言われてもできないダメな子」だと思い込むようになり、同時に頭ごなしに叱ってばかりの周囲の大人に対して反発や不信感を抱くようになっていました。
 中学校に進学する頃になると、クラスでのいじめがさらにエスカレートしたことで、学校生活のストレスと学校への不信感がピークに達し、学校に通えなくなりました。その頃には両親と家庭内で衝突することも多くなり、家庭での生活もかなり荒んでいました。当時の私は本当に扱いにくく、周囲を困らせる子どもだったと思いますが、今になって振り返ると、本心では「自分はこんなに頑張っているのに、なぜわかってくれないんだ!」と、必死に周囲の大人に訴えていたのではないかと思います。

(つづく)

ADHD(注意欠如・多動症)と学校生活―当事者の視点から①

 『英語教育』2019年1月号の「昭和大学発達障害医療研究所グループ・リレー連載」「医療の視点から発達障害のある学習者に寄り添う」第10回「ADHD(注意欠如・多動症)と学校生活―当事者の視点から」の引用。
米持匡純 Yonemochi Masazumi(昭和大学付属烏山病院社会福祉士)
 ADHD(Attention-Deficit Hyperavtivity Disorder)とは、日本語で「注意欠如・多動症(注意欠陥・多動性障害、注意欠如・多動性障害)」と言い、自分をコントロールする力が弱く、それが行動面の問題となってあらわれる障害で、代表的な発達障害の一種とされています。症状としては、大きく分けて「多動性」「衝動性」「不注意」に分類されます。
 これらの症状が原因となって、学校生活にも様々な支障がでてきます。それによって学業成績が下がったり、他の子どもとの人間関係が悪化したりします。
 幼児期・児童期の子どものADHDの有病率は8~12%※と言われており、30人のクラスに2~3人はいることになります。そして、これらの障害特性を部分的に持っている子どもを含めると、その数はさらに多くなるでしょう。実際に先生がのクラスにも、こういった問題を抱えている生徒が少なからずいるのではないでしょうか。
※樋口輝彦・齊藤万比古 監修(2013)『成人期ADHD診療ガイドブック』じぼう
当事者から福祉職へ
 私は現在、昭和大学付属烏山病院のデイケアで社会福祉士として働いていますが、現在に至るまでの道のりは決して平坦なものではありませんでした。小学生の頃から学校での集団生活に馴染めず、クラスメイトからのいじめやからかいの対象になり、中学校に進学してすぐに不登校を経験しました。全日制の高校には進学できず、通信制高校と予備校に通いながら大検(現在の高卒認定試験)を取得し、何とか大学に進学しました。しかし大学を卒業後、就職したものの、体調を崩したことをきっかけに精神科を受診し、そこで初めてADHDと診断されました。25歳の時でした。
 その後、治療薬の服用を開始し、同時に昭和大学烏山病院で実施しているADHD専門プログラムに参加することで、すこしずつADHDの症状にも対処できるようになり、自信を取り戻していきmした。そのような中で、かつての自分とおなじような境遇にある人たちに何か貢献したいという想いが徐々に強まり、思い切って福祉職への転職を決意し、現在に至っています。
 私がADHDの診断を受けたのは成人になってからですが、学生時代に感じた学校生活の様々な難しさの多くが、ADHDの症状と関係しているように思います。今回はそんな私の経験を振り返りながら、先生方にお伝えしたいことや、期待したいことをお話ししたいと思います。
(つづく)

『球育 親や指導者が主人公の野球をしていませんか?』年中夢球(本間一平)(日本写真企画)1620円



 2018年10月21日の朝刊「この人」に、本間一平さん(49)が紹介されていた。
野球少年の親に精神的助言が好評
 名刺の肩書は「親御さんと選手のベースボールメンタルコーチ」。平日は横浜市内で塾の講師を務め、週末は野球リトルリーグのコーチとして少年たちを指導した経験を話す。
 一粒一粒がつぶれていないおにぎりのようなチームが理想。「餅のように米粒が残らないチームは、子どもの個性を無くしてしまいます」
 16年前、小学1年の長男が野球を始めたことを機に指導するようになった。自身は中学生の時に挫折した「野球落ちこぼれ」と笑う。「技術は教えられなくても、精神面をサポートしたのです」。その経験から分かったのは、子どもだけでなく、親もプレーに悩んでいることだった。
 2年前からブログを始めた。「試合途中で交代させれられたら、何と声を掛けますか」「汚れたユニホームの洗濯はうれしいですか、つらいですか」。家族に向けたメンタル面のアドバイスが評判となり、読者は4万人を超えた。
 『球育 親や指導者が主人公の野球をしていませんか?』(日本写真企画)を7月に出版し、関係者からの講演依頼が増え、忙しい日々が続く。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/metropolitan/list/201807/CK2018071102000190.html
「年中夢球」
https://nenjyu-mukyu.com/

教育での立ち直りこそ 少年法を18歳未満に?

 2018年12月17日の朝刊の社説欄より、「教育での立ち直りこそ 少年法を18歳未満に?」の引用。
 民法の成人年齢は十八歳に引き下げられる。少年法の適用年齢も同様でいいか。ことは単純ではない。刑罰よりも教育で立ち直る精神を重んじたい。
 国会での参考人の言葉に耳を傾けてほしい。
 <今の少年法は非常にうまく機能している。世界的に見ても、日本の少年犯罪率は非常に低い。うまくいっている少年法の適用年齢を引き下げる必要はない>
 これは広井多鶴子実践女子大教授の衆議院での意見である。
凶悪化のデータはない
 <少年法と民法の年齢引き下げは、全く問題の性質が異なる。少年法は社会からドロップアウトしてしまった若者をどうやって社会が受け入れるかだ。民法とは別に議論すべきだ>
 こちらは山下純司学習院大学教授の考えだ。宮本みち子千葉大学名誉教授は次の意見である。
 <少年法の教育的な効果は優れている。十八歳に引き下げではなく、現在と同じでいい>
 いずれも今年五月の国会での意見の要旨だが、興味深いのは三人とも「成人年齢は十八歳」に賛成なのに、少年法は「現行のまま」のスタンスなのだ。
 そもそも少年法の年齢を引き下げる動機は何か。少年事件の増加や凶悪化が語られたりするが、全く根拠がない。むしろ警察白書などの統計では、少年事件は大幅に減少している。
 例えば二〇一六年に少年の一般刑法犯の数字は約三万二千人だが、この数字は十三年間で実に約74%も減った。殺人や傷害致死事件の数も右肩下がり。少子化が原因かといえば、人口で比べた割合も減少なので、やはり凶悪化の事実はない。
 つまり成人年齢を十八歳としたので、少年法もそれに合わせたい、動機はそれに尽きる。「国法上の統一」論である。
統一論は名ばかりだ
 確かに民法も少年法も十八歳とした方がわかりやすいという意見はあろう。だが、飲酒や喫煙、ギャンブルはいずれも現行のまま。猟銃所持は不可だ。国民年金の支払い義務もない。要するに「国法上の統一」とは名ばかりで、各法の実情を考慮している。
 それを踏まえれば、うまく機能している少年法を改変し、十八歳に引き下げることには賛成できない。何よりも法制審議会の部会も現行制度の有効性は理解し、共通認識になっている。
 不思議なのは部会の多くの委員が「引き下げありき」の方向なのだ。十八歳にした上で、更生のための「新たな処分」を検討している状況である。
 だが、十八歳に引き下げれば、奇妙な問題が生ずる。その制度では十八歳、十九歳に対する調査や教育の対象外となり、「手抜き」状態となるからだ。本来、少年院に入るはずの少年にも、教育の手を差し伸べられなくなる。
 現行制度では、すべての少年事件は家庭裁判所が扱う。家裁の調査官によって、成育歴や家庭環境などの科学的調査が行われる。少年鑑別所でも心理学の専門家らが科学的調査をする。
 それを踏まえ、裁判官が検察官送致したり、少年院に送致したり、保護観察などの処分を決める。少年院や保護観察では、生活観察で個別的な指導や教育の処遇をする。刑罰より教育という考えに立つ。
 だが、少年法を十八歳に引き下げると、再犯防止の教育機会は失われやすい。教育よりも、刑罰が基本の思想に変わるからだ。
 検察が全事件を扱い、起訴・不起訴の判断権限を持つことになる。検察が起訴猶予にした者に対しても、裁判所で執行猶予の判決を受けた者に対しても「新たな処分」を考案できると、法制審部会の一部では考えているようだ。
 だが、いったん不起訴、執行猶予となった者に過剰な個人への介入はできるのだろうか。特定の者を国の監督下に置くのと同然で、人権を不当に制限するのではないか。現行制度の維持の方がずっと安定的である。
心の傷を受け止めて
 犯罪や非行に走る少年は自己肯定感が低いという。不幸な生い立ちを背負う者が多い。「自分など生きていても仕方がない」と考えがちなのだ。だから非行防止には、まず少年の心の傷を受けとめることである。教育的、福祉的な援助をすることである。
 それで、やっと被害者の痛みや心情に向き合うことができる。謝罪の気持ちも償いの心も生まれる。自ら立ち直ることもできる。
 教育力で再犯防止に挑む現行制度は、有効性が数字で裏付けられている。その仕組みをわざわざ壊す愚行がどこにあるか。法制審には人と社会を見る原点に返ってもらいたい。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018121702000144.html

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